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Quid enim stultius quam incerta pro certis habere, falsa pro ver

感染症

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【キブンの時代】第2部 危険はどこに(1)新型インフル「偏執病」 (1/4ページ)
2010.4.4 08:00


「『もう言わんとこ』って決めたんです。話したくないのは当然だけど、思いだしたくもない」

 大阪府寝屋川市にある公立高校の校長は、やんわりと取材を断った。

 昨年5月、この高校は、新型インフルエンザの大騒動に巻き込まれた。短期留学で訪れたカナダから帰国した生徒4人が、成田空港での検疫で新型インフルに感染していることが判明。同じ航空機に乗っていた同級生ら乗客48人が空港近くのホテルに停留される羽目になった。

 新型インフルの日本での初の感染確認だった。

 高校が追われたのは、生徒らへの対応ばかりではなかった。「謝れ!」「大阪へ帰ってくるな!」「バカヤロー」。伏せられていたはずの高校名をどこで知ったのか、電話が殺到した。

 「まるで危険物扱い。誹謗(ひぼう)中傷も、マスコミの取材もすごかった。でも1週間もして、日本各地で感染が確認されると誰も騒がなくなった。あの雰囲気、世間の気分は、いったい何だったのか」。校長は1年近くたった今でも納得がいかない。

     ◇

 厚生労働省では、国内での感染が確認された時点など要所要所で、当時の厚労相、舛添要一(61)が深夜、早朝を問わず自ら会見を開いた。

 国が騒ぎ過ぎたので、日本中が大騒ぎになったのではないか−。そんな声は当初からあった。舛添から「緊急時なのに連絡がつかない」と指摘された横浜市長(当時)の中田宏(45)が発した「大臣自身が落ち着いた方がいい。カリカリし過ぎ」という言葉が反発を象徴している。



厚労省幹部によると、首相官邸からも「何で大臣が深夜に会見するんだ」といった牽制(けんせい)があったという。

 これに対し舛添は今年2月、日本環境感染学会で講演し、「反省点は山ほどある」としながらも、「見えない敵との戦争だ。危機管理の問題で情報を公開することが大切。位が上の人が言うほど情報の信頼性が高まる」と反論。「ワクチン対応などで長妻昭厚労相が国民の前で語るのを見たことがない。これではだめだ」と切り返した。

 国の対策の事務方の責任者である厚労省健康局長の上田博三(60)は一連の情報発信について、「大臣が会見したことで、国民にしっかりとメッセージが伝わった」と肯定的に振り返る。一方で、「情報が強く伝わってしまった点もあった。われわれがもっと積極的に情報の背景説明などをすべきだった」と語る。

     ◇

 マスク、手洗い、そして感染者が出た学校への誹謗中傷…。米紙ニューヨーク・タイムズは、新型インフルをめぐって日本中を覆った雰囲気を奇異にとらえ、「パラノイア(妄想症)の国」と伝えた。

 記事は「下着からボールペンに至るまで抗菌性」と日本社会を揶揄(やゆ)し、「もともと衛生状態への強迫観念がある」と分析する。

 なぜ、日本中で「パラノイア」と称される光景が生じたのか。ものものしい防護服に象徴された検疫体制を検証してみる。



「空港の検疫体制は過剰ではなかったのか」。メキシコでの新型インフルエンザ感染確認から約1年がたった今年3月31日。厚生労働省で開かれた新型インフル対策を検証する委員会で、そんな批判が紹介された。

 新型インフルの“恐怖”を視覚的に日本中に伝えたのが、メキシコでの感染確認から間もない昨年4月29日から5月22日まで続けられた航空機内での検疫だ。ゴーグルをつけ、白い防護服を着た検疫官が機内で乗客の健康状態をチェック。島国・日本だからこその“水際作戦”だった。

 だが、当初から専門家は検疫強化による効果に懐疑的な見方をしていた。

 政府の新型インフルエンザ対策本部専門家諮問委員長を務める尾身茂(60)は今年3月、日本記者クラブ(東京都千代田区)での会見で、「水際作戦に限界があったことは皆が承知していた。だが病気についてよく分かっていなかった時点で、水際作戦をやめることに国民は耐えられただろうか」と、世論の動向が検疫強化につながったという見方を示した。

