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辞意撤回「頑張ってみます」 上小阿仁村の有沢医師 「やめないで」署名600人 村民からの心ない中傷で、退職する意向を示した「上小阿仁村国保診療所」の有沢幸子医師(65)が19日、小林宏晨村長(72)に対し、「もう少し頑張ってみます」と辞意を撤回した。辞意は固かったが、有沢医師の退職願の提出が公になって以来、数多くの村民が診療所などに通い、慰留に努める一方、「やめないで」と書かれた600人以上の署名が10日足らずで集まった。想像以上の村民の熱意が有沢医師に翻意を促した。(糸井裕哉) 村幹部によると、有沢医師が辞めることが分かった先週から、受診後の診察室で、小学生からお年寄りまで、慰留をする村民が続出した。 また有沢医師が14日に村内で行った講演会では、入りきれないほどの村民であふれた。講演の途中で女性(62)が立ち上がり、「みんな先生に甘えっ放し。思いやりの心で一緒に先生を助けよう」と訴えかけると、大きな拍手が起き、有沢医師はこらえきれずに涙を流したという。 10日余りで約600人の署名を集めた旅館経営の高橋健生さん(62)の元にも連日のように「どこで署名ができるの」「協力するから頑張れ」と村民から電話が次々と掛かってきた。 高橋さんは「『有沢先生と心を通じさせたい』という一心でみんなが必死だった。もう、心無い村などと呼ばれたくない」と声を震わせた。 有沢医師と面会した小林村長は、パートの看護師を1人雇用し、有沢医師の負担を軽減する申し入れをした。また村主導で策定していた診療計画を、有沢医師の裁量で決めることを認めた。 赴任以来、病状が悪化して回復する見込みの薄い患者に対する往診と、介護する家族へのメンタルケアも行っているが、有沢医師は小林村長との話し合いで今後、効率的な診察を行うため、現在休床中の19病床を「ホスピス」として再稼働させ、診療所で終末期医療を行うことを提案。小林村長も了承した。 小林村長は「言われなき中傷や不可解な嫌がらせがあった時は、私にすべて伝えてほしいと伝えた。村長として全力を挙げ、有沢先生を守り抜く」と話した。 (2010年3月20日 読売新聞) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 女医が辞意撤回、上小阿仁国保診療所 村民、安ど 来年3月末での辞職願を提出していた上小阿仁村の上小阿仁国保診療所の医師・有沢幸子さん(65)は19日、小林宏晨村長に辞意撤回を申し入れ、承諾された。小林村長は「無医村になる危機を脱し、ひと安心した」と胸をなで下ろした。 小林村長によると、有沢さんは同日朝に村長室を訪れ、「(診療所医師を)続けてみようと思う」と伝えた。小林村長は預かっていた辞職願を有沢さんに返した。その席で有沢さんは辞意撤回の理由について、「先輩医師らから『もう少し(上小阿仁村で)頑張ってみてはどうか』と激励された。多くの患者のほか小学生からも『辞めないでほしい』と懇願された」などと話していたという。 小林村長によると、辞職の理由を本人は公言しなかったものの、有沢さんが夜間訪れる患者のために自費で照明を設置したことや、お盆返上で診察した代休を平日に取ったことを、事情を知らない住民が批判したことがあったという。村は慰留に努めていた。 (2010/03/20 10:54 更新) −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 撤退の期をのがしたかな。 美談でも、何でもないのですが。 情は、自己を滅ぼす。 |
医療
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引用開始 松澤先生のお話 村の診療所を守るために 一度は書かなければならないと思っていたことを書いてみます。 「診療所を守るために」としたのは、この診療所の存続があやうい状況になっているからです。その原因の第一は、医者がいなくなるということ。第二は、診療所の赤字が続くということです。 第一点は、この村の執行部の人々の、医者に対する見方、接し方、処遇の仕方の中に医者の頑張る意欲を無くさせるものがあったということです。 報じられたように、この私はすでに辞表を出し受理されています。「次の医者」を見つけることは相当に困難でしょうし、かりに見つかってもその人も同じような挫折をすることになりかねないものがあります。 医者のご機嫌取りなど無用、ただ根本的に医者を大切に思わない限りこの村に医者が根を下ろすことはないでしょう。村の人も「患者は客だ」などとマスコミの言う風潮に乗っていてはいけません。そういう道の果ては無医村なのです。 最近も近在病院の院長・医者が辞めていきました。病院自体がもう危機的状況に陥っています。その医者たちは、私に言っていました、こんな田舎でも働きがいがあります、それは、皆の「ありがとう」と言う言葉と、にじむ「感謝の気持ち」です、と。