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Quid enim stultius quam incerta pro certis habere, falsa pro ver

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藤田保健衛生大学 医学部 第一病理学 (医学部1号館511号室)


10.病理検査,病理解剖における感染対策
  堤  寛


引用開始

10-2 病理解剖(剖検)に伴う結核症バイオハザード



 結核症の臨床的な正診率は50%に遠く達していない9, 10)。つまり,剖検時に初めて感染性結核症の存在に気づかれる症例はけっして少なくない。つまり,剖検に伴う結核症を未然に防ぐために,結核病変の肉眼診断の重要性が強調される。結核菌は10の1乗レベルの菌数を吸入することで半数の人を発症させる極めて感染力の高い細菌である。病理解剖に際しては,結核菌の感染力の強さ,消毒剤に対する抵抗性や空気感染による感染経路を熟知しなければならない。結核はそれほどまれな病気ではない。新聞をよく賑わすのは,病院における結核症アウトブレイクである。患者が感染源になるばかりでなく,医療者自身が感染源になっているケースもみられる。わが国では従来ほとんど報告のなかった多剤耐性結核菌感染による看護婦の死亡も報告されている。

 病理医と病理技師の職業病「肺結核症」は,病理解剖室が感染の主たる舞台となる。理由は明確だ。まとめてみよう。

 (1) 病理解剖室の感染防止対策の乏しさ。

 (2) 病理医自身の感染の危険に対する危機意識の乏しさ。

 (3) 小児期のBCG接種によるツ反陽転による抗結核菌免疫力への過信。

 (4) 高頻度にみられる高齢者日本人の結核性病変。

 (5) 感染性の高い活動性結核の臨床的正診率の低さ。

 (6) 結核菌の感染力の強さ。結核菌は乾燥に強く,空気中を漂う少数の菌の吸入で空気感染を生じる。

 剖検例からみて,どの程度の頻度で結核症に遭遇するだろうか。表10-4に3病院におけるデータをまとめた。感染性病変は乾酪壊死の明らかな,あるいは抗酸菌の証明できた病変(被包乾酪巣,増殖性結核や滲出性結核)とし,治癒性病変は線維化瘢痕巣のみの場合とした。東海大学付属病院では,1987年までの13年間と1999年までの最近3年間が調査された11)。肺結核の最終病理診断は9.3%および8.0%になされており極端な差はなかったが,感染性結核性病変は6.2%から1.1%へ減少していた。三重県にある鈴鹿中央病院における調査(1995年までの5年間)では,結核症の病理診断は13.2%の症例に下されていたが,感染性結核症は1.9%だった10)。2000年8月に(社)日本病理学会が行ったアンケート調査(送付は大学病院を含む551病院,回収351=64%)では,剖検例100につき平均1.93の活動性結核症の診断がなされている(中央値は0.89)。一方,横浜市の中心部にある中規模総合病院であるけいゆう病院では,1980年代,90年代を通じて約16%が結核と診断され,そのうち,6.6%および6.2%が感染性結核であった。1999年も臨床診断されていない高齢者の全身性滲出性結核症が2例経験された。つまり,病院によっては,まだかなり高率に結核症が埋もれていることを如実に示している。

 わが国における剖検は,若手病理医に貴重な実地トレーニングの場を提供する役目を負いつつも,残念ながら数・率ともに減少し続けている12)。日本病理学会が毎年発行している日本剖検輯報によれば,1982年における登録施設(n=472)の剖検率33.5%,国民総死亡数に対する剖検率5.5%に対して,1995年にはそれぞれ14.4%(n=654),3.1%と激減している。剖検数そのものの減少により,剖検室における結核菌曝露のチャンスも着実に減少しているといえる。しかし,剖検例の減少が結核症の肉眼診断トレーニングの場を若手病理医から奪うことにもつながっており,防御体制が後手後手に回ってしまうおそれが増加しているともいえる。

 わが国の病理解剖室の結核菌に対する感染防御体制はどうだろう。従来,あまりにも無防備な職場環境のなかで営々と病理業務がなされてきたし,厳しい医療経済のなか,不採算部門に属し,収益のあがらない病理解剖室の環境改善には厳しい現実が目の前に控えている。とはいえ,「病理医は結核に罹って初めて一人前」などとベテラン病理医につぶやかせるような雰囲気は一刻も早く打ち破らねばならないことは言うまでもない3, 13, 14)。

 著者らは1988年に全国の病理関係者(n=2,388)における肺結核発症の実態調査(病理業務開始以降の結核症治療歴を調査)を行った (表10-5)15)。病理関係者の結核症年間罹患率は,10万人あたり639.5であり,対照群(衛生学・公衆衛生学の医師・技師n=414)の値94.2/10万人に対するオッズ比(相対危険率)は19.0であった。日本人全体の肺結核罹患率53.9,高齢者や小児を除く稼動年代の30.0(JR,NTTのデータ)と比べても明らかに異常事態である。

 病理関係者の結核症罹患率は,1988年までの10年間でも,559.3と減少傾向がなく,とくに40歳未満の若手では673.8と高値だった。これら数字は1950年代における英国病理医の結核症罹患率547.0より高い。また,剖検介助をする病理技師(n=753)の結核症罹患率(823.8)は,剖検介助をしない技師(n=422)の値(125.1)より有意に高かった(オッズ比16.7)。平均発症年齢は,病理医32.3±7.0,病理技師29.6±8.0と若年発症者が多いのが特徴だった。病理関係者のこの著しく高い肺結核症罹患率は,剖検中に空気中に飛散する生きた結核菌に曝露される機会が多いためと結論された。

 上に述べた日本病理学会の行った最近のアンケート調査(2000年8月)では,1997年から99年までの3年間に病理関係者に結核発症ありと回答した病院が19(5.3%)もあった(未発表データ)。この数字はけっして小さくない。10年以上前に行われた調査の結果があまり改善されていないことは,全国の病院の片隅における病理解剖室の質の改善速度の遅さとよく相関するのではないだろうか。

 肺結核症を発症し治療を受けた医療関係者の多くは,BCG接種によるツ反陽転者である。つまり,小児期におけるBCG接種による結核発症阻止効果には限界があるといえる16)。米国で市民に対してBCG接種が行われてこなかったのは,BCG 接種の結核発症予防効果に対する否定的見解に基づくCenter for Disease Control and Prevention(CDC)の行政判断である16)。BCGが結核性髄膜炎や粟粒結核といった播種性病変に対して予防効果のあることは通説となってはいる17)が,医療者は,小児期のBCG接種によるツ反陽転の既往を盲信してはならない。まして,成人に対するBCG接種の結核予防効果は確認されていない。業務に伴う結核菌大量曝露の危険が高い場合,BCG接種による予防効果は期待できない。



表10−4
剖検例からみた、結核症の頻度 (3施設による比較)

東海大学附属病院
       剖検総数 結核症症例数  感染症   治癒性
1975ー1987  2705   251(9.3%)   160(6.2%) 82(3.0%)

1997-1999  450    36(8.0%)   5(1.1%) 31(6.9%)

鈴鹿中央病院
1991-1995  583   72(13.2%)  10(1.9%) 61(11.3%)

ゆうけい病院
1980-1989  621   102(16.4%) 41(6.6%)  61(9.8%)      
1990-1999  305   49(15.9%) 19(6.2%)  30(9.7%) 

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