 当時厚生労働相だった舛添要一(61)もインフル対策を振り返る中で、「水際作戦の継続のように、医学的にみれば『あまり合理的でない』ということはあるかもしれない。しかし、人間の心理や感情を考慮しなくてはいけない」と語っている。



続く



 厚労省内でも感染確認直後から、「ものものしい検疫をいつまでも続けるより、早く病院など国内の体制整備に力を向けたい」という声が聞かれるようになっていた。同省健康局長の上田博三(60)は「5月の連休明けにも検疫体制を縮小することも考えた」と振り返る。

 しかし、まだ連休中だった5月9日。成田空港の機内検疫で感染者が見つかった。カナダへの短期留学から帰った大阪府寝屋川市の高校の生徒たちだった。

 上田は「検疫で見つかることが分かった途端、『もっとやれ』という声がいろいろなところから届き始めた。風向きが急に変わった」と話す。

 検疫の強化は、国内で感染者が確認された後も継続されていくことになる。

     ◇

 羽田空港検疫所で働く医師、木村もりよ(45)は、厚労省のとってきた政策を正面から批判する。インフル対策で歯にきぬ着せぬ発言をし続け、国会に参考人として呼ばれたこともある現役の厚労省職員だ。

 「そもそもインフルエンザの感染を封じ込めるなんて無理な話で、検疫を強化しても仕方ない。季節性インフルでも何千人と死ぬことがあるのだから、腹をくくり、重症化しやすい人への対策に力を入れるべき」。木村はそう主張する。

 そして「公衆衛生や医療現場を分かっていない役人が、誤ったメッセージを国民に伝えるからパニックになった。この騒動は『官製パニック』。国民は踊らされた」と一刀両断にする。

 世界的にみて、今回のインフルで、これほど検疫強化に努めた地域はない。厚労省の立ち上げた検討会では、その評価も含めた検証が始まるが、昨年の日本社会が官僚も国民も含め、新しいウイルスへの恐怖感で満ちていたといえる。

 検疫業務に参加した女性スタッフ(42)が話す。「『大げさだ』と怒られたこともあるが、検疫を受けた人や、多くの国民から『安心した』『頑張って』という声を随分かけてもらったことも事実。少しでも安心な気分になってもらえたなら意味があった、と思う」(敬称略)

     ◇

 新型インフル、中国製ギョーザを契機とした冷凍食品問題など、日本人の健康や安全に影響が出るような事象が相次いでいる。マスクをしたり、購入をやめたりと、敏感に反応する日本人。その反応に“キブン”的なものはないのか。健康や食の安全をめぐるキブンを考える。



   −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



過去の報道等

第9部 水俣病と報道
行政や政治だけでなく、私たちマスコミにも「未解決の半世紀」に責任があるのではないか


水俣病と報道<1>誤報 打ち消す努力足りず 本紙第一報は「伝染性」



水俣病の公式確認を最初に報じた1956(昭和31)年5月8日付の西日本新聞朝刊の記事。現在から見れば、「伝染性の奇病」は明らかな誤りだった



 1956年5月1日。新日本窒素肥料(チッソ)水俣工場付属病院の細川一(はじめ)院長と、医師を乗せた紺のダットサンが水俣保健所に滑り込んだ。
 
 「車中、細川院長は無言でした。玄関で、保健所の伊藤蓮雄所長が到着を待っていました」。当時、付属病院の運転手だった水俣市の坂本良行さん(77)は証言する。細川院長は伊藤所長に、市内の漁村で相次いでいる奇病の発生を報告した。後に、この日が「水俣病の公式確認日」とされる。
 
 一週間後の5月8日。西日本新聞社会面に水俣病公式確認を初めて伝える特ダネ記事が載った。

 「水俣市に3年前から小児マヒに似た伝染性の奇病が発生、すでに数名の死亡者や、発狂者を出していることがわかり、水俣保健所からの連絡で、7日熊本県衛生部から技師が急行した(一部省略)」「手足がしびれ、不眠になり食欲がなく、言語が不明瞭(ふめいりよう)で、視力は遠いものは見えるが近いものは見えないという変わった症状」…。

