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この曲を知ってる人はね、、、うしし、歳がばれますよ。スタイリスティックスの1972年のヒットナンバー。 これでディスコのチークタイムに踊ってた人、手を挙げなさい! アタシャやっとこさ小学校かそこらだから違いますよん。でも、物凄く好きな曲。うししの牛。 で、タイトルです。 ものすごく矛盾してると取られるかもしれませんが、出来ればね・・・ 出来れば・・・ 人間としての幸福は、二十代ぐらいで家庭を持って、何人か子供を持ち、親だの親戚だのからガーガー言われながら、家庭を保ち続けることかと思います。 で・・・ 出来れば・・・ 一人、二人と言わず、四〜五人ぐらい、生みましょうかねってね・・・ 怒られるでしょうね。私は子供もいませんし、結婚もしてません。たぶん死ぬまで一人でしょう。で、たぶん死ぬギリギリまで、そんな状態の自分を後悔してないと思います。でもね、羨ましいなぁと思い続けるでしょう。 理想の幸せってヤツですをね。 でも、自分の実際は違いますよ。で、コレはコレで良しとしてます。仕方ないじゃ無いですよ、自分は自分だもん。 矛盾してますかぁ〜? そーかな、全然矛盾してないと思うけど・・・ だって、理想と現実は異なって当たり前でしょう・・・ 嫌な例えをすればね、、、 医者や弁護士になるとか、いい学校に行くとかって方が、人生は理想なハズでしょ? でも、大半の人達は医者にも弁護士にもなれないし、いい学校に行くことも、ナカナカかないません。これは「矛盾」ではないですよね、理想と現実は違うってだけの話です。 タマにひねくれた人が、「良い学校に行ったって幸せになれるワケじゃない、だから勉強なんて要らない」みたいな妙な意見を言いますよね。これは物凄く間違ってます。ワザワザ幸せになる可能性を減らす必要は無いはずです。 もっといぢわるな言い方をすれば、「自分が不幸だからって、他人を巻き添えにするな」でしょうか・・・ 自分が良い学校に行きそびれたからって、人の幸福の邪魔をする理由にはならないし・・・ 自分が良い学校を出ても理想の人生を歩めないからって、人の幸福の邪魔をする理由にはなりません。 ともかくも、自分から逃げちゃいけないなって思ってます。 一人でもいい、他人を幸福にしない人間が、自分を幸福にしうるはずがないって言葉であとがきが始まっており。。。 でまぁ、たぶん、自分はこれからも色んな人と出会い、色々あるだろうけど、家庭を築くとか、幸福にするとかってのは無いだろうなと。でまた、そんな自分の実際が、理想の幸福からは遠いと感じつつも、たいして不幸とも思わないでいるだろうなと。 家庭からの束縛から逃れようとしたのは、それに堪えきれなかったからであり、それに堪えられなかった人が職場や社会の束縛だけには堪えられるというわけではありません。 うん、私は家族や家庭の束縛に堪えられなかったから、一人で生きてます。 だからと言って、社会人として、会社人として失格かというと、それには反論したい。 何故なら、少なくとも私は「自分から逃げるようなこと」だけは絶対してないので・・・ 福田さんは流石に知性ある方なので、最後はこう〆てます。 私もまた、自分の理想と自分との距離をおいてるのです。この理想どおりには生きてはいないが、この理想を立てることによって、自分の存在がはっきり位置づけられるというだけのことです。 これは、ドヤ街で酒呑んで「俺は本当は大統領になりたかったんだ」とか言ってるのと違いますよ。 自分の状況をキチンと把握しながら、理想との距離感から逃げずに相撲を取る勇気のコトです。理想に開き直るでも無く、理想から逃げることでも無く、理想との差異を理解しながら、現実と対面する勇気を持つってコトです。 幸福を希求するのは大事で、なおかつ自分の不幸さとか足りない部分を理解することも大事ですが、モット大事なのは理解しつつもそういう不幸を嘆くのはスゴーク愚かしいってコト。 変なこと言ってるかな、アタシ? あまりまだ言葉として固まってないんですが、そろそろ文章にしようかなと・・・ 私が一人でいるっていうか、余計な関わりを避けるのはですね、もう逃げ出す人を見たくないからなんです。「私から誰かが逃げる」ってことじゃないですよ、逃げ場がなくて私のトコロに来るみたいな人達にウンザリというか・・・ 必然、一人でいるしかないんだろうなと、私は結論づけてます。 私は自分の父親も母親も大っ嫌いでしてね。一番の理由は、どっちも「自分から逃げてる」人達だったもんで。 どっちも、お互いの悪口をサンザン子供の前で語るタイプだったんですよ。「アレのせいで、俺は不幸だ」「アレのせいで、私は不幸だ」って。ずっと聞かされてる身になって考えてください、たまったもんじゃ無いです。 なら、さっさと別れればと思いましたが、そーじゃ無いんですよね、大人って。 そのふかーい理由は、ある程度の歳になって気がつきましたけど。 どっちも、何かから逃げ出したくて失敗して、で、変なトコロに逃げ先を定めて、また失敗したんだろうなって。 でマタ、四人も子供を作ってるから、正直「何言ってるんだバーカ」としか思えなかったし、今でもそう思ってます。 コンナことばっか書いてると、なんて親不孝で不謹慎な人間と思われてしまうでしょう。でも、そーかな?そーですか? 誰かとか、何かのせいで自分は不幸なんだって言う人の方が、生きるコトから逃避してると思うのですが・・・ 究極は、大家族で子供や兄弟に囲まれていても、一人ぽっちで白い壁をながめていても、一人は一人なんだと思います。誰かと一緒なら一人じゃないってのは・・・ウソでしょ。 誰と一緒にいたって、一人は一人だって。 相手の孤独を引き受けられるぐらいの力があれば、有る程度は違うでしょうが、それだって一人は一人。 自分の分だけでなく、ホカの人の孤独までも耐えられる強さが有るかって程度かと思います。 多分、そういう孤独さを癒す場として、家庭があるんだと思います。だから、家庭って大事なんだろうなと。 でも、そういう中でも、背筋が寒くなる程、孤独な人達を見ちゃって、お腹いっぱいというか・・・ ともかく、自分から逃げない勇気を保つだけで精一杯というか、それだけはしっかりしておきたいというか・・・ 言葉としてまとまってなくて申し訳ないですが、自分的に文章にしたかったもので・・・ 08may08
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