そういう人たちを辞めるまで追い詰めたものは何か、人ごとでなくこの村の問題でもあるん だと考えてみて下さい。 第二点は、この村の人たちの中には、村の診療所を横目に他市町村の医療機関にかかっている人が結構多いし、特に言いたいのは、村の職員たちもそうだと言う事です。村立の学校の教員が部活の生徒たちの健康診断にわざわざ引き連れて他の医院に行きます。 村執行部は診療所の経営(赤字ではあります)のことで医者を督励しますが、ご自分も含めて足元の、村から給料をもらっている人たちが、はたして村の施設を維持するために進んで協力しているのかもきちんと考えてみる必要があるのではないでしょうか。 勿論設備に乏しい診療所で高度なことができるわけではありません。しかし、医者は頭脳と経験こそ武器です。何かあればすぐに適切な病院へ紹介しお願いしているわけですから、定期的な特殊な検査を受けに行く時以外の普段の診察は診療所で、という姿勢が診療所を自分たちのものとして守ることになるのです。 引用終了 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 近場の診療所にかかれば、何の病気かとかすぐ広まると思い込まれてますので、プライバシーに敏感な役場職員等は他の地域で診療を希望します。 という事情もあるようですが。 が、人の本質であろう。
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私立中高一貫校で35人が結核に集団感染 複数の医療機関が見逃す 2010.3.8 16:37 産経ニュース 都によると、昨年4月に結核と診断され入院した中学2年の生徒と1年時に同じクラスだった男子生徒が同年6月ごろからせきや発熱の症状を訴え、計4カ所の医療機関を受診。ところが、いずれも結核と診断されず登校を継続し、同年11月にようやく結核と判明した。 男子生徒との接触者の健康診断を実施したところ、この2人を含む同校の中高生30人と教員5人の計35人の感染が確認された。うち9人が発病しており、とくに男子生徒は症状が重く3月8日現在も入院中。 都は「誤診した医療機関は猛省してほしい。レントゲンを撮れば結核だと分かるのに、いずれも問診だけで済ませていた」としている。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− さいたま赤十字病院呼吸器内科ブログ ニュースの一部に「誤診した医療機関」という言葉と、「レントゲンを撮れば結核だとわかるのに」という記載がありました。 こういった「言葉」がさらに医療機関が「胸部レントゲン」を撮影することを遠ざけているということが わからないようでは、今後もこのような症例が増加してくのではないかとさいたま赤十字病院呼吸器内科ブログ作者は危惧いたしております。 それはどういうことか? おそらく、医師の多くは、「2週間以上咳症状がつづけば『結核』を疑う!」ということは「常識」としてインプットされているかと思います。 しかし、胸部レントゲンを撮影して、自分が万が一所見を「見逃し」したら、それこそ「大問題」になりかねません。 「胸部レントゲン写真」は文字どおり「証拠写真」として残り、訴訟となれば裁判の「ネタ」にされかねません。 こうなると、自己防衛としては、なるべく「胸部レントゲン」を撮影しないという方法をとらざる終えない医療機関・医療従事者もあるかと思います。 名づけて「見逃し怖くてレントゲン撮れない症候群・・・」です しかし、そのような風潮でよいのか? さいたま赤十字病院呼吸器内科ブログ作者はそのような寂しい状況を「仕方がない」と諦めてしまうのもどうかと思います。 どのようにすれば胸部レントゲン読影の「見逃し」をすくなくすることができるのか?という点に着目するべきかと思います。 有名な胸部画像のスペシャリストの先生でも、100%「見逃さない」読影というのは困難であるとお聞きしたことがあります。 さいたま赤十字病院呼吸器内科ブログ作者だって、もちろん「見逃し」を絶対にしないなどという自信は全くもってアリマセン(自慢することではありませんが。。。) でも、いろいろな方法で「見逃し」を減らす「努力」はしております。 一、レントゲンはなるべく複数で読影する 二、可能な限り過去に撮影されたレントゲンと比較読影する 三、他に頼れる医師がいない場合には、一日(もしくは一週間)に撮影されたレントゲンを集めて、あとで再読影する 以上です。 「一」については、診療所の先生方のなかには「うちはひとりでやっているんだからだれにも頼れないよ・・・」ということで、なかなか実現難しいかもしれません。 しかし、「二」や「三」の方法は、どの医療機関でも実現可能かと思われます。 とくに「二」については、「過去」に比較する画像がなくても「未来」に比較する画像を撮ることはできるかと思います。症状がよくなければ、数週間〜数ヶ月後の「未来」に再度胸部レントゲンを撮影して比較するのです。