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生物多様性セミナー 2003年11月 ジェネラリストは変動環境下で絶滅しにくいか? 吉田勝彦(群集動態研究チーム) 1:イントロダクション 生態系の中では、色々な種類の餌を食べる生物(ジェネラリスト)や、その逆に特定の餌しか食べない生物(スペシャリスト)が長い時間をかけて進化してきた。生態系に環境変動が起こった時にどちらのタイプの生物が滅びやすいのかを明らかにすることは、効率的な保全計画の策定に有効である。理論的な研究や野外観察、化石記録などから、一般にはスペシャリストの方が滅びやすいと考えられている。しかし、その逆にスペシャリストの方が絶滅しにくいという説もあるし、どちらにも特に差はないという結果も出されており、決着はついていない。この原因の一つは、スペシャリストとジェネラリストの比較が同等の条件で行えないことにある。一般にスペシャリストとジェネラリストでは分布域の広さが違うが、これは野外観察における障害の一つとなる。また、理論的な研究においても、スペシャリストとジェネラリストは全く別々の系で論じられており、どちらが絶滅しやすいかについて、正確に比較できているとは言い難い。両者の比較を、両者が進化して共存するような生物群集において行えば、この問題を回避できると思われる。そこで本研究では、一つの生物群集の中で個々の生物が進化するような系のコンピューターシミュレーションを行った。 2:モデル 本研究で扱う系は、動物種と植物種によって構成される。植物は外界からのエネルギー流入を受けて一次生産を行う。個々の種はそれぞれ違った性質を持ち、動物種は自分の好みに合う種だけを捕食する。それぞれの好みの広さには差があり、好みの幅が狭いものがスペシャリスト、広いものがジェネラリストとなる。一般に生物は取り入れたエネルギーのうちの一部しか生物量の増加に使えないが、この“エネルギー変換効率” はスペシャリストほど高いと仮定する。スペシャリストとジェネラリストを同等の条件で進化させるため、好みの幅とエネルギー変換効率は反比例すると仮定する(図1:好みの幅が広いほど、捕食できる餌種の期待値は多くなるがその分変換効率が悪くなる)。本研究では好みの幅が5以下のものをスペシャリスト、8以上のものをジェネラリストとする(図1参照)。またエネルギーの変換効率を変えたシミュレーションも行う。最も好みの幅が広い場合の変換効率が0.1, 0.2, 0.3の場合をそれぞれ変換効率が低い、中程度、高い、と定義する。 本研究では環境変動がない場合、環境変動がある場合のシミュレーションを行う。環境変動として、一次生産量の変動を考える。流入量は平均1.0の正規分布乱数を用いて変動させる。この乱数の標準偏差の大きさによって変動の激しさを定義する。今回は標準偏差0.1と0.3の二つのバージョンのシミュレーションを行った。データの解析は主に動物種について行った。 つづき |
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つづき 3:結果 環境変動が無い時、“変換効率”が高いほど動物の種数(図2A)は増える。しかしそれ以上に植物の種数が減少するため(図2B)、結果的に総種数は減少する(図2C)。好みの幅の狭いスペシャリストの寿命は変換効率が高くなると長くなるが、変換効率が更に高くなるとかえって短くなる(図3A)。一方、好みの幅の広いジェネラリストの寿命は変換効率が高くなるに従って長くなる(図3B)。 環境変動がない場合、エネルギー変換効率が高くなるほど動物種は効率よく生物量を増加させることができる。そのため、変換効率が高くなるほど動物種の平均寿命は長くなり(図3B)、系内の動物の種数も増加する(図2A)。動物の種数が増えることは、動物の生物量を支える植物種への捕食圧が高まることを意味する。その結果変換効率が良くなるほど植物の種数は減少し(図2B)、結果的に系全体の種数は減少する(図2C)。変換効率が良くなりすぎるとスペシャリストの寿命はかえって低下する(図3A)。この原因は現在調査中であるが、変換効率が高くなった時に動物による捕食圧が高くなることと関係すると思われる。スペシャリストは捕食できる餌の範囲が限られているため、変換効率が高くなり、餌を効率よく取り入れることができるようになっても、高い捕食圧に耐えられないのではないか。 一次生産量変動の影響は、変動の規模、エネルギー変換効率によって違う。