 「伝染病」「奇病」として、水俣病報道が始まった。

公式確認前日。坂本さんは付属病院に入院していた水俣病患者を、「避(ひ)病院」と呼ばれた市の伝染病隔離病棟に搬送した。

 避病院を出るとき、噴霧器で「髪から滴がしたたり落ちるほどたっぷり」と消毒液をかけられた。その日、患者と家族を乗せて、付属病院と避病院を3、4回往復した。そのたびに、車中も消毒された。「独特の刺激臭が何日も消えなかった。50年たっても、あの臭(にお)いは忘れない」



 報道の始まりは静かだったが、差別の方は一気に過熱した。「手渡しでなくかごに入れて釣り銭を渡した」「鼻をつまんで家の前を通り過ぎた」

 白い防護服姿の市職員らが患者発生宅を消毒に回ったことで、伝染病への差別観が口コミで広まったようだ。本紙の「伝染性の奇病」報道が直接、差別を招いたわけではなさそうだが、だからといって責任を免れるものではない。

 「西日本新聞の責任は、伝染病という報道をしたことではなく、その打ち消し記事を大きく掲載しなかったことではないか」。患者支援活動を続ける水俣病センター相思社の弘津敏男理事(55)は指摘する。

 公式確認から半年後。熊本大の研究班は「チッソからの排水が関係した中毒症」という可能性を示唆した。西日本新聞は、研究班の会合結果を「中毒性のものであり伝染の恐れはいくぶん薄らいだ」(56年11月7日、熊本版)「(原因が)伝染病のものかいまのところ不明との発言があった」(同月26日、同版)と報道。歯切れが悪い。57年1月、厚生省(当時)の対策会議後の「水俣の奇病は“毒物説” 厚生省対策会議で有力」の記事は、「原因が細菌やビールス(ウイルス)ではないということはほぼ確実だ」と末尾に書くにとどまった。

 「第一報の印象が強いほど、そのミスリードを打ち消すには、それ以上に大きく報じる努力が必要ではないか」。弘津理事の見方は、今日にも通じる新聞の課題である。

 本紙を含め、水俣病を「奇病」と表現する新聞記事は、少なくとも58年夏ごろまで続いた。


■水俣病と報道<4>過熱 使命感だけだったか―連載

「有明海に『第三水俣病』」?。1973年5月22日、全国紙の一面に衝撃的な見出しが躍った。

中略

「あの騒動は何だったのか」。渋田記者は時折考える。社会に警鐘を鳴らす使命感?。だがそれ以上に当時の記者たちを包んでいたのは「書けるものはどんどん書けという異様な興奮状態だった」という。「抜かれ記事は否定するか、新しいネタで抜き返す。結局、私の記事は火消しを望む側に書かされたわけだ」

 「研究者と報道。両者に罪がある」。原田教授は、マスコミだけに責任を負わせる言い方はしなかった。しかし次の言葉は、ストレートな批判以上に突き刺さった。

 「気の毒だったのは患者さん。肩身の狭い思いをさせ、振り回した。そして、本当にいたはずの被害者を闇に葬ることになってしまった」

=2006/10/15付 西日本新聞朝刊=


恐ろしい“あの時は仕方なかった”という言葉




水俣の悲劇が役立っていないという二重の被害。真摯な反省がないところに深い教訓など生まれようがない。そういう行政の姿は、その後の薬害エイズ、肝炎問題など多い。そういう構造は、誰が本当の水俣病事件の反省をしたのか問われなければならないと思う。それは、企業も同じだと思う。チッソ性善説。チッソだけでなく私たちの社会、行政、マスコミの根っこにあると思う。その、共通の言葉が“あの時は仕方なかった”にあると思う。高度成長期に言われていたのに“日本は、政治は三流だが、経済は一流”とずっと言われてきた。どうも政治も三流だが経済も三流だったのではないかという気が今はする。

行政にしろ企業にしろいろいろなところで、水俣病の教訓は生かされていない気がする。その結果として、政府解決策[資料として『法学セミナー』を示す]が中途半端な解決であった。ここでもきちんと整理されていない。だから、問題として教訓としてきちんと残らない気がする。


中略

言葉の持つ恐ろしさ、活字の持つ重みをひしひしと感じる時間でした。

“あの時は仕方なかった”この言葉の持つ重み。普段何も考えずに使っているのではないだろうか。水俣病事件は、チッソ、国だけが起こした問題ではなく、個人一人一人の問題であることがはっきりしたような気がした。



