雑記帳 りやんどぼー♪

なんで5月12日が「ざりがにの日」なの〜(ノ゜ο゜)ノ

感想文ちゅーか

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ヨッパライの季節♪

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年末ですなぁ♪

そろそろ写真のような方々が駅をウロウロ歩いてることでしょう・・・

なぜかヨッパライは必ずお土産を持ってるのよね。定番が寿司の折り詰めですねぇ・・・

外国だと何なんだろ???

や、後ろめたいから、海苔巻きだのいなり寿司だのの安い奴を詰めてもらって、家族に持って帰る、心優しいお父さんに見えるんだけどなぁ・・・

ま、それにしても皆さん気をつけましょうねぇ♪

って、自分に一番言っておかないと (;゜ロ゜)

19dec10

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昔歴史の授業で習ったと思いますが。。。

家康とか、お侍さんの「将軍様」の肩書は、征夷大将軍の略なんですよね・・・

何となく聞き流してしまい、理由を先生に質問しなかったのですが・・・

なんで江戸の真ん中に住むお侍が、遠い北海道に住むアイヌ人討伐のリーダーなのか、子供心に非常に不思議でした。

アイヌ人と書くと語弊がありますが、蝦夷は、朝廷から敵扱いされていた日本の東方・北方に住む人々の蔑称で、将軍様の本来の役割は、外国人から朝廷を守るってのが役割だったと言うか・・・

まぁ、家康に限らず、刀を持ってドンパチやる人達、要するにお侍さんで一番偉い人には、朝廷は征夷大将軍って肩書きを与えていたと・・・

でも、なんで蝦夷退治なのよ???

今回、この本を読んでだいぶスッキリしました。

「穢れと茶碗―日本人は、なぜ軍隊が嫌いか」井沢元彦/祥伝社 (1999/02)
http://www.amazon.co.jp/dp/4396311141/

第一章:日本人は軍人を差別する
第二章:穢れと言霊
第三章:平和憲法教が国を滅ぼす
第四章:戦後平和教育の幻想と錯覚
第五章:日本人の目を曇らせる「常世」の思想


不動産のエキスパートで面白い記事を多々書かれる長倉さんが本書を紹介しており、長年疑問に思ってたことの解明につながるかと思い、早速図書館で借りてみました。

どの民族にも、それぞれ異なった正義・善悪・清濁・審美の感覚があり・・・

どうしてそうなの?って理性的な説明は難しいのですが、その感覚がその民族の行動規範やモラルに影響を与えるのは当たり前の話で。。。

で、私は日本人の行動規範では清・穢(けがれ)が、西洋の神・悪魔に近い対立概念ではないかと感じてました。

それが神道から発生しているのか?または日本人の清・穢をベースにした道徳観・世界観の集大成が神道ではないか?

それをもっと歴史的視点から解明し、日本人の軍隊嫌いの理由を解説した面白い本です。

著者は、まずは身近な茶碗で、説明不可能な日本人の清潔好き(穢れ嫌い)を解き明かしてます。

なぜカレー皿やフォークやナイフは清潔ならば何でも構わないのに、こと飯茶碗に関しては、誰の茶碗、誰のお箸が問題になるのか?

例えどんなにきれいに洗ってあっても、同じ家族内であっても、父親の茶碗やお箸で食事を取るのは、普通は嫌がります。お父さんが汚いとかではなく、使用済みの物は本能的に「穢れている」と感じるから・・・

「これは私が10年使っている茶碗です。ぜひこれでご飯を召し上がってください」などと来客に言ったら、まず頭が可笑しいと思われるでしょうし、二度とこの家に遊びに行こうと思わないでしょう。

何を持って「汚い」とするかが微妙です。例え完璧に洗浄消毒してあっても、使用済みというだけで「汚い」と感じる感覚。

例えば、神社なども何年か経ったら遷宮(せんぐう)という、宮の場所を変えて立て直し、神官の衣装まで新調する神事を行います。

遷宮そのものの由来ははっきりしないそうなのですが、世界に多数ある宗教の中で、たびたび拝殿をまっさらに立て直す習慣は非常に珍しいと思います。


たぶんこれも日本人の清・穢の観念が元にあると思います。毎日掃除はしてるし、汚れても無いが立て直す。建材に石などを使わず、清々しさを感じさせる、でも早々に腐ちる白木を用いる。

