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いらっしゃいませ。 今回は久々に腹の立ったお話です。宮城県人の見識を問いただしたい気分になりましたよ。 上の写真ですが、んだかヘンな感じがしません? 池袋にある宮城観光事務所で見かけたのですが・・・ 『福の神』として祭られているそうで、なんとお人形まで売られてました。四郎様のお人形にお酒や食べ物を祭ると、四郎様のご偉効で商売繁盛となるそうな。 その辺のインチキサイトがやってる分には、単なる『とんでも』でほっておきますけど、公の観光事務所でこんなもんを売ってるのに腹が立ちましてね・・・ 事務所に飾ってあった説明書きは下記のとおり・・・ 仙臺四郎さんは江戸末期仙台に生まれた実在の人物です。 明治時代、商売繁盛の福の神として商人に大切にされていた 仙台生まれの人で何時もニコニコと四郎様が立ち寄る店は必ず大入り満員、商売繁盛・・・。 明治35年頃47才で死去されたと仙台市歴史民俗資料館(仙台市榴岡公園内)に記録が残されています。 生前、四郎さんが立ち寄る家や人々に福をもたらし、 「四郎さん、四郎さん」といくら招いても見向きもされない家には福が来なかったお話は有名です。 四郎さんは人を見抜く力があり、ずるい人やいじ悪い人間は大嫌いだったのです。イヤーな感じがしたのですが、検索したら思った通り。どうやら障害者の方だったようです。 面倒を見る人がいない障害者を、地域が福の神のような扱いで世話をするってのは、二昔ぐらい前はよく見られたことです。「福の神」だったり、「きつねつき」だったり、バリエーションは多々あります。 崇敬の対象か、軽蔑の対象か、恐怖の対象か・・・微妙なところですが、直る見込みの無い病を持った方々に対しての、人々の複雑な心境の表れってところだと思います。 メーカの名称とかにも使われてる「福助人形」。これも由来の詳細は不明ですが、姿だけを見る分には巨頭症の障害者っぽいイメージがあります。福助さんも、商売の神様ってな感じで見なされてますよね・・・ 神様にせよ、悪魔にせよ、福祉が確立されてない中で、地域で面倒を見てたわけだし、それ自体は悪いことじゃないと思います。それを人形にして売って儲けてるとか、観光事務所まで宣伝してるのに腹が立つ・・・ 障害がある人ってのは「神様の福」のおかげで、「特別な力」を持つと見なされるケースが多いですよね。 でも、よーく考えてください。力の無い者は勘を頼りに自分の身を守らないといけないんです。優しい人、いぢわるな人を見分ける能力は生きるために必然として身につけた力で、「神様の福」なんてものじゃないでしょう。 四郎さんにしたって、人が居る所じゃニコニコしてご飯をくれたとしても、誰もいないとぶったり邪険にしたりする人達のところには、自然と寄らなくなっただけでしょう。 障害の代わりに「神様の福」なんてことがあるとしたら、だいぶ酷い神様だと思いますよ? 同じような話で良く聞くのが、視力障害者の音楽の才能。目が見えない分、聞き取る才能が優れてるって話です。飛び抜けて音楽の才能が優れた方が視力障害者にいるのは事実ですが、視力障害者の全てが宮城道雄やスティービー・ワンダーじゃないのも事実。 「絶対音感」なるものが、視力障害者ばかりに与えられてるワケじゃないですよねぇ? 見えない分、音に頼るワケですから、努力の必然の結果かと思います。「神の福」では無いでしょう・・・ もうひとつ嫌な話をすると・・・ 障害がある分、別の機能が特化するのは、良い方向に表れるだけじゃないようです。 体の成長が普通児より速く、子供なのに性的な成長が激しくてトラブルになるケースも、施設等々でよくあるそうです。こういう嫌な特徴も「神の福」なんでしょうかね? 四郎さんにしても、座敷童子にしても、単なるフォークロアとして見れば無邪気なお話ですが・・・ 「ホントは怖いグリム童話」みたいな裏の事実があるわけです。 民話として語り継ぐ分には文化の継承ですから、それはそれで良しとして・・・ 人形を売って商売にするってのは見識を疑いたくなりますよ・・・ 福の神 仙台四郎 http://www.nobi.or.jp/z/sendai-shirou/index.html 仙台四郎 実在した福の神 http://asakaze.net/sendaishiro/ ウィキペディア 仙台四郎 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%99%E5%8F%B0%E5%9B%9B%E9%83%8E 11jul06
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