| ブログをやっているほとんどの人にとって気になることは、どれだけ多くの人が見に来てくれるかということだ。人によってはそれが第一義的になり、あの手この手で人気獲得に血道をあげる。毎日、統計欄の大きな数字とずらり並んだ☆印を眺めながらニヤニヤするというのが理想なのだとしたら、全くつまらない話だ。 私の場合、最も気になるのはオリジナルということ。 折角このような社会一般に向けた情報発信の場を利用しているのだから、自分自身を出さなければ意味がない。たとえヘタクソな文章や画像でカッコ悪い記事になっても構わない。自分の個性、感性、意見をしっかりと記事に残すことは、自分が生きている証になる。よしんば、読んでくれる人の琴線に触れて、お互いの生き方が変わるかもしれないし、社会の役に立つことがあるかもしれない。オリジナルでそんなことができたら、なんて素晴らしいことだろう。 もしかしたら、私にはオリジナルなんてムリなどと思っている人もいるかもしれない。そう、考えていることなんて、みんな似たり寄ったりだ。それは私とて同じ。しかし、風船の中のキミの世界は一人ひとり違っている。その世界を自分なりに表現できれば、それは独創的で紛れもないオリジナルだ。 オリジナルだから、他人から見たら異論・反論もあろう。もし、思い込みや間違いがあれば直せば良い。さもなければ思い切り論を交わすことで、もっと素晴らしい見解が見出せるかもしれない。一人で数字を見てニヤニヤしているよりよっぽど有意義ではないか。 |
| 当然のことながら著作権には気を遣う。よく、他からの引用画像をふんだんに並べていたり、文章までそっくりそのまま貼り付けているブログを見かける。著作権の問題は解消していると善意に解釈しているが、私などは記事を読む前にハラハラする感じがあって落ち着かない。信じられないことに、そういうブログがめちゃくちゃ人気が高いんだな。 ご覧の通り、私のブログは自己流で自家製で手作りが基本である。したがって、全く人気がない。それで良い。他人の記事を写したり、真似したりしてまで人寄せをしようとは思わぬ。そんなことやっても全然面白くない。疲れるだけだ。 |
| もちろん、私のヘタクソな文章・画像を引用したいと言う酔狂な人もいないが、苦労してオリジナルを書いていると、その記事が我が子のように愛おしく、みんなに愉しんでもらいたいと心から願うものだ。たとえ悪意はないとしても、そんな記事を無断で流用されたりしたらどんな気持ちになるか、相手は想像もできまい。だから、著作権にはものすごく神経質になるのである。 オリジナルだからこそ多くの人に見てもらいたい。しかし、多くの人に見てもらうことが目的ではないのだ。そこを間違えると、ブログを愉しむどころか維持することが重荷になり、運が悪ければトラブルに巻き込まれてしまう。そこが、ブログの怖いところではないだろうか。 (つづく) |
| [補遺]著作権については「高校生のための著作権教材」というとてもわかりやすいサイトがあります。参考にしてください。 |
http://kodomo.bunka.go.jp/1tyosaku/koukousoft/index.html
(2009/01/22)
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「オリジナルだからこそ多くの人に見てもらいたい。しかし、多くの人に見てもらうことが目的ではない」
クリエイターの方にとっては、すべてがオリジナルであり、「我が子のように愛おしく、みんなに楽しんでもらいたいと心から願う」、その思いに溢れているのですね。だからこそ訪問者にとっても有意義な時間となるのです。
ありがとうございます。
2009/1/22(木) 午後 11:41 [ You ]
とんでもない!
情報発信側が、いくらエラそうなことを語っても、受け取ってくれる人がいなければコミュニケーションは成り立ちません。
しかも、受信側が真摯に傾聴あるいは精読してくれることで、コミュニケーションが濃密になります。
訪問者にとって有意義となれば、それは発信側にとっても同じあるいはそれ以上の価値ある時間となって還ってくると感じます。
youさんはじめ常連のみなさんのおかげだと感謝していますよ♪
2009/1/23(金) 午前 6:57