東ソー株式会社
第2節 今後の問題点



環境三四郎Research Center
第一回報告書
水俣病問題
−保存版−


4−2)第3水俣病事件
十年後の水俣病の実態、現状を明らかにしようとして発足した熊大二次研究班は、1971年8月21 日から、御所浦島、水俣市の住民の一斉検診を行った。そして、対照として天草郡有明町の住民に同じ方法による住民検診が行われた。同じスタッフで、同じ方法と基準でピックアップしたところ、対照地区であったはずの有明地区において、10人(1.1%)が水俣病およびその疑いありとなった。

研究会内部の報告会では、有明の汚染は過去のもので緊急性は低いと考えられることから、公表はせず慎重に継続調査をすすめる方針とされた。しかし、1973年5月22日、『朝日新聞』が一面トップで「有明海に第三水俣病」「天草・有明町で八人の患者」などと派手にスクープしたため、全国に水銀パニックが拡がった。熊本県の魚介類は関西で一時取引き停止をくい、魚価は下がり、売れなくなった。

A型肝炎

イメージ 1

http://ow.ly/1ug28

第11号ダイジェスト
2010年3月15日〜3月21日 ・発生動向総覧

・注目すべき感染症 <手足口病>

 発生動向総覧
    


〈第11週コメント〉 3月24日集計分

4類感染症:

A型肝炎13例

感染地域:福岡県3例、東京都2例、広島県2例、茨城県1例、埼玉県1例、京都府1例、大阪府1例、国内(都道府県不明)2例
*第10週より報告数が増加し、第11週は過去3年間(2007〜2009年)の週別報告数と比較して最多の報告数であった。本年は劇症肝炎の報告もあった。複数の自治体の症例において感染源としてカキが推定されている。経口感染による広域アウトブレイクの可能性もあるので注意を要すると考えられる。

5類感染症:
アメーバ赤痢11例(腸管アメーバ症8例、腸管外アメーバ症3例)
感染地域:北海道1例、東京都1例、神奈川県1例、国内(都道府県不明)4例、中国1例、タイ1例、マレーシア1例、国内・国外不明1例

感染経路:経口感染5例、性的接触2例(異性間1例、同性間1例)、不明4例

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

A型肝炎ですか。 二枚貝は、よく火を通してです。

日本で、生水を飲むこともない事ですし。水道水は、ありえないですし。

IDWR:感染症の話 A型肝炎

http://idsc.nih.go.jp/idwr/kansen/k04/K04_14/k04_14.html


 治療が容易なウイルスですから。



http://www.city.yokohama.jp/me/kenkou/eiken/idsc/disease/hav1.html

横浜市衛生研究所をみると、A型肝炎が2006年に300人強。2007年に150人ほど。


2010年3月31日
 「第1回新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議」

4月1日
議事次第 資料1 資料2 参考資料

議事録がいつになるか



#flurev様がツイッターで中継されていましたので



インフルエンザ総括会議の会場にいます。 #flurev でつぶやいてみます。
posted at 13:01:48

#flurev 厚労省正林氏から会の目的について。再流行の対応、H5N1発生時の対応、将来のパンデミックの対応に今回のパンデミックの経験を活かすための総括をしてほしい。今回の経緯と課題をまとめる。
posted at 13:03:25

#flurev テーマを決めて関連する有識者の意見を交えて検討していただきたい。最終的には総括を。
posted at 13:03:59

#flurev テーマを決めて関連する有識者の意見を交えて検討していただきたい。最終的には総括を。
posted at 13:03:59

#flurev 参加者の紹介。誰が参加しているかはすでに情報が流れているのでここでは省略
posted at 13:04:59

#flurev 座長は日本学術会議の金沢氏、副座長には感染症学会から岩本氏
posted at 13:06:39

#flurev 金澤氏の挨拶。今日は大量のワクチンの使用期限が切れる記念すべき日。「まだパンデミックは決して終わっていない」ことを強調したい。この経験を今後のために活かせるように議論、総括するのが大切。冷静な評価を。
posted at 13:08:46

#flurev 今回の経緯について:対策の目標は感染拡大を遅らせ、ピークをできるだけ押さえ、社会への影響を軽減し、重症者・死亡者の数を減らすのが目標だった。
posted at 13:10:39