私はこの日本人の清に対する執着はとても良い物と思ってます。

日本人の皆皆が清潔とは言えませんが、なるべく身綺麗に保ち、行動も清くあろうとする道徳観は、生真面目で健全で良いなと。

ただし、これを逆にすると、根拠の無い、無責任な「穢」への嫌悪感にもつながります。

茶碗ぐらいは構いませんが、汚れ仕事を忌み嫌う、不思議な国民性にも至ると。

で、将軍様に戻りますが、征夷大将軍は令外官で律令に定めの無い、何だかジョーカーみたいな役割の役職です。

本書では平安時代から日本人は軍備を嫌い、軍人・武人を軽蔑していたこと。都を守る検非違使も、平和を守る重要な役職ではなく、汚れ仕事を代々担う令外官職であったことを指摘しています。

そんな中で、野蛮な武士に朝廷での役割は渡せないから、令外の職でも一番責任重大そうな征夷大将軍になったってワケなんでしょうね。

もっとイジワルに言えば、東で刀を振り回す蛮人には、北の蝦夷退治で十分みたいな発想もあるのでしょう。

ここでスッカリ欠如してるのが、誰かが掃除しないと必ず汚れるし、汚れを排除する役割は大事なのに、そういう職に付く人達まで見下すこと。

秩序や平和を守るための警察や軍隊は重要な仕事なのに、平安の世では見下されていた。実際、平安時代では軍隊制度が廃止され、貴族は軍服を着ることは無かった。警備役の検非違使も、下層カーストである非人の統率のようなことを行っていたと・・・



汚れ仕事は誰もやりたくないですが、さらに日本人の場合、これが言霊信仰にまで発展しています。汚いことは避けたいし、目にも口にもしたくない。言葉にしたとたん、穢れ・悪運(もしくは良き物)が実際に発生するとの思い込み。

それの極論が平和憲法教でしょう。

九条と唱えると皆が平和を愛するように、、、なるわけ無いでしょうに・・・

血生臭い騒ぎは誰でも嫌ですが、軍隊や警察を無くせば、恒久平和が訪れるワケでないのは明白の事実です。

ただし、著者は同等に神風信仰者も、日本の「穢」嫌いと言霊信仰に縛られた迷信主義だと記してます。

わたしも何となく同じことを感じてたんですよ、ヒステリーに平和を叫ぶ人達、ともかく靖国参拝を叫ぶ人達、どっちも理性的な根拠が何処にもなく。。。

九条を唱えたら、靖国参拝をしたら、安寧秩序の世が実現するなんてワケ無く、、、

誰もが嫌がる汚れ仕事や、時間と手間を浪費する作業の上で、経済や文化、平和で健康な生活が成り立ってる事実を忘れてはいけないワケで。

自衛隊や軍隊を嫌ったところで軍備が不要な世界は実現しないし、お金を嫌ったところでお金が不要な世界も実現しない。

ただし、日本人の軍隊嫌いが、いわゆる戦後の日教組の偏った教育の産物ではなく、平安の世から脈々と続いてる宗教にも似た感覚だというのは新しい視点でした。

偏向教育は拍車をかけたけど、その無責任・無頓着な清の執着と穢の嫌悪(平和は好きだけど血みどろ軍隊嫌い)、昔から日本人に有ったものであったと。

言葉を変えて言えば「厭離穢土欣求浄土」にも近い感覚かと思います。

「厭離穢土欣求浄土」は本来は来世の美しい世界と救いを仏に願う言葉ですが、穢れを嫌い浄化された物を希求する感覚は、戦争や軍備は悪であるとみなす感覚と同等の物があると思います。

ここでもう一つ面白いのが、ブログ朋友のnaomoe3さんの視点です。

http://blogs.yahoo.co.jp/naomoe3/60765212.html
日本的 ノブレスオブリージュの系譜 (権力者と殺生忌避・自己犠牲)

ヨーロッパの貴族は、いざ非常事態となると王様を筆頭に戦地に向かい、死地で戦いを行う。いわゆるノブレス・オブリージュを大事にしています。

米国でも、大統領選挙では候補者が軍役に服したか、重要な過去の戦争で軍人として参加したかは非常に重視されます。

でも日本では・・・

不思議なのは軍国主義盛んな時代でも、軍人でも地位が高いほど、現場での殺戮騒ぎは下士官任せ、または特別な訓練も受けず学徒動員された下位の学生さんが特攻隊で多数死んでます。

