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近頃マスコミは飲酒運転の話題で盛り上がっている。
飲酒運転による死亡事故(事故と言わず殺人と呼べばいいじゃん)は、
戦後61年間、平和と言われる日本で繰り返し起きてきた、途絶えることなく。
どうして今頃になってマスコミが騒ぎ出したのかは知らないが、
ぼくなりに飲酒運転について少し考えてみた。
ぼくはまず法律上、酒も飲めないし、車の免許も持っていない。
したがって飲酒運転という殺人の加害者になることはないだろう。
しかし、ほんね様のおでん屋ブログの記事を読んで、
(http://blogs.yahoo.co.jp/honne_wo_yomou/41296611.html#41336534)
自分は被害者にしかなれないのだからという思い込みや、
単なる飲酒運転批判で終わってよいのかどうか考えてみた。
飲酒運転による死亡事故(以下殺人と呼ぶ)のみならず、
交通事故というのは悲惨である。
だれもが二度と起こらないようにと切に願っている。
しかし飲酒による事故も含め、世間様が交通事故と呼んでいる
殺人は後を絶たない。自動車のブレーキ性能や交通システムの
向上した現在でも国内だけで年間8千人以上が殺されている。
・なぜ飲酒運転による殺人が起こるのか?
・悪いのはドライバーだけなのか?
・飲酒運転は個人のモラルの問題だけなのか?
・そもそも交通事故はなぜ起こるのか?
・なぜクルマによる殺人は「交通事故」と呼ばれるのか?
・なぜ電車や公共交通の些細な事故がクローズアップされ、
クルマによる死亡事故は無視され続けたのか?
・クルマが危ない乗り物だと知っていながら、
クルマが売れ続けるのはなぜなのか?
・私たちはクルマなしでは生きていけないのか?
・交通事故をなくすためにはどうするべきか?
飲酒運転ひとつを取っても様々な疑問が浮かんでくる。
もしも「クルマが安全な乗り物だ!」と言い張る大人がいれば、
その人は「クルマ以外で移動ができない」すなわち、
自転車にも乗らず、全く歩きもしない人だろう・・・。
さらに飲酒運転ハンターイ!というキャンペーンをやっているそうだが、
「飲酒運転ハンターイ!」と呪文を唱えたところで、飲酒運転や交通事故は
この世から無くなるのだろうか?(答えは現状を見ればわかります)
まずは「飲酒運転をなぜするのか?」という問題を考えなければならない。
↓下はほんねさんのブログに投稿したぼくのコメントです。
(ちょっと挑発的なコメントかもしれないけど、ご容赦ください)
歩けばいいんだ、歩けば・・・。クルマなんか乗ってたら、
体力が衰えて早死にするのがオチだ・・・。クルマなんて、ららららら・・・。
(これを書いているぼくは酔ってませんよ、念のため)
公共交通の衰退してしまった地方都市ではどうすりゃ飲酒運転が
なくなるんだろう?突き詰めれば、クルマ社会に根本の原因があるのは
明白なんだけど、マスコミはどうもそこを掘り下げない。
そりゃ、日本経済を引っ張ってきた自動車産業を
敵にまわす訳にはいかないもんね。要するにトヨタ様様の日本社会では、
人が何人轢き殺されようが「我慢しろっ!」
ていうのが大人たちのホンネでしょう。
クルマがこの世に存在する限り、個人のモラルとクルマの性能が
どれだけ向上しようと事故は絶対に無くならない。
なぜならクルマという乗り物は人が扱える制御能力を
はるかに超えているから。飲酒運転の奥深くに潜む原因は
個人個人のモラルではなく、移動という手段の限界を超えてしまった
人間の欲望にあると思う。クルマに乗る限り、だれにだって人殺しの可能性はある。
人殺しをやめたければ、自分がクルマを捨て去ることしか選択肢はない。
それができなければ、クルマ社会の中でドライバーは安穏と、
そして歩行者は常に危険と隣り合わせで震えながら生活するしかないだろう。
こんなことを言っている自分も、Amazonで本を注文する限り、
クルマ社会の呪縛からは逃れられない。ぼくがいくら自転車で通学している
といっても、クルマ社会に依存している点では加害者でもあり、
当事者でもある。何もできない自分が不甲斐ないけれども、
今はその点だけでも認識し続けることに意味があるのではないだろうかと
勝手に解釈。長々と失礼しました。
こんな優柔不断なコメントを書いてしまったところ、
UNAM様からこんなお返事をいただきました。以下UNAM様のコメント↓
>それが大前提で、「その制約内で」どうしたら事故を減らせるかって話じゃねぇの?