#flurev 日本でのパンデミックのピークの高さは過去の季節性インフルエンザとほぼ同様であった
posted at 13:11:40

#flurev 概ねどの都道府県も同じような経過だったが、沖縄県だけは二峰性の経過
posted at 13:12:13

#flurev 推定累計患者数は約2068万人。年齢別推定患者数では未成年の患者が多かった。19歳までで全体の3/4を占める。
posted at 13:13:36

#flurev 入院患者をみても未成年が多い。男性の方が多い。慢性呼吸器疾患を基礎疾患にもつ入院患者が多かった。人工呼吸器使用と脳症をたすと1600人くらい。
posted at 13:15:08

#flurev 季節性では高齢者の死亡が多いが、今回は全年齢層に渡っていた
posted at 13:15:51

#flurev 推定患者数を分母にしてみると、高齢になるほど重症例、死亡例が増えていく。10歳未満もやや多い
posted at 13:16:44

#flurev 学校閉鎖をした施設数はピークが10月(患者よりも1ヶ月早い)
posted at 13:17:11

#flurev ウイルスサーベイランスではこの期間ほとんどがH1N1
posted at 13:17:54

#flurev 海外の状況:英国は7月頃と11月頃の2回のピーク。米国は5−6月と秋にピーク。
posted at 13:20:16

#flurev 日本では8月中旬から大きな流行が始まり11月にピークとなった
posted at 13:21:07

#flurev 11月のWERを引用して、日本の死亡率が低いとの説明 ← これは原文には解釈にかなり注意が促されていたがそれへの言及はなし
posted at 13:22:09

#flurev 各国から発表されている数値を元に死亡率を比較した表 ← こんなこと簡単にやってしまってよいのか?? ミスリーディングの原因になる
posted at 13:23:04

#flurev 対策の概要  4月から6月:水際対策、5月から6月:地域での感染拡大防止による時間稼ぎ、5月以降医療体制の整備、その後ワクチンへ
posted at 13:24:28

#flurev 発生前に講じていた措置:H5N1を想定した行動計画、ガイドラインを作成していた。それに従ってタミフル、リレンザを備蓄。
posted at 13:25:17

#flurev 海外発生以降の流れ:4月23日に最初の情報が出てからの流れ
posted at 13:26:37

#flurev 4月28日に最初の対処方針を出した。29日付でサーベイランスのための症例定義を作成した。 ← 例のザルのような定義
posted at 13:27:40

#flurev 5月1日 対処方針改訂。タイトな社会対応の方針を立てていた。
posted at 13:28:31

#flurev 4月28日〜5月21日 検疫強化。侵入を完全に防ぐことは不可能との前提で行った。機内検疫+健康カードの配布。有症状者は検査を行い、隔離や停留を行うこととした
posted at 13:29:52

#flurev その時点で海外から、多くは軽症であること、季節性インフルエンザと異なる特徴があるという情報はあった。アジア風邪程度の致死率かという情報もあった。NYCでの臨床像の報告など。
posted at 13:31:37

#flurev 5月16日に最初の国内発生。5月22日に対処方針を改訂、運用指針策定。外出自粛は行わない方針。6月19日に運用指針改定。このころから社会的対応をややゆるめる方向となっていった。
posted at 13:33:14

#flurev 5月22日の運用指針策定では検疫はブース検疫へ、停留は中止の方向へとなった
posted at 13:34:24

#flurev 6月には南半球での患者増加、フェーズ6になった。そのため運用指針を改定し、地域の実情に合わせた対応、全例報告を取りやめた
posted at 13:35:35

#flurev 6月19日 検疫での隔離を中止
posted at 13:36:08

#flurev 患者の全数把握は7月24日までで終了した ← つまり終了する方針がでてから1ヶ月は続いていた
posted at 13:37:04

#flurev 流行が本格的にはじまったのは8月上旬。8月15日には最初の死亡例。8月28日に医療体制の資料配布(シナリオ)、10月に入ってワクチンの方針決定
posted at 13:38:09

#flurev 8月28日に病床確保や診療体制整備の通知を出した
posted at 13:39:18

#flurev ワクチン:7月中旬にワクチン製造を依頼(国内メーカー)、7月末から意見交換会、9月6日に試案提出・パブコメ、基本方針は10月1日に策定、10月6日海外メーカーと契約、接種開始10月19日
posted at 13:40:44