もちろん立派な軍人さんも多数いましたし、お国のために頑張った方々を愚弄するつもりは無いのですが・・・

泥仕事・汚れ仕事を嫌う傾向は、軍人にさえもあり、それが大戦で様々な過ちを犯させたという視点は検討に値すると思います。

もっと調査が必要ですが、本書を読んでなおのこと可能性の高さを感じました。

「売(う)り家(いえ)と唐様(からよう)で書く三代目」

これは初代が苦労して財産を貯めても、三代目では商売もろくにせず遊芸にふけって、仕舞いには家を売り払う羽目になるが、書く字は唐様と、教養ばかりの姿勢を皮肉った言葉です。

穢れを掃除することを厭い、努力もせず浄世を求める姿勢は、平和ボケ日本人と非常に似てますよね・・・

でも、アタシは唐様の文字も書けないので、もっと程度が低いんですが・・・(>_<)

06apr10

累犯障害者(wk13cy10)

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累犯障害者(新潮文庫)山本 譲司
http://www.amazon.co.jp/dp/4101338728/

序章:安住の地は刑務所だった−下関駅放火事件
第一章:レッサーパンダ帽の男−浅草・女子短大生刺殺事件
第二章:障害者を食いものにする人々−宇都宮・誤認逮捕事件
第三章:生きがいはセックス−売春する知的障害女性たち
第四章:ある知的障害女性の青春−障害者を利用する偽装結婚の実態
第五章:多重人格という檻−性的虐待が生む情緒障害者たち
第六章:閉鎖社会の犯罪−浜松・ろうあ者不倫殺人事件
第七章:ろうあ者暴力団−「仲間」を狙いうちする障害者たち
終章:行き着く先はどこに−福祉・刑務所・裁判所の問題点

著者はかつて菅直人の秘書で、秘書給与流用事件で実刑判決を受け、獄中生活を経験しています。
内容は非常によくまとまっており、涙頂戴でも悪趣味な暴露でもなく、淡々と障害者の現状を、犯罪という暗い視点から扱った物。

で、本書の内容、、、

獄中生活を経験した著者は、刑務所に多々収容されている障害者の実態を見て、出所後、障害者が関連した犯罪を調査し、なぜ障害者が犯罪を繰り返すのかを追求する。福祉の網からこぼれてしまってる障害者は、自身を守るすべもなく、健常者や同じ障害者の犠牲になったり、自覚無く犯罪をくり返し、刑務所に舞い戻る。刑務所が障害者の最終受け皿状態になっている現状と、障害者が関連した犯罪の実態を紹介。

最近、多々児童虐待の事件がメディアに取り上げられます。

親二人が揃って子供を虐めたり、放置のはてに餓死で亡くなるなど、ゾッとする事件が多いですが・・・

「自覚の無い親」とか「いつまでも子供のままの大人」みたいな簡単なことで片付けて良いものか、多々疑問に感じてまして・・・


↑ずいぶん主観のまじった記事、というか毎日新聞の記者の作文なんですが・・・
(記事と言うには主観が混じりすぎで、レポートと言うには主張の正当性を支えるデータが無いから、作文やね、これ。え?ブログ?、うーん・・・)

もしかしたら、最近の児童虐待の大半は、知能に問題がある保護者が引き起こしてるものかもって視点は、ナンダカそうかもと実感しました。

世の中に色んな思い込みというか、伝説というか、偏見みたいな物が多々あると思います。

そのひとつに・・・

「親は本能的に子供に愛情を持つもの」
「母性本能は普遍」

なんてのがあるかと。親は子供を愛するのが当然で、動物でも本能で自分の子を愛してる、故に、虐待はマレな異常な事件であると思いたいのが、世の中の大半だと思います。

話を変えますが、知能指数。 IQの平均値は100で、85〜115の間に約68%の人が収まり、70〜130の間に約95%の人が収まるそうで、70以下と130以上は異常値に含まれるそうです。

ということは、極論ですが、世の中の思い込みってのは約68%の人達にしか当てはまらず、残りの32%には別枠の仕組みが必要とも考えられます。

32%の中で、何%が85以下で、何%が115以上なのか、wikiではよく分からないんですが・・・

極めて乱暴にまとめると、世の中の二割ぐらいには、いわゆる常識というのが通用しない人達がいると考えても良いかと思います。

非常識とかではなくて、知能に障害があり、支援無しには通常に生活が営めない人達と言うべきか。
(あー、罵詈雑言が飛んできそう・・・)

児童虐待にしても、普通なら骨と皮状態まで痩せてる時点で異常なのに、放置。で、全然息もしなくなったあたりで驚いて、児童相談所や警察に電話をするなど、理屈に合わない行動が多々見られます。

