太宰が住んだ大宮 情報ブログ

太宰治が大宮に住んだ二週間を濃ゆ〜く調査しています。

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名古屋生活の足はもっぱらママチャリ。市内を巡るには十分で、主だった観光地から、自分のもうひとつのライフワークである歴史探索、神社仏閣やら遺跡やら。だって桶狭間の戦いの地、桶狭間まで自転車で行けるとは、なんと素晴らしい土地だろうか。

ほとんどの場所を制覇して、回遊の範囲をもうちょっと広く持とうと、列車のお得な切符を探した。名鉄、近鉄、JRと、こちらも乗り放題切符が満載で、秋の京都も良いかな等とその計画を企画していて、ふと思った。太宰を大宮へ連れてきた張本人、古田晁の故郷、長野県塩尻市小野地区へはどうなんだろうと。

JR東日本では、首都圏を乗り放題できる「ホリデーパス(2300円)」なるものがあるが、JR東海では、名古屋発の同様の切符「青空フリーパス(2500円)」というのが販売されており、なぜか長野県南部地域も行ける事がわかった。中央線では「木曽平沢」まで。塩尻駅からほんの4つ手前の駅だ。
古田晁の生家のあとであり、現在は記念館となっている「古田晁記念館」の最寄駅である小野駅までは、この青空フリーパスに480円を買い足せば行ける、さらに埼玉からの経路を調べた時は、小野での在可能時間は3時間程度だが、名古屋からだと、有に7時間は滞在できる。それに、特急券を買い足して名古屋から塩尻へ、特急「ワイドビューしなの」に乗れば、ほんの2時間足らずで着く。名古屋から塩尻は、JR的には極めて近い事がわかった。初めての名古屋脱出の旅は、長野県塩尻市小野と決まった。

朝4時に起き、最寄の鶴舞駅で5時半過ぎの鈍行列車に乗込み、2回乗り換えて塩尻駅。そこからまた2回乗り換えて11時過ぎに小野駅へ到着。駅員も委託の小さな山里の駅である。山の空気は清々しく、思わず伸びをしたくなる。
今回の旅では、古田晁記念館の管理の方とできるだけ話したいと思っていたので、この時間からの来訪はご迷惑と思い、まずは腹ごしらえ。大正時代からある駅前の「タイガー食堂」へ。名物ソースカツ丼とラーメンのセットを注文。
壁には、昭和20年代に、裸の大将、山下清がこの店を訪れ、葉書が送られてきた事を記録した記事を掲載していた。食事のあと、店の若い衆に聞いてみた。
「ここには、古田さんも来たのですか?」(私)
「へ?古田さん?」(店員)
「古田晁さんです」(私)
「あぁ〜、オレ、そういうの勉強不足で」(店員)
。。。本当に勉強不足だよ。この店に入る路地に「古田記念館この先」って看板があるじゃないか!

まぁ、いいか。先を急ごう。
曲がりくねった細い道を登り、センターラインのあるちょっと広い通りに出た。向こうから女子中学生が3人。
「こんにちは〜!」(中学生)
「あ、あ、こんちは。。。」(私)
ここでは会う人には挨拶をする事になっているんだね。でも旅人にも挨拶してくれるなんて、いい町だな。

通りに突き出た「古田晁記念館」の看板を見つけた。家の門の前に立て札。周辺を写真に収めていると、管理人さんが出て来た。ちょうどお昼ご飯の弁当の空箱を車に持って行く所だった。私は、庭園を見ながらその方が戻るのを待った。
「あ、見ていきます?」(管理人さん)
「拝見します!」(私)
展示室は離れの蔵、兼、客間にあるようだ。蔵の鍵は開け辛いようで、苦労をされていた。

それほど広くないスペースには、まず、古田晁の生い立ちを紹介し、九死に一生を得た、湯の花トンネル列車銃撃事件に遭遇した時に、となりにいた人が銃弾を受け即死した、その飛び血を浴びた血染めの原稿の現物。
そこから、筑摩書房の名参謀3人、臼井吉見、唐木順三、中村光夫を詳しく示し、そして、古田晁が交友があった作家たちから送られた書簡が飾られていた。
太宰の周辺の人々、井伏鱒二、上林暁、伊馬春部、田中英光、そして、草野心平、石川淳、川端康成、小林秀雄、島崎藤村、谷崎潤一郎、永井荷風、武者小路実篤、柳田國男、などなどの直筆書簡が並ぶ。すごい!すごい!