エネルギー変換効率が低い場合には、ジェネラリストとスペシャリストの平均寿命に差は見られないが(図5A)、エネルギー変換効率が高い場合にはジェネラリストの方が長い平均寿命を持つ(図5B, C)。これは、一次生産量変動があった場合、1種あたりの餌の生物量はジェネラリストの方が多く、1種あたりの捕食者の生物量はジェネラリストの方が少ないことに起因していると思われる(図9)。この結果からはジェネラリストの方が一次生産量変動の影響を受けにくいと言える。 しかし、一次生産量変動がない場合からの相対的な変化で見た場合、つまりどちらが一次生産量変動の影響を受けやすいのか、という視点から見た場合、必ずしもそうとは言えない。変換効率が低い場合、一次生産量変動による平均寿命の変化の仕方には、ジェネラリストとスペシャリストの間で有意差がないこと(図7A)、変換効率が中程度の時、ジェネラリストの方がスペシャリストよりも平均寿命が長くなる傾向があることは平均寿命の絶対値で見た場合と同じである(図7B)。しかし、変換効率が高い場合には、一次生産量変動があるときはジェネラリストの方が相対的に寿命が短くなる(図7C)。 この結果はなぜもたらされるのか。一次生産量の変動が激しい場合の方が、ジェネラリストにとっては餌が多く、捕食者が少ないので(図8)、平均寿命が長くなりそうに思われる。実際にこの場合、ジェネラリストの定着率は増加している(図6)。にもかかわらず、長期間存続する種の割合は一次生産量変動がない場合に比べて著しく少なくなっている(図6)。この原因は、変動の規模が大きいシミュレーションにおいて、数千ステップに1回発生する、一次生産量が大きく減少するイベントと関係すると思われる。小規模の一次生産量変動は種の存続にそれほど大きな影響は与えないが(図4: 30000〜45000 stepまで、図5)、非常に大きく一次生産量が減少した時、動物の種数は大きく減少する(図4: 45000 step)。この時、ジェネラリストもスペシャリストも同様に被害を受ける。つまり、一次生産量の変動幅が大きい場合、種の性質に関係なく絶滅する。そのため、このような系においては、種の寿命は種の性質ではなく、一次生産量が大きく減少するイベントの頻度によって決められているのである。そのため、ジェネラリストとスペシャリストの平均寿命に差がなくなり、元々平均寿命の長かったジェネラリストの方が変動に敏感に見えるのである(図7C)。 5:まとめ
エネルギー変換効率が高くなると動物の種数が増え、植物の種数が減り、両者の合計の種数は減少する。 エネルギー変換効率が高くなるとジェネラリストの寿命が長くなる。 一次生産量変動があるとジェネラリストの定着率が増加する。しかし変動が激しい場合には長期間存続する種の割合が減少する。 平均寿命の絶対値で見た時には、ジェネラリストの方が変動環境下で絶滅しにくい場合が多い。しかし、相対的な寿命の減少率で見た時、特に変動幅が大きい場合にはジェネラリストの方が影響を受けやすい。 |
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中西準子氏 ムダをなくす? ムダをなくす代表選手のような形で、八ッ場ダムの中止が民主党のマニフェストに登場した。ただ、この問題をムダかムダでないかだけで議論するのは無理だと思う。ここまで費用をかけてきた、だから、前に進むべきか、止めるべきかを通常の費用だけで考えることに無理があると思うのである。 もし、1000人収容の会館を造り始めたとして、途中まできて、300人で十分、1000人はムダだとなったとしよう。その場合には、1000人の会館を300人で使うとした場合、300人の会合を必要に応じて、民間の会議場を借りて行うとした場合との比較をする。 前者の方が経済的となれば、後はできるだけ経常経費を少なくするようにして使うことになるし、後者の方が経済的となれば、1000人の会館の建設を中止することになろう。 しかし、ダムの場合には、特殊な問題がある。ダムがあることが、どう見ても環境破壊であるにも拘わらず、そのことは通常の費用計算に組み込まれていない。環境への影響を考えれば、ダムはできれば作らない方がいいものだし、コスト計算をするなら、そのことを考慮しなければならない。 利水目的のダムは不要! できれば作らない方がいいという前提に立てば、後は、本当に必要かという議論が大きく浮かび上がる。 八ッ場ダムの目的には、利水(水道水などに使う)と治水(洪水を防ぐ)がある。