食べさせてないのに、「死ぬとは思わなかった」としか思えない行動を、いい大人がしてるんですよ。

こういう事件が起こると、「犯人の親にも同じ目に遭わせて、苦しみを思い知らせるべき」なんて感情的な意見が多々見られますが・・・

これは、残酷というより、情緒的に障害があるって方を疑うべきと思います。

児童虐待ではありませんが、本書で伊勢崎市・女性監禁餓死殺人事件が紹介されています。

家族四人が、長男の内縁の妻を、四年かけて虐め殺した、なんとも悲惨な事件なんですが・・・

フタをあけると、より陰惨な話で・・・

主犯の長男は知的障害者。虐待に加わった父親は聴覚障害で、長女も知的障害者。唯一母親だけが、普通の人だったようです。

で、虐待で餓死した女性も、実をいうと中学の特殊学級で主犯と同窓の、軽度知的障害者。

調べるほど変な事件で、四年の間にいくらでも逃げ出すことができたのに、女性は虐待家族の家に残り、息途絶えたところで、主犯の長男が警察に「妻が死んでいるようだ」と通報。

最近よく聞く話に、なんだかパターンが似ている気がします。

「家事を手伝うように言っても、満足にこなすことができなかった」
「何もせず、一日中、テレビばかり見て過ごしていた」
「部屋の中で、大便や小便を漏らすこともあった」

虐待側には一応理屈があるんですが、あまりに一方的。

レッサー・パンダ帽の犯人も、IQ49ほどの知的障害者。父親から躾と称した酷い虐待を受けていたよう。
なおかつ、著者の調査で、父親自身も軽度の知的障害者だったことが判明。

こういう話を並べると、障害者には子供を産ませるべきでないって意見にも到りそうで、なんとも困りますが・・・

では、だからと言って支援を厚くすれば、こういう問題が減るようにも思えず・・・

「浜松・ろうあ者不倫殺人事件」では、ろうあでも、夫婦ともに仕事についており、二人の収入は30万から35万以上。給料以外に17万ほどの障害者年金。

だのに貯金は全く無く、サラ金に300万以上もの借金が有ったそう。

世間一般からすれば高収入とも言える状態なのに、金銭的にだらしなく、殺人にまで手を染めてる障害者もいるワケで・・・

もう少し、福祉事務所や児童相談所が介入すれば防げたのではとも思えますが、そこまで手厚い保護が可能なものか???

正直答えの無い話なんですが、、、

私の感想は、「同じ目に遭わせて反省させるべき」とか「自覚が足りなさすぎる」なんて単純なレベルに落とさず、なぜここまで陰惨な犯罪を犯せるのか、その心の闇にまで思索を広げるべきかなと・・・

そして、その思索の先を、同じような単純さ、「行政の努力が足りない」とかに落とさないことも重要かと思います。

IQの分布から考えると、世の中の二割が永遠に支援が必要な人達、八割が支援を提供する立場。

その八割の多くが「同じ目に遭わせて反省させるべき」って程度では、むつかしいと思います。
でも、八割が永遠に支援負担に合意できるかというと、それもまた・・・

31mar10

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連ちゃんで妙な話で申し訳ないです。んだか、変なことが気になるタチなもので・・・

あと、今ヒマなもんでツマラナイ映画を見たり、本を読んだりで過ごしてましてね。
ホントならお山にどんどこ行きたいんですが、んだか天気も悪いし・・・(TдT)

で、


70年代のホラー映画名作ですやね。
首がグリグリ回ったり、緑色の変なものをゲーゲー吐くシーンばかりが宣伝に使われてたので、グロ映画のような印象が強いですが、再度見直して、非常に細かく作り込んである心理劇なんだなぁと再確認しました。

ってか、「あらまコンナ映画だったのね」とびっくりしたというか・・・

人間の記憶って、アテになりませんなぁ。

で、いまさらあらすじ。

イラク北部で遺跡発掘を行っていたメリン神父は、昔アフリカで戦った悪魔の像を発見。再び対決する運命を予感する。同じ頃、米国のワシントンD.Cにある名門ジョージタウン大学で教鞭を執っているカラス神父は、年老いて病気がちの母親の面倒をみつつ、自身の信仰に疑問を持ち始め、深い悩みに苦しむ。
で、同じ頃ある女優がワシントンD.Cにて映画撮影のため、家を借り、娘のリーガンと一緒に暮らすが、、、

