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2006年5月30日、麻原彰晃こと松本智津夫の異議申し立てが却下され、2審の死刑が確定する可能性が高まったとのこと。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060530-00000111-yom-soci
(読売新聞) - 5月30日23時15分
死刑に関する論争は専門家の方がサイトを上げてるのでソッチをご覧ください。
んで、なぜ私が賛成かと申しますと・・・
"世間はもっと複雑な、アイロニカルな事実に富んでいるはずである。甚不遜ながら申分ながら、もし先生が世間はこういうものだと解しておられるなら、それは極めて甘い見方だといわねばならぬ"
-「門」を評す 谷崎潤一郎
これは谷崎が夏目漱石の「門」に対しての評論の一文です。姦通の上、夫婦になった代助と三千代が、正式に夫婦になった後も過去の罪の罪悪感や世間の目のせいで、子供が死んだり病気なったり等々の不幸を味わっているのですが、「んなこたぁ無いでしょう」と谷崎は看破してます。
まぁ確かに罪を犯した最初は色んな罪悪感で苦しむでしょう。でも、人間ってすごく都合が良くできる動物なんです。都合の悪いことは忘れるし、興味の無いことはどうでも良いし。。。
よい例えは「すっぱい葡萄」。イソップ童話できつねが葡萄を取ろうとしますが、手が届かず諦めます。で、簡単に諦めるわけにはいかないので、「へん、あの葡萄は酸っぱいんだ。いらねえや」なんて悪態をつくんです。きつねですが、これは人間のたとえ話。自分に都合の悪いことは、相手やまわりのせいにして、自分の不幸や悪事を正当化するんですよ。
というか、そうでもしないと永遠に罪の意識とかで頭可笑しくなっちゃうし。。。
惚けちゃうとか、忘れちゃうってのは、そんなことから身を守るための自然のなせる防衛本能なんです。
んで、犯罪者とかは・・・
有る程度は反省はするかもしれませんが、永遠に反省ばかりってのは余り考えにくいです。なんらか自分の正当化をしたり、罪を犯したことの理由を全然別の所に持って行ったり。
それ自体は精神を守るための防衛本能だから仕方ないのですが、このプロセスをずーっと繰り返して全然反省しない人って案外沢山いるんですね。。。
死刑反対の人は「もしもえん罪だったら、単なる国家殺人だ」ってロジックを持ち出します。
では、本当に殺人犯であることが立証されたら死刑は適切ってことですよね?
「死刑では解決されない問題が沢山ある」
確かにそれも事実ですが、ではどうやれば解決するんでしょうか?
http://www.yado.co.jp/kankou/ooita/yabakei/aodomon/aodomon.htm
例えば「青の洞門」の禅海和尚みたいに、自責の念から出家して、命がけでトンネルを掘るぐらいすれば、もしかしたら被害者の方々の痛みも収まるかもしれません。
国家が代わりに復讐をするって考え方は不適切だとは思いますが、大勢が亡くなったり苦しんだりってことには、何らかの終着点が必要だと思います。
だからって死刑が適切か? 疑問は多々あると思います。でもじゃぁ、どうすればいいんですが?
裁判を余計に延ばして死刑延期で対抗するとかじゃなくて、もっと納得する議論をして欲しいです。
ちなみに画像は今日Googleで検索した東京新聞の一文。安田弁護士に好意的な記事を載せていたけど、「引き延ばし」って一文も載っています。画像が縮んで見難いので、クリックしてご覧ください。
www.tokyo-np.co.jp/00/sha/ 20060329/col_____sha_____003.shtml
誰もが少なからず「引き延ばし」って思ってた証拠なんですが・・・
でも今日ここをクリックしても記事が消えてるんですよねぇ、どういうこと?
*キャッシュが残ってたのでコピーしました。まだ残ってたら読んでみてください。
30may06
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私も死刑賛成派です(^ ^)どんなに苦しい状況でもやらない人はやらないです。関係のない人を巻き込み、しかも自分は無傷でなんてこれほど傲慢な話はないですよね。死刑になるのは「余程」のことだし。
2006/5/31(水) 午後 10:50 [ kurage_jj ]