東京、茨城、埼玉などで、利水のためのダムを造る必要性は全くないと、私は自分の専門の立場から言える。 関東地方でなくとも、ある非常に限られた地区を除けば、我が国で利水目的のダムが、ほとんど不要である理由を、「水の環境戦略」(岩波新書)で書いた通りだが、このことは、また、来週書くことにしよう。ここでは、このことを書くのはやめておく。 治水のために八ッ場ダムがどのくらい必要性が高いかは、実は私はよく分かっていない。私の周囲の友人達は、ほとんどダム反対派で、その主張は何回も聞いているが、本当にそれが正しいのかどうかの判断ができずにいる。その意味で、八ッ場ダムの治水面での役割を、ダム推進派の方からも聞きたいと思ってはいるが、それは、私個人の問題である。 私個人の認識は以上だが、いずれにしろ、八ッ場ダムがどのくらい必要かの議論を詰めることしか方法はなく、環境破壊という影響を考えれば、できるだけダムはない方がいいという立場で考えざるを得ないのである。 コスト比較の式 そうすると、以下のような比較になる。 建設継続の場合のコスト=環境影響+総建設費−利水のメリット−治水のメリット 建設中止の場合のコスト=これまでの投資額 継続の場合と中止の場合の費用比較: 差し引き=環境破壊+総建設費−これまでの投資額−利水のメリット−治水のメリット 差し引きがプラスなら、中止した方がいい、マイナスならば、継続した方がいい。 ここで、利水のメリット=0とすれば(中西の主張にしたがって)、 1)以下の式が成り立つとき、中止: 環境破壊+今後必要となる建設費>治水のメリット ・・・式(1) 2)以下の式が成り立つ時、継続: 環境破壊+今後必要となる建設費<治水のメリット ・・・式(2) 問題になるのは、今後「必要となる建設費」である。今までいくら投資したかではない。勿論、総事業費が決まっていれば、これまでの投資額と今後必要になる建設費は、お互いに関係しているから、関係はあるのだが、基本は、今後必要となる建設費と環境破壊によるマイナスであることを認識する必要がある。我々が比較すべきは、式(1)だということ。今までどのくらいのお金を使ったかは、忘れていい。(今後必要な費用として、撤去費とか、補償費とかがあれば、それは加える) 治水の対案 治水のメリットの大きさは、治水のための代替案があるかどうかに影響を受ける。ダム反対派が主張するように、治水のメリットはないなら、直ぐにでも中止となるのだが、一応、ここでは治水の必要性はあると考えておく。 堤防などがいいという意見があるが、それが、実行可能かどうかについては、私は分からない。ここでは、適切な代替案がないとして考えてみよう。その場合に、八ッ場ダムの規模縮小とか、使い方の工夫などもあるかもしれない。それによって、環境破壊をどの程度軽減できるかが一番の問題になろう。つまり、治水効果と環境破壊、これが天秤にかけられることになる。 地元の問題 ここには、地元の地域振興という問題もあるようだ。前原大臣も、地元の状況を考えて、相当柔軟になったので、ほっとしているが、マニフェストに書かれているから実行しますと宣言した時には、かなり驚いた。霞が関の官僚に対して、top downは分かるけど、地域の人や、市長や知事に対してもtop downですか?と聞きたくなった。 民主党に投票した人も、マニフェストに書かれていることすべてに賛成しているわけではない。また、国全体でどうするかということと、その地域はどうかということは別である。 例えば、国全体で国民投票をすれば原子力発電所が必要と言う人が5割を超えるとしても、ある地域に作るとなれば、そこは反対ということはある。その場合、国民投票で過半数が賛成だから良いはずだというような論理だけでは通用しない。 やはり、地域の反対とか賛成は、別の問題として考えなくてはならない。地元が反対だからダメということではないが、少なくとも相当の配慮が必要だろう。 政権公約は100%守る必要はない! 今回、地元との関係がこじれはじめた第一の原因は、政権公約は100%実行しなければならないと、民主党の幹部が考えているからだと思う。政権公約は、政権をとった後に、ある程度修正されるべきものだと私は思う。 鳩山内閣は、自己の主張を訴えて勝利を収めた。しかし、当選後は、その主張に反対の人も含む国民の代表である。ある程度、その反対の人の意見が反映されて当然で、その分マニフェストは薄められなければならない。 私はかつて、こういう自分の意見を朝日新聞に投稿したことがある。