#flurev ワクチン接種優先順位の説明、接種回数見直しについての説明。10月中旬以降に国内治験結果がでてきて、13歳以上は2回接種は不要ということになった。結局1月20日時点で国内産5400万回分、海外企業から9500万回分確保見込みとなった。
posted at 13:44:19

#flurev ワクチン接種のスキーム:国の事業として行った、
posted at 13:46:06

#flurev ワクチンによる健康被害に対しては特別措置法を制定した。12月4日施行
posted at 13:47:46

#flurev 外部からの指摘:対策やりすぎ、切り替えのタイミングが遅い、広報が不安をあおった、検疫やりすぎ、学校休業やりすぎ、症例定義の問題 などなど言われている。
posted at 13:49:30

#flurev 評価の視点としては、目標達成状況、対策の効果、諸外国との比較、施策の遂行上の課題 についてお願いしたい (以上の説明はすべて事務局より)
posted at 13:51:11

#flurev ここまでで小1時間つぶしている・・・議論の時間はどれくらいとれるのか?
posted at 13:52:22

#flurev もうひとつの資料の説明、あわてて作ったらしい。担当者毎に作ったものをくっつけたのでムラの大きく未完成な資料だと ← そんな資料の説明で時間を潰さない方がよい
posted at 13:53:54

#flurev さらに参考資料の説明まではじめた・・・
posted at 13:54:57

@tomicyan 今日はあまりにも総花的で、そのような話にはならないでしょう。今度ワクチンの分科会が作られて議論されることになるのだと思われます。 #flurev
posted at 13:56:53

#flurev 金澤氏:まずは現況についての議論を
posted at 13:58:32

#flurev 岩田氏:総括の会議全体について、メンバーの人選の根拠が不明。これまで委員会がイレギュラーに開かれ、そのプロセスが明らかになってこなかったのが問題
posted at 14:00:00

#flurev 岩田氏:水際対策に当たった人、保健所関係者、ワクチン打った人、発熱外来やった人など現場の人達がいない。それがなぜなのかを聞きたい。
posted at 14:01:00

#flurev 岩田氏:目標が達成できたのかという観点には反対、そもそもその目標で良かったのかという議論を先にすべきではないのか。結果だけでみてしまうと、それはどうして得られたのか、失った者は何なのかがわからない。プロレスをみるべき。←プロセスを(プロレスは、思わず、岩田先生流石と思いましたっが・・・)
posted at 14:02:21

#flurev 岩田氏:年齢別死亡率のグラフは発症者数がぜんぜん違うのに季節性とパンデミックを比較するのはおかしい。ミスリーディングさせるグラフだ。
posted at 14:03:06

#flurev 正林氏(事務局):コアになる人を、当時の対策に関わった人たちからまず選び、その上で現場の意見をもらおうと考えている。今後回数を重ねて行く際に、テーマを決めてそれに合わせて関係者から自由に意見をもらうようにしたい。
posted at 14:05:58

#flurev 正林氏:(グラフはミスリーディングさせるとの指摘に対し)そのとおりです
posted at 14:06:38

#flurev 金澤氏(議長):現場の意見を吸い上げる方向で進めたい。プロセスを評価する必要があるのは賛成
posted at 14:07:29


#flurev 岩本氏:疫学的な見方について専門家の意見を聞きたい。沖縄の流行についてわかっていることは?
posted at 14:08:48


#flurev 岡部氏:沖縄県は1回目の流行が早く、その後第2波がきた。ヨーロッパの国々と同様のパターン。その原因はわからない。沖縄は季節性でも違うパターンのことが多かったのと関係しているかもしれないが・・・
posted at 14:11:00

@KamiMasahiro ありがとうございます。がんばってみます #flurev
posted at 14:11:29

#flurev 岩本氏:感染が広がった場はどこで、それぞれどのように広がったのかについて情報はあるか
posted at 14:12:11

#flurev 事務局:年齢層をみると感染が広がった主たる場は学校と考えられる
posted at 14:13:16

#flurev 岩田氏:FETPの調査では学校内での感染が多いが家庭内では少ないということがわかっている。これをみれば詳細はかなりわかるはず。
posted at 14:14:00

#flurev 河岡氏:グラフによってスケールが異なるので直してほしい。検疫についてのデータはかなり重要な資料だと思うのできちんと出してほしい。 (事務局)出すようにします
posted at 14:15:24