でまー、娘がどんどこ可笑しくなって、やっとこさ見たことがあるゲーゲーに到るんですね。この背景説明で一時間近くかかって、「ほー、こんなんやったのね」と再度感心したというか。。。

しっかり背景が飽きないように説明されてるから、映画としても面白いデキなんだろうなと納得したと言うか・・・

カラス神父が教えてるジョージタウン大学ってのは、イエズス会系の名門校で、米国の大学でもトップ20に入るぐらいのところで・・・

なおかつ、カラス神父はイエズス会の派遣で、プリンストンやハーバードでも勉強したそうで、非常に優秀な方なんですな。

それも、神学の対局に位置する心理学なんで、なんとも複雑な背景をお持ちの方です。

で、最後はメリン神父とカラス神父が協力して悪魔払いを実施し、成功はするんですが、二人とも死んでしまうっていう、陰惨な終わり方なんですが・・・

気味の悪い話を淡々と描いてるわけじゃなくて、人間の深層意識に入り込もうとする悪魔との戦いが上手く描かれてるから、名作で残ったのでしょう。

これ以降のホラー映画って、なんとなくエクソシストの後追い感が強いし。。。

で、話をガラッと変えますが・・・

見てて、なんだか疑問に思ったのが・・・

リーガンのお母さんの行動が、典型的な代理ミュンヒハウゼン症候群な感じがしましてねぇ・・・

唯一違うのが、一連の検査を同じ病院で行っているって程度でしょうか。代理ミュンヒハウゼン症候群は、詐病がばれる前に、ころころ病院を変えるのも特徴なんで・・・

まずは、お医者さんが施設での長期医療を進めるのに、頑なに自宅治療にこだわってるところ。
代理ミュンヒハウゼン症候群は、一時的に施設にいれたりすると直るのも特徴。当たり前ですよね、原因である親から引き離せば、改善するワケで。

でまた、リーガンが嫌だって言ってるのに、ガタガタゆれるベッドで寝ることを強要してるっぽいところ。
強要してるシーンは出てきませんが、嫌だって母親のベッドに逃げ込んでるのに、結局はあの部屋で寝かしつけられているというか・・・

あの部屋にナンカありそうなのに、あの部屋に一人にしてるのよね。。。
(まー、そうしないと映画にならないか・・・)

でまた、母親の彼氏っぽい映画監督とふたりっきりにしたり・・・

映画監督は悪魔に取り憑かれているリーガンに首をねじられて、窓から放り出されて、殺されたようなんですな。

どうも映画監督は病気で寝込んでるリーガンに妖しいことをしようとしたらしく、それを・・・

って、悪魔がやったことなら、悪魔、案外いい奴じゃん。

ってか、子供にけしからんことをしそうなオヤヂとふたりっきりにする、母親の行動がよく分かりません。

でまー、もしかすると、親が原因で異常行動を取ってる娘のために、お医者さんが振り回され、神父さんが二人も死んじゃったって、非常にヒドいお話なのではと、ちょと思ったワケです。

まー、狐憑きとかも、ある種の詐病行為とも言えますしね。人間心理って複雑です。

この映画は小説がベースなんで、実際に有った話ってワケでもありませんが・・・

エミリー・ローズなんかは、イカれちゃった神父さんに殺されちゃったんではって感じのこわーい話で。

オカしくなっちゃった人間に殺される方が、悪魔なんかより怖いと思うおまつでございます。

ま、視点を変えてみると、違う楽しみがございます。ほぇほぇ

28oct09

強姦の定義?

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のっけから衝撃的なタイトルで申し訳ないですが・・・

暇潰しに映画を見てて、「ほー」っと思ったもので・・・


細かい定義はウィキペディアさんを参照してください。ウィキペディアさんは、誰でも記述を提供できるから、必ずしも一番よい定義がしてあるかは別ですが、誰でも書けるってことで、世間一般の意見を代表してると考えていいかなと思います。

ちなみに、おまつも別ハンドルネームで何度か新しい項目を提供したり、項目修正をしたりしてます。「この件は私の方が詳しいぞ」ってのは、どんどん編集権をゲットして書き足してみたら・・・

ただ、当たり前ですが、気が付いた人から、原典はあるか、画像や記述に著作権違反は無いか確認されますよ。当たり前のこっちゃですが、確認の上、挑戦してみましょう・・・

で、本題に・・・

細かいとこで意見は分かれると思いますが、強姦って、基本は相手の同意なく無理矢理性行為を行うことでしょうか?