それは、1995年5月22日の朝刊、声欄に掲載されている。青島幸男氏が公約でお台場での世界都市博の中止を掲げて東京都知事に当選したが、すでに準備が進んでいたために、様々な動きがあり、知事宅に爆発物の小包が送られるという事件もあり、知事自身が悩んでいる様子が見えた時だった。 最終的には、5月末、知事は開催を中止すると宣言した。その少し前、5月22日にこの投書は掲載された。声欄の一番目には、「青島知事は初心を貫いて」というタイトルの意見で、私のは二番目で「公約の修正は若干あっても」というタイトルになっている。こういう中途半端な意見が、採用されたので自分で驚いたのを覚えている。 民主党がはりきりすぎて、マニフェストに縛られると、評価が下がると思う。また、自民党が、地元の反対運動に肩入れすれば、これも命取りになるだろう。 青島都知事の時代の私の投書 1995年5月22日 朝日新聞 「声」欄 「公約の修正は若干あっても」 東京都 中西準子(大学教官 56歳) 青島都知事は都市博反対を公約して当選したので、100%それを守らなくてはならないという考えで苦しんでおられると思う。しかし、それはそもそも無理なことである。都知事とは、それに就任すると同時に、都市博賛成派の人も含む全都民の代表になるからである。首長は投票した人だけを見ていてはいけないのであって、首長の公約とは、当選後は全都民の意向を入れて若干は修正されるものだという受けとめ方をすべきではなかろうか。 しかし、同時に、都議会も知事選挙に示された都民の意思を尊重し、従来の考え方を変えるべきである。個人的には私も、都市博には反対である。しかし、いろんな意見の人がいるのだから、自分の意見は半分程度生かされればいいと思っている。青島知事の決断についても、都市博反対の意思が半分入れば、公約は守られたという評価をすべきだと思う。 首長の公約とはそもそも、どうあるべきかから議論しないと、いたずらに有能な人材を疲弊させてしまうようで、気が気ではない。 |
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A. 八ッ場ダムどうする(その2) すべてのダムはけしからん、だから、八ッ場ダムも中止だという筋道の論理展開をしてはいけないと思う。ダムの必要性は、場所により異なる。必要な場所もあるが、必要でない場所もある。環境影響の少ない作り方、使い方もあれば、そうでない場合もある。 しかし、利水(水道水や農業用水)のためのダムについては、我が国では、おしなべて新しく作る必要性が低い。多くの場所でそうだ。治水はやや状況が異なる。 利水の必要性が低いのは、八ッ場ダムでもそうだ。それは、日本の特殊性である。 我が国では、水田を広げるために、あらゆる努力をはらって、農業用水確保が図られた。ともかく、利用できる水があれば、ひいてきて水田が作られた。既に、明治になる前である。その後も、新しい技術を使って水利工事が行われているが、水利権などは、明治になる前からのものが受け継がれている。 この農業用水用のダム、水路、水利権が日本中に張り巡らされている。しかし、水田の面積はどんどん縮小している。それにとって替わって、都市ができている。しかも、面積当たりの農業用水の使用量と都市の使用量を比べると、圧倒的に農業用水が多い。つぶれた水田の分の農業用水のほんの一部を、都市用水に転換すれば、都市が水に困ることはない。 都市は水を使わない! 私は、このことを「水の環境戦略」(岩波新書)に書いた。「1ヘクタールの水田に設定される水利権は1日約200トン、一方東京近郊の多くの市の居住地の人口密度は1ヘクタール当たり50人ほどで、その人たちの使う水道水の量は、大きく見積もっても1日15〜20トンにすぎない。つまり、農業用水の10分の1ほどである」(37頁)と。 この本を出したのは1994年で、この説を私が主張し始めたのは、さらにその2年くらい前だったように思う。 我が国で、農業用水の都市用水への転用が、非常に進んだ時期があった。それが成功して、新たなダムを造ることなく、大きな成長を遂げた市として、倉敷市を挙げることができる。しかし、その後水利転用は急に止まってしまった。勿論、止めたのは役所である。 それから暫くしてから、また、少しずつ転用が行われることになった。利根川水系でも行われているが、この工事に時間がかかり、どういうわけかえらく費用がかかるようになってしまった。ということで、現実には進んでいない。 