#flurev 河岡氏:米国のデータはかなり方法が違うのでは? (事務局)ILIの統計なのでダイレクトの比較はできない
posted at 14:16:07

#flurev 岩田氏:5月に大きな流行がなかったことについて、アジア諸国のデータが必要 (事務局)調べます
posted at 14:16:52

#flurev 伊藤氏:各国のデータの集計法が違うということであれば、その取り方の詳細について調べてほしい
posted at 14:17:43

#flurev 丸井氏:「新型インフルエンザによる直接の死亡」というのは、超過死亡と概念が異なるので注意してみていく必要がある。
posted at 14:18:54

#flurev 岡部氏:超過死亡についてはデータを出せる。インフルエンザの発症者数や死亡者の評価をどうするのかは大きな問題があり、日頃のサーベイランスの見直しが必要
posted at 14:20:14

#flurev 田代氏:死亡例の定義は? (事務局)PCR陽性例のみです
posted at 14:20:49

#flurev 金澤氏:死亡例はどうやって集計したものなのか? (事務局)主治医から保健所を介して届けられたデータの集計です
posted at 14:21:43

#flurev 尾身氏:今日の会は事実関係を確認するのが趣旨だと思っている。どうやって議論すればよいのか。
posted at 14:23:09

#flurev 伊藤氏:死亡者の情報についてPCR陽性者とのことだが、実際にはPCRのできない現場はたくさんあった。このようなデータが一人歩きするのはおかしい。死亡例についてはPCRのできなかったケースも含めて情報を集めるべきである。
posted at 14:24:36




#flurev 金澤氏(議長):準備段階における日本の対応について議論を進めたい
posted at 14:26:10

#flurev 尾身氏:個別の話の前に言っておきたい。専門家委員会でも総括が必要な時期と考えていた。この会はタイムリーである。一般の人達にとって専門家委員会などの位置づけが不明瞭であったのはたしかだが、今日は事実関係に限定した話をさせてほしい。
posted at 14:28:01

#flurev 尾身氏:委員会の人選について。現場の声をきくのはいいことだ。ただ、我々や厚労省は現場の声はいろいろと聞いている(!!)。そのような人たちが行っている委員会であり、厚労省や内閣府とたくさん議論をしてきた。
posted at 14:30:09





#flurev 尾身氏:今回の総括が政府全体の総括ということであれば、厚労省以外の政府関係者にも参加してもらうべきだ。専門家会議の基本的な役割は対策会議から聞かれたことに対してプロとしての意見を述べることであった。
posted at 14:31:18


#flurev 尾身氏:とくにパンデミック初期は専門家会議以外にも公式非公式にたくさんの意見交換を行っていた。WHO等の情報もコンスタントに入っていた。2つを除いてほとんどすべての政策に専門家会議の意見が取り入れられた。
posted at 14:32:41

#flurev 尾身氏:当初は文書、時期によっては口頭のこともあったが、専門家会議の意見がすぐに取り入れられたこともあった。とくに初期は対策案を事務局と練り上げたが、その根拠についてはずいぶん議論した。
posted at 14:33:52

#flurev 尾身氏:5月15日の基本方針策定においても、基礎疾患のある人に対する対策の重要性、措置入院の解除が必要であることをすでに述べていた
posted at 14:35:01


#flurev 尾身氏:成田で最初の患者が出た時も現地で情報収集をして停留期間を10日から7日に変更すべきと意見を述べて、それが取り入れられた。
posted at 14:35:49



#flurev 尾身氏:(やや独演気味) 沖縄県の状況について、学校閉鎖をやった割合が少ないのではないかという非公式な情報があるので事務局には検討をお願いしたい
posted at 14:36:42

#flurev 尾身氏:海外の状況について。諸国の年齢分布をみるのも重要。日本の死亡者が少なかった理由の一つ(可能性)として、学校閉鎖のために感染者が学童中心におさまり成人に広がっていなかったことをあげているグループもある。
posted at 14:38:41

#flurev 尾身氏:各国の年齢分布について事務局に情報収集をお願いしたい
posted at 14:39:02

#flurev 岩田氏:「基本的対処方針」の策定は根拠に基づいて行ったという発言であったが、これは初耳。これまでに厚労省からでてくる資料に文献が示されたことはない。誰が書いたかもわからない。これはパンデミック前からだ。
posted at 14:41:15

