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茶の湯日記
一日は短い…。

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 室内の採光を考慮して窓の大きさが決定されたのであるが、それと併行して障子と、その桟に対しても細かい考慮が払われたに相違ない。例えば孤篷庵蔵点茶無尽蔵に、
  水指棚ナキ時ハ(絵入)炉フチ三ツワリ左ノスシノ処ニ茶ワン置ク
としており、炉ぶちの長さを三等分し、茶道具置合せの目安としている。或る長さを等分することにより置き合せ上の新しい法則が得られるならば、等分により当然生ずべき、新しい造形のくふうの可能性を予想してもよく、ここで数寄屋障子の一面を等分して得られる桟の数、桟の折子(一こま)の大きさ、桟の太さが決定され、それらを合計した障子の大きさ、それを一枚乃至二枚立て得る窓の大きさと縦横の比例が逆算されると考えるのである。例えば、金地院数寄屋の西面躙口上方の連子窓の大きさは、横幅一.八八五m、障子一枚の横幅は、〇.九五m、高さ〇.八三mある。障子の横幅と高さとからその桟の見付幅合計を差引くと〇.八八m、高さは〇.七七mとなる。この残りを横で四等分し、縦で七等分すると、桟で囲まれた枠の内法は横〇.二二m、縦〇.一一mという横縦二対一の美しい形状となる。これに対して、北面の大目畳先の窓は右上方(下方下地窓)が連子窓であり、その横一.四m、縦一.〇七〇五m、障子一枚は縦横即ち障子一枚は正方形である。それを二本の縦桟で横三つ割、横桟5本で六つ割りとし、桟の合計を差し引くと各々〇.六六m、それを横〇.二二m、縦〇.一一mとなり、西面連子窓の障子のそれと同じ枠で形成されていることが判るのである。その左前の通い畳の前の窓の高さが少し低く、下地窓はない。この窓は一.二〇m、一枚の障子は横〇.六二m、縦〇.六七五m、それを三等分、縦五等分にすると、一つの障子の一こまは横〇.一九五m、縦〇.一二五mの美しい矩形を形成する。しかも障子の大きさと縦横の比例が全く違うのに、どうしてこのように同一の枠を、或は美しい比例の桟の交わり方を生み出すことが出来たのか。逆に形の良い枠の大きさを先に決定してから、それを何倍にするとよいか決めたのか。何れにしても前掲の窓の明るさの適切に加えて、障子毎に桟の大きさを変えている面白さと、いかなる場合にも効果的なその割り付け方を決定する計画性をここに見出す。


「小堀遠州の作事」森蘊著 1966年 「奈良国立文化財研究所学報第十八冊」P138−139

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