「結核」などの炎症性疾患であれば「未来」に撮影した画像と、「過去」の画像との比較で「違い」を指摘可能なこともありえます。 忙しい外来診療の最中に、胸部レントゲンを撮影して、患者さんから「どうですか?」と急かされて読影した結果が「100%」の結果をだせなくてもある意味「当然」なのではないかと思っております。 だからこそ、その日(もしくはその週)に撮影された画像を、後にゆったりとした時間のなかで「再読影」することの意義はとても大きいのではないかと思います。 こんな考え方を教わった胸部画像の尊敬する先生の御本を下記にご紹介させていただきます。 まあ、「レントゲン撮れば結核とわかる」かというと、実はそんなに簡単な訳は無い!とブログ作者は思っております。 時間がたって、「典型的」な所見がでれば「肺結核」と予想できるかもしれませんが、初期の画像変化を見抜けるかどうかはそれこそ「神業」なのかもしれません。 そりゃあ「6ヶ月」も経過した結核なら見逃しにくいかもしれませんが・・・ もちろん、「見逃し怖くてレントゲン撮れない症候群・・・」だけが診断の遅れとは考えておりません。 胸部レントゲンで「肺結核」を「疑う」ことはできても「確定診断」にはゼッタイにならないからです! 「肺結核」の診断は、「喀痰」や「胃液」などの呼吸器由来検体からの「結核菌の証明」が必要だからです。 いくら「胸部レントゲン」で「肺結核っぽい・・・」と言っても、それはあくまで「っぽい」だけで「確定診断」ではありません!! なので、胸部レントゲンを撮影しなくても、臨床症状から「肺結核」を疑い、喀痰抗酸菌検査で「結核」と診断することは理論上可能なのです。 気管支結核なんかは、胸部レントゲン「正常」に見えて、喀痰からのみ結核菌が証明されるなんてこともありますからね。 もちろん「胸部レントゲン」を撮影することが「肺結核診断」につながる可能性を否定するものでもありません。 今回さいたま赤十字病院呼吸器内科ブログ作者が提唱させていただいた「見逃し怖くてレントゲン撮れない症候群・・・」。 これも、現代医療の「歪み」の一つなのかなあ?と想う次第です。。。 皆様のご意見をコメント欄にいただけましたら幸いです。
投稿者 呼吸器内科 時刻: 23:41:00 |
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三上藤花 さんが判決文をあげてくださいました。 大淀病院 損害賠償訴訟、大阪地方裁判所 判決 平成19年(ワ)第5886号 2010.03.01 Monday |
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ドクターヘリパイロット奮闘記 bell214b さま。定年退職なさいました。 お疲れ様でした。 今まで、ドクターヘリがが、事故なくこれたのは、奇跡的かも知れません。 神戸の時もお礼もかねまして。 ありがとうございました。これからも、お元気で、現役を続けてください。 3年近く 見ず知らずの多くの方々からの暖かいご支援で続けることが出来ましたこのブログは本日で終了といたします。 3月末の定年以降、ドクターヘリパイロット職の継続か、このブログの継続かどちらかを選択しないければならない立場となりましたので、ブログは終了することといたしました。 思えばよく持ったものでした。 懇意にしていただいた、某テレビ局報道部長さんよりご心配していただいたとおりの結末になるようです。 自分がこのブログで訴えてきたことは多数ありましたが、ひとつだけ自負していることは、業界や関係者が目論んでいた、ドクターヘリの夜間飛行に安易の踏み込むことなく、今も昼間のみにとどまっていることです。 ドクターヘリの夜間飛行に際しては、クリアーすべき問題点が多くありすぎて非常に事故の危険性が高いのですが、、業界の安易な競争姿勢のために、一箇所が始めると雪崩を打ってはじめそうな雰囲気でした。 このホームページの2007年8月12日の分は自分がこのブログを始めた当時アップしていただいたもので、大変高く評価をいただいて、その後のブログの継続に大きな励ましとなりました。 ブログをはじめた目的もほぼ達成できました。 また自分が飛んだヘリコプターの世界は航空の分野でもかなり特殊な世界で、親の後をついでヘリパイロットになるものはきわめて例が少ないと書いたことがありました。 まったくの私事ですが、一昨日孫が陸上自衛隊の高等工科学校に運よく合格しました。この学校は本年まで少年工科学校と呼ばれている制度で陸自のヘリパイロットのソースとしては最大であるようです。 後は孫に託すと言うことでここで筆をおくことにいたします。 定年後に計画で全国の自分がヘリコプターで着陸した全国の野山をキャンピングカーでめぐることを目論んでいますが、その機会に楽しいヘリコプターの事やドクターヘリのことを小中学生相手にお話をする機械があればなお楽しいなと思ったりもします。 長期間のご愛読ありがとうございました。 |