>じょんさんの「加害者でもあり、当事者でもある。
その点だけでも認識し続けることに意味がある」には大賛成。
たしかにUNAM様のおっしゃるとおりです。
ぼくは何も解決策を提示していませんでした。
そこで飲酒運転の解決には、取り締まり強化云々ではなく、
公共交通の再生こそ、必要不可欠ではないかと考えたので、
以下のようにコメントさせていただきました↓
>「その制約内で」どうしたら事故を減らせるかって話じゃねぇの?<
とのことですが、まず地方都市の公共交通の再生がカギとなると思います。
公共交通を再生するためには、バイパスを中心に拡大し続ける地方都市の
スプロール化現象に歯止めをかけることが課題となります。
そのためにはパーク&ライドの導入や小型バスのフリークエント運転
(定時&頻発運転)、バス優先レーンやライト・レール・トランジット
(新型路面電車)などのインフラ整備、都市部での自転車の徹底活用、
そして中心市街地へのマイカー乗り入れ禁止などの政策が必要だと考えます。
その際の財源は、ガソリン税や自動車税など、あくまでもマイカーユーザーからの
徴収が原則でしょう。なぜなら自動車は交通事故、交通渋滞、大気汚染や公害を
引き起こす社会的にも経済的にも非効率な乗り物だからです。
さらにクルマ社会の弊害は格差問題にも及んでいます。
クルマ社会では常にマイカーユーザーと交通弱者の間で大きな格差を生み出します。
人間には交通権(移動する権利)があるわけですから、
モータリゼーション化の影響で公共交通が衰退し、
マイカーを持たない高齢者や子どもが、郊外の大型店まで移動するのに
不便な社会には明らかに格差が存在します。
私はクルマ社会を完全に否定しているのではなく、移動する手段の選択肢が
多ければそれに越したことはないと言いたいのです。
飲酒運転が増えた(?)原因はモラルの低下よりもほんねさんがおっしゃるように
公共交通の衰退に最大の原因があると、ぼくもそう考えています。
東京や大阪などの大都会ではいざ知らず、地方都市では今まで路線バスが
あったのに廃止になり、マイカーしか頼るものがなくなったケースも多いでしょう。
もしもバスがあれば、タクシーの流しが多ければ、
わざわざ飲酒運転をする必要もなかったケースもあると思います。
要するに「自分の足腰を使って歩け!」ということです。
みなさまからのご意見、ご批判、お待ちしています。
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だからまぁ、お二人のような高度な分析や緻密な論理の構築はできませんが、現状で飲酒運転を減らすには、「飲ませる側」への指導・啓蒙、あるいはそちらへの「罰則強化」『も』必須だと考えています。 なんたって、自分達に対する明らかな規則・罰則があったって、それを意に介さない人たちなのですから。
2006/9/15(金) 午前 0:50
大局として、将来を見据えてトラフィックシステムそのものを大きく改善していく意向のじょんさん&ホンネ大将と、目先の部分的な改修を希望するウナムという違いはあれど、本題である「飲酒運転を減らしたい」「交通事故を減らしたい」という思いは共通であると信じたいです。
2006/9/15(金) 午前 0:51
初コメにもかかわらず長々と愚痴ってしまい、申し訳ありませんでした。
2006/9/15(金) 午前 0:51
はっ!今気が付いたんだけどよ、オレは酒飲んだら車の運転なんか面倒でしたくねぇって思うんだけど、車の運転が好きな人にとっては酒飲んで運転する事が苦にならねぇ可能性もあるのか…。とすればどんなに公共交通整備しても飲んで運転するヤツはへらねぇな…。つーことはセンゲンジさんが言うように酒を売る側に規制かけることも必要だな、この問題は奥が深いぜ、へへへっ。
2006/9/15(金) 午後 0:01
本題とは関係ないんですが、ジョンデンバー、ワタシも中学の時とてものめり込みました。初めて手に入れたのが新譜LP(w)の「心の詩」。それで貯めていた小遣いをスッカラカンにした記憶があります。今では娘がファンに。良い曲、良いシンガーは時代を選ばないんですね。
2006/9/15(金) 午後 4:52
せめて、自分はなるべく事故を起こさないように、車の整備などにももっと気配りしたいと思います。
2006/9/15(金) 午後 8:31
ほんねさん★>その道具を使いこなせないヤツに道具と資格をを簡単に渡すところに問題があるのよ。<邪推ですが、運転免許のハードルを簡単にしたのは、自動車の需要を拡大するためでしょうか。
2006/9/17(日) 午後 3:07
(続き)★ドライバーに規制、酒を売る側にも規制、そしてメーカーにも規制・・・。ここまで危険な乗り物を今まで放置してきた国の責任ってないんでしょうか?ぼくはどちらにしても、国策として自動車産業を後押ししてきた国が交通政策の方針転換をしない限り、交通事故はなくならないと考えています。そして、マイカーの利便性ばかりに目を奪われ、リスクを考えずに運転してきたユーザー、利潤を最優先して車を生産し続けたメーカー、責任の所在は「みんな」ということですね。