で、裁判沙汰になったら、「本当に同意は無かったの?」ってのが焦点に当たるケースが多々かと思います。

夜の帰り道、急に暗がりに引きずり込まれたってんなら???

100%強姦でしょうなぁ。

でも、強姦は、室内で、それなりに親しい間柄で起きるってのが多いらしいですよ。ちょろっと読んだって程度なので、統計とかの根拠はありません。

で、上記の映画。

出来は良いんですが、んだか不愉快な気分になる映画です。2000年の米国作品。
1990年代ぐらいから、ハリウッド映画って勧善懲悪から、妙に消化の悪い、後味の悪い映画を作るようになった気がします。たぶん「セブン」とかがその顕著な例かなと・・・

お金払ってまで後味の悪い物を見たくは無いので、なるたけこういう類は避けてます。

文学的に不条理をうまく描いてるのと、嫌な話ってのは全然ベースが違うと思うんですよ。

「えー、どう違うの?」って聞かれても困るんですが・・・

例えば「復讐するは我にあり」って小説がありますよねぇ。緒形拳が主演で映画にもなった、連続強盗殺人の話。

同じ殺人を扱う話にしても、「セブン」より「復讐するは我にあり」の方が、不条理を上手く描いた良い作品だと思うのです。「セブン」は悪趣味に人間の業を描写してるだけで・・・

どー言えばいいんだろう・・・

グロテスクな殺人現場や、殺人の状況を思わせる描写と、なぜ殺人に到ったか、どうして殺さざるを得なかったのか考えさせられる描写と、全然違うでしょう・・・

たぶん、直接現場や血糊を想像させるグロな描写の方が、ショッキングで受けると思うのですが・・・

下世話よねぇ。。。アタシは嫌いです。

あ、脱線してますね、元に戻します。

で、このゴシップって映画。

ネタバレは良くないんですが、中心のテーマが「本当に強姦が有ったのか、無かったのか」なんですね。

なんか妙ですよね。

自分でも「犯されたかどうか分からない」なんて状況で、果たして強姦で相手を訴えていいものか?

たぶん日本で被害届出したり、裁判に訴えたりしても、警察が相手にしてくれないとか、弁護士さんが「まず勝てないですよ」って言いそうな気がします。

状況の説明をしますと・・・

いちおう恋人関係にある・・・

パーティの後で、お酒で(たぶん薬とかも)泥酔状態。何をされたかも覚えていない状況。

どっちの部屋か分からないけど、密室で二人っきり。

↑これで強姦って言うのは、あまりに無理があるかなと・・・

まぁ、友達程度の付き合いであるとか、ほとんど知らない間柄で、明らかに無理矢理呑ませた、または相手が知らない間に変なクスリを混ぜたとか、知らない間にアルコール度が高いお酒を呑ませて、意識を失わせたとかが有れば別でしょうが・・・

恋人関係、同意の上でへべれけになるまで呑んで、部屋で二人っきりになって、、、

で、「嫌よ」ってアリなんだろうか?アリかねぇ?

この映画では、この状況でも相手が嫌だって意志を示してる限りは、強姦になるらしいんですよ。
で、へべれけで気を失ってる相手にコトを行ったら、強姦だと。

まー、確かに強姦でしょうなぁ。気を失ってる相手にそーゆーことをしたら。。。
気を失ってる相手に、そーゆーことして楽しい?ってな疑問もあるんですが。(済みません、下品なことを言って)

厳密な意味では強姦になると思いますが、たぶん日本じゃ強姦とは見なされない気がしましてね。

いかなる状況であれ、相手の合意が無い、相手に意志が無いのにコトを為すのは強姦であるって扱いは、良いこととは思うのです。

でもなんか違和感がありましてね。

裁判で勝てるかとか、相手から賠償金が取れるかとは別として・・・

わざわざトラブルが発生する状況を起こすホーにも、責任はあると思うんだけどなーと。

ただ、こんなことを言うと、「嫌い嫌いも好きのうちだろう?」みたいな悪習慣もソノママになるから、あまり公言はしたくないんですが・・・

まー、なんか国民性の違いを感じたというか。。。

映画は悪趣味なデキなんで、見ない方がいいです。良くはデキてるけど、悪趣味で不愉快。

んだか、不思議なジャンルですよねぇ。上手なんだけど、悪趣味で不愉快。止めて欲しいなぁ、全く。

でも、国民性の違いを見てみたいと思ったら、是非に。

27oct09

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