#flurev 岩田氏:検疫を含めた対策が文献に基づいていたのであれば、それはそのように明示すべきだし、どのような議論がなされていたのか明らかにしてほしい。 (事務局)参考文献は確かに載せるべきだった
posted at 14:42:29

#flurev 尾身氏:岩田氏の指摘はするどいものである。しかし、5月13日に出した専門家会議の報告には、成田の4例の状況に基づいて、「臨床経過と疫学情報を詳細に検討すると、季節性フルと同様であり、海外からの情報と同様である」ときちんと述べている
posted at 14:44:50

#flurev 尾身氏:5月1日の時点でも、病原性や致死率について海外のデータに基づいた意見を出している。H5N1とは異なる弾力的な運用が必要だということも言った。これは議事録も残っているようだ。
posted at 14:46:28

@KamiMasahiro 言い訳に終始・・・#flurev
posted at 14:47:05

#flurev 尾身氏:(まだまだ続く、要約すると) 専門家委員会は早い時期に海外の状況や文献に基づいてバランスよく提言をしてきた。(何が悪いのか、がんばったのだ、いいことをやったのだ ということを言いたい模様)
posted at 14:49:15

#flurev 尾身氏:国内発生第1例(近畿)の際にも、病原性はあまり高くないこと、基礎疾患ある者には注意することを述べて、方針の弾力的な運用を提言した
posted at 14:50:45

#flurev 尾身氏:目標をそのまま信じるべきではないという意見はわかる しかし、公衆衛生は目標を立てないと方針を出せない。今回は当初から重症者、死亡者を減らすのが目標であり、その目標を達成したかどうかの評価は必要。その目標が正しいかどうかは別に議論すべき
posted at 14:53:07

#flurev 岩田氏:今回弾力的な対応を提言したとの頃だが、それはいつ頃きちんと出されたのか。 (尾身氏)私のノートによると(!)5月5日に「尾身試案」を作った
posted at 14:55:26

#flurev 尾身氏:この尾身試案に基づいて5月7日に厚労省で会議を行った。尾身試案の中では水際対策、国内対策、発熱外来について、それぞれの段階に応じて弾力的にやるべきだと述べている。
posted at 14:58:15

#flurev 岩田氏:質問に対する答えは「5月5日」でよいですね。私は尾身氏を糾弾しているわけではない。
posted at 14:59:05

#flurev 岩田氏:文献的検討についてはその過程を開陳することは重要なのでそれを検討してほしい
posted at 14:59:33

#flurev 岩田氏:目標を立てたことがいけないとは言っていない。目標がよかったどうか、状況が変わってきたときに目標を変えることができたかを検証することが重要。「目標のために手段がある」という状況になってはならない
posted at 15:00:56

#flurev 尾身氏:5月5日には専門家委員会後に上田局長と二人で検疫体制について議論した。その際に「国内発生すると考えられるので検疫体制を見直し、国内体制にシフトすべき」と言った。局長はGW終わるまで待ってくれと言った
posted at 15:02:58

#flurev 尾身氏:5月12日に内閣危機管理監と二人で話し、国内体制の重視にシフトした方がよいと提言した。それがあったから5月15日に会議が開かれて基本的対処方針が作られた。 ← この際「尾身ノート」を出版したらよいかもしれない
posted at 15:04:39

#flurev 尾身氏:本部会議(首相、大臣も参加)で同様の意見を述べ、5月18日には厚労省の中でその考えにそった議論が行われていた。5月19日は厚労省で打ち合わせし、関西の状況を考えると全国の県を2つにわけて考える事と検疫体制をシフトすることを提言した。
posted at 15:07:01

#flurev 尾身氏:このように連日プロセスを経てさまざまな案が作られた。(まるで戦争裁判の被告人のような悲壮感を漂わせている・・・)
posted at 15:08:11

#flurev 尾身氏:WHOから問い合わせが何回もきた。マーガレット・チャンと非公式に1回、その後公式な意見交換を行った(6月3日?)。その際に「地域での持続感染を否定するのは難しい」と発言した。
posted at 15:09:33

#flurev 尾身氏:6月7日に5月から6月の状況について議論を行い、この時点では疫学的リンクを追えず、年齢分布が変化してきていることを踏まえ、地域に広がっているだろうという提言を行った。
posted at 15:12:14


続く


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