2006/9/17(日) 午後 3:17
ウナムさん★ご意見ありがとうございます。飲ませる側への指導・罰則はぼくも必要だと思います。ここまでになると、にクルマを売る側の責任も出てきそうな気もしますが・・・。どこで線引きをするかが難しいですね。酒を飲んだ状態を躊躇無く選択してしまう人たちにも、車社会以前は交通事故を起こす可能性はゼロだったわけですし・・・。ますます複雑な問題だと思いました。。
2006/9/18(月) 午前 0:33
(続き)★飲酒運転は奥の深い複雑な問題すぎるのですが、複雑にしている要因は、問題が個人のモラルや飲酒の善悪に問題が摩り替えられてしまって、根本原因の車依存社会に視点が向かない(あるいは意識的に無視している)ことだと思ったりもします。なのでぼくはだれにどんなに罰則を強化しても、世間が車社会を容認する限り、飲酒運転を無くすことは不可能だと思ったりもします。
2006/9/18(月) 午前 0:38
(続き2)★問題は実は単純すぎたりするのかもしれません。車社会を否定して、みんなが車に乗らなくなれば、飲酒運転も自然消滅するわけですから。考えてみれば飲酒運転で家族を失った遺族も、酒が好きで堪らない人たちも、これでみんな満足できるわけです。なんと効率的な話・・・。それでも車社会を否定はできない(現実に国民全員が何らかの形で依存している)ので、こんな話は夢物語に終わってしまうのですが・・・。
2006/9/18(月) 午前 0:45
(続き3)★話が飛躍しすぎて申し訳ありませんでした。要するにぼくも「交通事故を減らしたい」という思いは共通です。でも「交通事故を無くすためには」と考えていくと、こんな夢物語しか語れない自分に気付きました。よくよく考えると、移動することって太古の昔から死と隣りあわせなのかもしれません。二本足で歩くことも、公共交通もクルマも・・・。昔は交通事故は無かったのかもしれないけど、江戸から京に行くにも、途中で飢えで倒れたり、川で溺れたりする人を含めれば、今以上に死者が多かったかもしれない。
2006/9/18(月) 午前 0:52
(続き4)★そう思うと、移動する(交通)には事故も死も絶対条件ということを認めないといけないかも。。今気付いたんですが「交通事故は減らせても無くせない」ものなんですね!申し訳ありません、話が飛躍してしまいました。
2006/9/18(月) 午前 0:57
ウナムさん★話は変わりますがジョン・デンバーの「心の詩」の1曲目「Come And Let Me Look・・・」と最後の曲の「心は翼」はスピリチュアルな世界ですよね。ウナムさんの娘さんもファンなんですかぁ?なんだかとってもうれしいです。若い方はジョン・デンバーの名前すら知らない人が多いので・・・。ところでジョン・デンバーも飲酒運転で軽い事故を起こしたことがあるみたいです。大のお酒好きだったそうなので。
2006/9/18(月) 午前 1:03
アンドシーヌさん★クルマのメンテナンスって結構お金かかりそうですね?
2006/9/18(月) 午前 1:05
飲酒運転に対する責任はともかくとして、私も、自動車産業に日本が支配されていると思います。 そのうち、自動車ユーザー全員が、アルコール検知装置付の自動車に乗り換えるように法制化されるかもしれませんね。
2006/9/18(月) 午後 11:58
環境にやさしい自動車に乗り換えるよりも、今乗っている自動車を大切に乗り続ける方が、ライフサイクルとしては環境にやさしいです。 でも、排ガス規制によって自動車を乗り換えるように、法制化されるかもしれません。 何せ、自動車産業が日本を支配しているんですから。
2006/9/18(月) 午後 11:59
道路財源の話にしてもそうです。 道路建設自体は悪者扱いされているけど、中京圏なんかすごい勢いで道路建設されています。 それは、この地域の自動車産業をもっと発達させるためだと思います。
2006/9/19(火) 午前 0:01
きよてぃさん★はじめまして。コメントありがとうございます。まさにきよてぃさんのおっしゃるとおりだと思います。環境のため、事故防止のためと理由を付けて、自動車産業はさらなるフロンティアを開拓し続けるのでしょう。中国やインドにはもっともっと広大なフロンティアがありますし・・・。公害や走る凶器を世界中にばら撒いて外貨を稼ぐしかないのだと思います。
2006/9/21(木) 午後 8:20
(続き)★それが何を招くか、科学的にも警鐘されていますが、自動車産業や過度なクルマ依存社会そのものを問い直そうと言い出す人は少ないです。それだけクルマ依存が激しい日本ではタブーな話なのでしょうか。中京圏は万博もありましたし、T社のお膝元なのでインフラ整備に歯止めをかけるのは台風の進路を変えるほど難しいことだと思います。第二東名や第二名神の建設も進んでいるようですし、クルマ社会の呪縛はまだまだ続きそうですね。
2006/9/21(木) 午後 8:25