太宰治のコーナーがあった。太宰自身が書いた掛け軸の書が3点、その下には、太田静子の書簡、太田治子さんが中学生の頃に、古田が送金してくれた事へお礼の書簡に、静子が加筆。そして、太宰治の葬儀で読まれた弔文の生原稿。目を釘付けにするそれらの数々の品を前に、しばし呆然の私だった。

二階へ。ここは、となりの母屋から渡り廊下で行ける客間が三室。変に資料館っぽく飾らず、数々の作家たちがそうしたと同じく、このまま宿泊ができるような佇まい。畳に座り、何も音の無い部屋で、じっと耳を澄ます。照明が点らず、ぼんやりとした部屋の座卓の向こう側で、
「おい!ビール!」
そう叫ぶ古田さんの笑顔が見えるようで、鳥肌が立った。
部屋の隅には、古田さんが着ていた正装着が、そのまま掛けられていた。いけないと思いながら、その服に顔を埋め、古田さんの息遣いを感じ取った。

一階に戻ると、管理人さんが待っていてくれた。これらの書簡は、古田さんの親族の方が大切に保管していたものだとか。
念願の来訪である事、大宮の太宰を調べるうちに、古田さんのに興味を持った事などをお話した。実はこの日、厚さ3センチほどの大切な大宮太宰資料を携えて伺ったのだ。昔の地図や、古い記事や、大宮でのみ出回っている本のコピーや、藤縄さんのお手紙などをお見せしながら、久し振りに「太宰が住んだ大宮」を熱く語ってしまった。そして、3年前に実施した、大宮太宰ツアー第二弾に参加された皆さんにお配りした資料集を再版したものをお渡しした。“ツアーを実施した”という言葉に、微妙に反応して下さった。そう、塩尻でも古田さんのツアーを企画すれば良いのに。
「とっても興味持っているのが仲間におりますので、みんなで回し読みします」
そう言って資料を受け取って頂けた。こういうアプローチで、大宮太宰が再燃したら嬉しいけど。

塩尻市では毎年、市図書館主催で「本の寺子屋」というイベントを夏から秋に向けて行っている。古田晁の故郷という事から、彼の功績をたたえ、実施されているのだそうだ。
http://www.city.shiojiri.nagano.jp/tanoshimu/toshokan/honnoterakoya/honnnoterakoyaH24.html
ここで「古田晁記念館文学サロン」と称し、筑摩書房にゆかりの人に講演を依頼している。
今年は、元筑摩書房取締役の藤原成一氏が、
「古田さんから学ぶこと〜古田さんから受けたさまざまな「教え」について〜」
という題目で講演をする。
200名ほどの席がほぼ埋まるほどの人が、市民交流センターに集まるのだそうだ。日程は、11月10日(土)、こんなイベントに行ってみても面白いかな。

古田さんの家をあとにする。古田さんのお墓が歩いてすぐの所にあるとお聞きしたのだ。歩いてほんの数分、木立ちの中に彼のお墓を見つけた。「古田晁」「古田と志」と、ご夫婦の名が並んで刻まれたお墓。
お花が枯れていた。お花やお線香を持って来ればよかった。古田さんにゴメンナサイの気持も添えて手を合わせた。
ちょうどこの時間に走っていた町内循環バスで小野をあとにした。ここにようやく来れた事に、なぜかホッとした気持ちになった一日だった。

※ 客間には、様々な宿泊客と、古田さんの笑顔の影が見えるようだった。

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