笑えなくても無理して笑おう

世の中を 面白可笑しく 生きたいならば せせら笑って 走り抜け

全体表示

[ リスト ]

浅間川とは?

利根川東遷事業を見ていると必ず浅間川が出てくるがその全体像が容易につかめない。加須市と大利根町の教育委員会を尋ねてみたが不詳、建設課でも不詳。図書館やネットでは何となく判ったような判らないような・・・僕の頭が相当悪いのはわかっているのでが。しかし少し判ってきたことは利根川の乱流ぶりのせいであることだった。ともかく何日かかけて自分の足で歩いてみた。
イメージ 1
利根川旧堰堤址碑 加須市外野 地球未来館下 手入れのされていない竹やぶの中にヒッソリと立っていた
イメージ 2
雨ざらし日さらしでみじめな姿で説明しているが、これでは読めはしない。藪蚊に刺されながら画像に収め持ち帰ってようやく判読出来た。
「利利根川は羽生市川俣で締め切られたあと、大越地区外野と大利根町との境で南にカーブし、現在の古利根川(浅間川)筋を南に流れていた。元和7年江戸幕府直轄地を支配していた伊奈忠次は浅間川を締切り旧原道村から東へ新しい川を掘り、利根川の本流を渡良瀬川に合流させたので、古い河道はとなった。このときの堰堤址が60mにわたって残っており、埼玉県の史跡に指定されている。」
イメージ 3
浅間川の川筋は跡かたもないが、「島中領用水路」がほぼその川筋をたどているようなので一応沿ってみた。
正面にスーパー堤防上の地球未来館が見える。緑の水平線は利根川堤防左岸から上流をみた画像である。
イメージ 4
大利根工業団地内のユリノキ通り 用水は右を流れている。
イメージ 5
大利根町 砂原付近 
イメージ 6
阿佐間交差点
イメージ 7
加須市川口 会の川北側分水付近でも合流していたというが浅間川は他にも2本分流している。 いずれも古利根川と称しているが川筋がはっきりしないため今も残っている地名を追うしか判断材料がない。この辺りの川はすべて改修されたり埋めたてられたりしているため、古地図に記してあっても今の地面には照合しにくい。
 

この記事に

閉じる コメント(1)

顔アイコン

いにしえを訪ねる旅
素敵ですね
ポチ

2010/9/19(日) 午前 8:00 梅足 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事