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今は流通機構も変わったから違う状況かと思いますが。。。
たまに親の里帰りで戻る九州のご飯の味はあまりに東京と違い、ご飯時間が憂鬱になるぐらいでした。。時たま自作のお米を送ってくれたのですが、どう炊いても美味しくなかったので
最後はお粥でいただきました。。。
そのころは色んな決まりがあったみたいで、各地方で作るお米の種類や量が厳しく管理されていたそうな。。。今みたいにササニシキやコシヒカリがどこでも作れたり、買えたりできませんでした。。。
ササニシキがあれば幸せってわけじゃないですが、罰当たりと言えば罰当たりなことをしたと思ってます。
それからだいぶ経ったある日。。。
瑞穂の国のはずが泰国からお米を仕入れました。。。
皆まずいまずいと罵り、米屋の店先に捨てたり、国営放送まで「美味しく炊くコツ」なんて番組をやってました。
その頃の瑞穂の国は亜細亜諸国の憧れで、もちろん泰国からも留学生や就学生がたくさんいました。。。みんな悲しそうな顔をして、、、「タイの食べ方で炊けば美味しいのに・・・」
そんな傲慢の罰なのか、今は瑞穂の国に行くくらいなら米国(美国)に行く留学生が大半で、瑞穂の国に来る人は労働者ばかりで、勉強に来る方は減ったようです。。。
お米の味。自分の知ってる味。祖国の味。ふるさとの味。
たまに誰かにネジを回してもらわないと、みんなドッカが可笑しくなっちゃうみたいですね。
20may06
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