水利権の転用なので、地元が反対すると想像されるかもしれないが、実は違う。地元の水利組合の中には、水路の維持費を賄うのが大変というところもあり、実は、水利権を売りたがっている。 ところが、旧建設省(今の国交省)は、水は公水だから、水利権の処分はまかりならん、不要なら建設省に戻せと主張する。しかし、こういう条件で、はい、いりません、というところがあるだろうか?(このことについては、雑感259(2004.05.18)に少し書いた)。ことほどさようである。 千葉県には同情するが、埼玉県の渇水はおかしい こういう様々な要因で、農業用水の都市用水への転用が進んでいない。八ッ場ダムの目的の一つに、埼玉県の渇水を解決することが挙がっていた。地形を見てほしい、広大な水田が広がっていた所である。この埼玉県で渇水問題が起きる筈がない。要するに、水利転用ができないから起きている渇水である。 水がほしいと言っている東京も必要ないし、茨城県などは余っている。やや、同情できるのは最下流の千葉県だけである。これも上流県での水利転用が進めば解決するが、不利な立場にあることは事実だ。 水田が広がっている地域であれば、水不足はほとんど農業用水の水利転用で解決できる。地図を見れば、判断できる。 香川用水も水利転用で改善できる 四国の香川用水(早明浦ダム)の取水制限が報道されている。ここは、そもそも雨量の少ない地域である。それでも、下流徳島の農業用水の水利権を適正に(必要量に)制限すれば、香川用水の渇水問題は相当改善される。 http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/social/article.aspx?id=20090928000080 引用開始 香川用水35%取水カット/2次制限スタート 2009/09/28 09:46 早明浦ダム貯水率 吉野川水系水利用連絡協議会(会長・足立敏之四国地方整備局長)は27日午前9時、香川用水への供給量を35%カットする2次取水制限を開始した。2次制限入りは6月14〜22日以来、今年2回目。 8月中旬にいったん100%に回復した早明浦ダムの貯水率は、27日午後8時現在45・5%と、再び平年値(86・7%)を大きく下回っている。ダム上流域の9月の降水量は26日現在29・7ミリで、平年値(481・8ミリ)の約6%と極端に少ない状況が続いている。 四国地整局の25日現在の試算では、今後まったく雨が降らず、夏場と同様の取水制限を段階的に行った場合、11月9日にも貯水率がゼロになる見通し。 ただ、農業用水の需要減により、10月11日以降は香川、徳島両用水への供給量が減少する。このため同協議会は28日に幹事会を開き、今後の取水制限について、夏場と同じカット率で実施するかどうかなどを検討する。 2次取水制限に入った同日、丸亀市が渇水対策本部を立ち上げ、香川県内で対策本部を設置した市町は6市2町となった。また、高松市は合併前旧市域の減圧率を7・4%から18・5%に強化した。 高松地方気象台によると、向こう1週間の四国地方は気圧の谷や前線の影響で雲が広がりやすく、前半は降雨が見込まれるものの、降水量は平年並みか平年より少ないという。 引用終了 ここは、民主党の仙谷由人内閣府特命担当大臣(行政刷新)、公務員制度改革担当の選挙区である。ぜひとも、ここで、この問題に取り組み、日本の水問題解決の先鞭を付けてほしい。 怖いことを、さすがに平然と言われます。 多目的ダムは、必要ないし、ダムは、防災か用水か、用水なら、都市部に供給のためか、農業用水なのか、工業用水なのか。 目的をはっきりさせるべきです。 農業用水なら農林水産省管轄です。 沢山作られています。こちらはどうなのか?。 治水(災害)用ダムなら、たえず減水しておく必要があります。仮にダム不要との事でした、水害地域の住民の立ち退きまで、含めた議論が必要です。 利水(用水)なら、できるだけ水を溜めておく必要がります。 水利権の売買、使用料の支払い、を認める必要があります。 水利組合は、明治政府設立より以前から、確立されたものです。 ただで、渡せは、無理があります。 多目的は、無理だと思いますので、利水か治水かの用途での運用のダムが必要です。 |
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大水は変わりない。 政権交代の影響がまだ出ていません。 なぜだろう。
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