|
カテーテルに空気混入、患者死亡 静岡医療センター 03/20 08:09 国立病院機構静岡医療センター(清水町長沢)は19日、カテーテル(細い管)を使った治療を受けていた県東部の80代の男性が、院内で容体が急変して12日に死亡していたことを明らかにした。病院側は、男性の静脈内を通していたカテーテルから混入した空気が心臓部に達したことが原因とみている。12日に、医師法に基づいて「異状死」として沼津署に届けた。 同センターによると、男性は下部胆管がんのため1月13日に入院し、3月2日にがんの摘出手術を受けた。術後の経過は「順調」だったが、6日午後5時25分ごろに容体が急変し、意識がなくなったという。 男性の死因は、空気栓塞(せんそく)による窒息死。容体の急変直前の午後5時15分、カテーテルに取り付けて点滴と薬液を投与する「三方活栓」という器具の連結部が緩み、液が漏れているのを、看護師が発見したという。病院側は何らかの原因で緩んだ連結部から空気が混入したとみている。 三方活栓は1日3回、看護師が点検している。6日午後4時45分ごろ、看護師が男性の三方活栓を目視で確認した際は異常がなかったという。 県庁で記者会見した院長は「過去に患者が体を動かした際や薬液の交換時に三方活栓が緩んだことはあるが、容体が悪化したことはない」と説明した。原因の究明は「警察に任せている」とする一方で、「結果的に空気が入ったことは管理上のミスがあったと思っている。(死亡した男性)本人、遺族、地域住民におわびしたい」と話した。 血管に空気、患者死亡 静岡医療センター 2010年3月20日 国立病院機構静岡医療センター(清水町)は19日、下部胆管がんを患って入院していた県東部の80代の男性患者が中心静脈カテーテルで点滴を受けていた際、血管内に空気が混入し死亡した、と発表した。事故後、遺族に謝罪し、沼津署に「異状死」として届け出たという。同署は業務上過失致死の疑いもあるとみて調べる。 同センターの説明によると、男性は1月13日に入院し、3月2日、胆管を含む膵臓(すいぞう)と十二指腸を切除する手術を受けた。同6日の点滴中、カテーテルにつなげて複数の薬剤を同時に注入する器具「三方活栓」の連結部分が緩み、薬剤が漏れているのを看護師が見つけた。 連結部のロックを締め直したが、約10分後に男性の容体は急変。人工心肺を装着するなどの処置を施したが、男性は同12日午後、死亡した。コンピューター断層撮影で確認したところ、右心室と右心房、肺動脈にガス像が映っていたという。 会見で、同センターの担当者は「カテーテルから心臓部に30cc以上の空気が混入し、急変が起こったと考えられる」と説明。連結部分が緩んだ理由については「患者がリハビリで動いた際に緩んだり、もともと締め方が緩かった可能性がある」と語った。野見山すすむ院長は「遺憾な結果を来してしまい、患者さまやご遺族の方に深くおわび申し上げたい」と謝罪した。 肺動脈空気塞栓を発症したということのようですが。 三方活栓から液漏れがあっても、空気の混入は、通常考えにくい。 30mmとのですが、キャップはずしても、それほどのガス混入は無ありえないような。 一度救命だなされていますし。 CTで、右心室と右心房、肺動脈にガス像 別のことでガスが、とも。 別に、死因があるかもしれませんし。 剖検もなされていないようです。 看護師の過失として、処理されてしまうのでしょうか。 |
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2010年03月20日
全1ページ
[1]
|
辞意撤回「頑張ってみます」 上小阿仁村の有沢医師 「やめないで」署名600人 村民からの心ない中傷で、退職する意向を示した「上小阿仁村国保診療所」の有沢幸子医師(65)が19日、小林宏晨村長(72)に対し、「もう少し頑張ってみます」と辞意を撤回した。辞意は固かったが、有沢医師の退職願の提出が公になって以来、数多くの村民が診療所などに通い、慰留に努める一方、「やめないで」と書かれた600人以上の署名が10日足らずで集まった。想像以上の村民の熱意が有沢医師に翻意を促した。(糸井裕哉) 村幹部によると、有沢医師が辞めることが分かった先週から、受診後の診察室で、小学生からお年寄りまで、慰留をする村民が続出した。 また有沢医師が14日に村内で行った講演会では、入りきれないほどの村民であふれた。講演の途中で女性(62)が立ち上がり、「みんな先生に甘えっ放し。思いやりの心で一緒に先生を助けよう」と訴えかけると、大きな拍手が起き、有沢医師はこらえきれずに涙を流したという。 10日余りで約600人の署名を集めた旅館経営の高橋健生さん(62)の元にも連日のように「どこで署名ができるの」「協力するから頑張れ」と村民から電話が次々と掛かってきた。 高橋さんは「『有沢先生と心を通じさせたい』という一心でみんなが必死だった。もう、心無い村などと呼ばれたくない」と声を震わせた。 有沢医師と面会した小林村長は、パートの看護師を1人雇用し、有沢医師の負担を軽減する申し入れをした。また村主導で策定していた診療計画を、有沢医師の裁量で決めることを認めた。 赴任以来、病状が悪化して回復する見込みの薄い患者に対する往診と、介護する家族へのメンタルケアも行っているが、有沢医師は小林村長との話し合いで今後、効率的な診察を行うため、現在休床中の19病床を「ホスピス」として再稼働させ、診療所で終末期医療を行うことを提案。小林村長も了承した。 小林村長は「言われなき中傷や不可解な嫌がらせがあった時は、私にすべて伝えてほしいと伝えた。村長として全力を挙げ、有沢先生を守り抜く」と話した。 (2010年3月20日 読売新聞) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 女医が辞意撤回、上小阿仁国保診療所 村民、安ど 来年3月末での辞職願を提出していた上小阿仁村の上小阿仁国保診療所の医師・有沢幸子さん(65)は19日、小林宏晨村長に辞意撤回を申し入れ、承諾された。小林村長は「無医村になる危機を脱し、ひと安心した」と胸をなで下ろした。 小林村長によると、有沢さんは同日朝に村長室を訪れ、「(診療所医師を)続けてみようと思う」と伝えた。小林村長は預かっていた辞職願を有沢さんに返した。その席で有沢さんは辞意撤回の理由について、「先輩医師らから『もう少し(上小阿仁村で)頑張ってみてはどうか』と激励された。多くの患者のほか小学生からも『辞めないでほしい』と懇願された」などと話していたという。 小林村長によると、辞職の理由を本人は公言しなかったものの、有沢さんが夜間訪れる患者のために自費で照明を設置したことや、お盆返上で診察した代休を平日に取ったことを、事情を知らない住民が批判したことがあったという。村は慰留に努めていた。 (2010/03/20 10:54 更新) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 撤退の期をのがしたかな。 美談でも、何でもないのですが。 情は、自己を滅ぼす。 |
全1ページ
[1]




