幸福

幸福の旅シリーズが中心的内容です

幸福の旅

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アメリカの旅。その2。古都フィラデルフィア。

 アメリカへ着いて最初の1、2週間は私にとって、主要な目的に対して本格的な行動を開始するまででの調査、待機の期間であった。余分な時間がたっぷりあった。私はその時間の大半を市中観光にあてた。市中というのは私が住んだフィラデルフィア市のことである。
フィラデルフィア市はこの州で一番大きな都市であるが、この町の一番の特徴はかってここがアメリカ建国の時の首都であったことである。トマス・ジェファーソンが独立宣言書を書き、アメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンが政務を執り行ったのがこの町なのである。その舞台となった建物は独立記念館として観光客に開放されているのだが、そのほかそういう由緒ある歴史的建造物、博物館などが市中にたくさんある。つまりここはアメリカの古都としてアメリカ有数の観光都市であって、日本で言えばちょうど京都である。
だから見るものはたくさんあった。おりしも夏休みとあって町は田舎からのおのぼりさん、親子連れなどでにぎわっていた。二階建てオープンの観光バス、客待ちの観光馬車などもよく見かけた。
市内各所では、アメリカ独立期の頃のアメリカ人の生活や風俗の様子を紹介するイベントが催されていた。モデルの人にその当時の服装を着せ、当時の楽器や料理道具や編み物機を持たせて、昔の生活を再現するイベントだ。もちろん観光客のためのサービスである。
 中心街から少し外れた博物館へ私が立ち寄った時、ちょうどそこでもそんなイベントがもたれていた。二人の若いヨーロッパ系の女性が昔風の衣装を着て、これも昔風の編み物か何かして、並んでベンチに腰掛けている。胸元の詰まった、裾たけの長いワンピースを着ている。これが当時の服装なんだな、と私は思ったが別にそれ以上の感慨は無い。一瞥すれば終わりだ。のはずだったが、そのときは違った。私にはひとつ気になることがあった。一人の女性が着ていた服の色が鮮やかな空色(薄青色)だったのだ。
 「あなたは○○○○○の人?」私はその女性に声をかけた。(○○○○○というのは私の宗派の俗称である。つまりこの人は私が前の記事で書いたこの州に多くいる私の属するキリスト教の宗派の人の、その昔の生活スタイルのモデルとしてそこに居たのである。))彼女はそうです、と答えた。そこで私は彼女にこう訊ねた。「昔のこの宗派の人たちは(地味な)グレイの色の服しか着なかったはずだけど、あなたの服の色はとても鮮やかな色をしているね(それでいいの)?」すると彼女はちょっと間を置いてこう答えた。
「それは私のお父様が裕福な人で、それで私はこういう華美な色の服を着ることが出来るのでございます。」
「え!あなたの父親って?」私は思わず彼女に向かって小さく叫んでしまった。何言ってるの、私はあなたに250年も昔の人のことを聞いているのだよ、と言いかけて、私ははたと気づいた。このモデルの人は250年昔のその人を演じているのだ。聞かれた質問にはその昔の人になりきって、昔の言葉で、その当時の英語の語法で答える。それがこのイベントのルールである、と観光の本に書いてあったのを私は思い出したのだ。「なるほどね。あなたはその人に成りきって答えているのね。・・」と私は苦笑しながら彼女に言うしかなかった。
私の質問に対する彼女の答えは正しいものではなかったかもしれない。華美な色の服を着ないというのはこの宗派の人の主義、主張、神に対する敬虔な生活姿勢をアッピールする思想であって、貧富の問題ではない。・・しかし彼女は私の質問の真意に気づいていたのかもしれない。気づいていたとしても正しく答えることは難しい。
「私はこんな格好をしていますが果たしてこんな格好の私が居るかどうかを私は知らないのでございます。」こんな返事をするのもおかしなものだ。ここはあくまでも観光協会の歴史的考証を信じて、この舞台で演じる人物が実在したという前提で答えないと,彼女としても答えようが無い。
それに私にしても史実は知らない。私が知っているのはこの宗派がイギリスで誕生した頃の事実だ。それから1世紀経った当時のアメリカでは服装に対する意識的規制も変わっていたかもしれない。だからこの鮮やかな色の服装が史実として間違いであったとは言い切れない。それにこの市のサービスイベントは舞台と会話を楽しむためであって、史実を云々する場所ではない。その時私は彼女の答えに少しはぐらかされた気がしたー悪い気もしなかったーのだが、今思えば感謝すべきだったのかもしれない。彼女は学者の難問に一瞬戸惑いながら、それらしい答えをひねり出したのだ。観光客を楽しませるという職務に精一杯忠実に、見事に役割を演じ切ったと言うべきだったろう。

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