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茶の湯日記
一日は短い…。

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日本の茶の湯全史・第三巻 近代 近代茶家の復活 筒井紘一(2013年7月1日)P109

 維新以来、一般的に「茶道」といった場合には、二つに分けて考える必要がある。一つは「する茶」であり、いま一つは「教える茶」である。「する茶」とは言うまでもなく茶事を行うことを中心とした茶道のあり方で、近代数寄者たちを代表とする。一方の「教える茶」とは指導・教育を中心とした茶道の在り方である。この二つは、どちらも茶道であることに違いはなく、一方が良くて他方が悪いという性質のものではない。ところが、「教える茶」の方は女学校教育から、女子の家庭教育へと浸透していき、大きく羽ばたくことになる。こうした女子教育による茶道の普及は、茶道の発展ということからいえば飛躍的なものがあった。しかし、その一方で、多くの功罪も生んできた。それは、茶道の本来の姿である「する茶」が衰退したことである。
茶道の本来は「する茶」にあって、「教える茶」は派生的なものであった。どちらも、亭主と客がいて、その間に生まれる人間関係を大切にする点では同様である。「する茶」は、日常茶飯の行為の中から生まれる四時間の人間ドラマであり、「教える茶」は作法習得による礼の向上を目指している。いずれも人間性の向上に役立つものであって、「する茶」と「教える茶」の両輪がバランスよく保たれなければならない。ところが、維新後は「教える茶」が中心になって、そのバランスが崩れてしまった。


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