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名古屋の単身赴任、独り暮らしだと、人恋しくもなってくる時がある。仕事の仲間じゃ癒されないものを求めて、夜の街へ出向く事もある。私の場合、もっぱら焼鳥屋が多いのだが、その時の心の具合でお店を選んでいる。
一人で、もの想いにふける時は、知ってる常連もなく、店員も声を掛けてこないあの店へ。
優しいご主人と、静かに話がしたい時は、あの店へ。
楽しい常連さんとワイワイやって、何もかも忘れたい時はあの店へ。
名古屋に住み一年足らずだが、そういった店を順繰りと巡っている。
ある日自転車で近所を走っていて、
「おや?こんな所にも焼鳥屋があったのか」
この店、家からもっとも近いのに、ちょっと路地裏のため、気がつかなかった。
で、先日も焼鳥屋を目指したくなった夜、ふとあの店を思い出した。昼間はシャッターが閉まっているので、店の雰囲気などは知り得なかったが、夜、ぼんやりと灯かり。入口の引き戸の格子が、人マスだけ中が見えるようになっていたが、カウンタやご主人までを見回す事もできず、それにあんまり長く店の入口でそういうのを覗うのもどうかと思い、一時はその店をあとにした。でも、何か胸騒ぎが残って、50メートルほど通り過ぎてから引き返し、意を決してその店に乗り込む事にした。
カウンタが5席、小上がりが2席というこじんまりとした店内。カウンタには、中年の男女が3人。そのひとり。。。あれ? 私がたまに通っていた、お酒が飲めるたこ焼き屋さんでよく見かけた未亡人であった。向こうも私の事に気がついた様子。お互い、不思議な再会に首を傾げながら、一声掛け、その女性の左となりに座った。
「ここ、よく来るんですか?」(私)
「最近は私、こっちにしてるの」(未亡人さん)
ご主人はかなり年配の方。左半身が不自由のようで、右手1本で炭を整えるのも苦労している。常連さんとの話し方に「!」もしや。
話の中に、青森の事が出てきた。
「ご主人、青森生まれですか?」(私)
「そうだよ〜」(ご主人)
「青森、どこですか?」(私)
「藤崎だよ」(ご主人)
「あぁ〜ふんじゃきね」(私)
“ふんじゃき”にご主人は目を丸くされ、
「おっ!あんた、青森かぁ?(津軽訛りで)」(ご主人)
「いやいや、青森には好きで何度も行ってますから」(私)
伊奈かっぺいのライブカセットで、藤崎の事、地元じゃふんじゃきって言うんだって聞いたもので、グッドタイミングだった。これでいっぺんに、ご主人の私に対する態度が和らいだ。
もうひとりの中年女性が、
「どうして青森に行こうと思ったの?」(女性)
私はすかさず、
「太宰治ですかね」(私)
「太宰治、あまり読んだこと無いわ。どいういうのでしたっけ」(女性)
「有名なのは『走れメロス』、あとは『人間失格』とか、『斜陽』とか」(私)
女性は、太宰作品にはまったく触れた事がなさそう。反応なし。
私は埼玉から単身赴任で来ている事を絡め、太宰が大宮で『人間失格』を書き上げた事、またその事実を地元でも殆ど知られていない事を力説してしまった。常連さんたちは、太宰については食い付いてくれなかったが、ご主人だけが嬉しそうにうなずきながら聴いてくれた。
そこへもうひとり。この方も、たこ焼き屋でも会った常連さん。
「瓶ビールは自分で取ってきてね」
とは未亡人さん。
カウンタの4人の中に、私もすっかり加えて下さり、いろんな世間話で盛り上がる。
そこへご主人。
「俺はな、奇跡って言葉を信じてんだ」(ご主人)
不自由な自分の体に、まだまだと奮い立たせているようだ。
「そうだよ。体を治すのは自分なんだから。病は気だから」(常連みんな)
そうみんなで応援する。ご主人の笑顔が可愛い。
みんな順番に焼鳥を注文する。私は、皮、肝を2本ずつお願いした。たれが絶妙で、この周辺のお店でも1、2を争う、とても美味い焼鳥だった。なんで今まで来なかったんだろうと後悔しきり。
「あたし、月、水、金はここにいるから」(未亡人さん)
「えぇ〜週3日もですか?」(私)
「ここ、会社帰りに寄ると落ち着くのよねぇ」(未亡人さん)
それはわかるような気がする。またひとつ、名古屋での独り暮らしの宿り木ができた。それが青森がきっかけとは、太宰も憎い演出をするもんだ。
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