| そこには大きなビルが建って、昔の面影など影も形もなくなってしまった。かつてそこに古い大きな木造の家があったことを、道行く人はだれも知るまい。しかし、目を閉じれば今でも壁の染み、柱のキズまで鮮やかに蘇える。世の無常なるは詮無いこととて、哀しいとは思わない。私の記憶の中でそこは永遠不変の時空間なのだ。 竹林が見える細長い中庭に向かって祖父の製図机があり、丁度その真下に防空壕が掘られていた。興味本位に二度三度中に入ったことがあるが、昼間でも真っ暗で何にも見えなかった。冬の暖を取るための練炭や炭が置かれていたようだが、とても長居したくなるような場所ではなかった。 そのとき父は長崎の造船所にいたし、幼い叔父・叔母は疎開していたわけで、祖父と共に残った数人が暗い中で爆音を聞いていたのだろう。東京への空爆はすでに前の年の11月から数え切れないほど繰り返されていたので、その日もいつものように空襲警報が鳴り、人々もいつものように防空壕に隠れて息をつめていた。 しかし、その夜はかなり様子が違っていた。10日に日が替わる頃、不気味な轟音と共にB29の編隊が近づいてきて、東京の下町を中心に無差別爆撃を行ったのである。いつもより低空からの爆撃は狙いを外さずに次々と建物を破壊し、浅く掘っただけの防空壕ではひとたまりもなかった。乾燥した木造家屋は紙くずのようによく燃えて、辺りはまさに火の海となって多くの人の命を奪ったのだ。 強い北風が吹いていて、風上に当たる新宿など山の手は戦火を免れたところが多かったという。爆音を遠くに聞いていた祖父は、どんな気持ちでこの夜を過ごしたのだろう。その祖父も亡くなって20年以上経つ。本当にその経験をした人がどんどんいなくなっていく。すべての人にとってその記憶はバーチャルな世界の話でしかなくなっていく。 これがどんなに凄まじい出来事だったかは、10万を超える死者・行方不明の数が、あの広島・長崎の原爆に比肩することからも察することができる。が、歴史は恣意的に曲げられるもの。無関心な若者が国民の大多数になれば、いずれそんな昔の事は忘れられ、だれ一人振り返らなくなる。それが証拠に、今日の話題は、バブル後の株最安値、政治家の企業献金疑惑、そして野球世界大会。 今は、平和を口にする人は、反動的左翼扱いされるのだという。戦争のできる軍事力を持たなければ世界の一流国とは言えず、過去の日本に何の過誤もなく、敗戦を語るのは自虐史観に凝り固まった非愛国者なのだそうだ。 しかし、あの防空壕ですくんでいた人々にとって、イデオロギーなんて何の意味があったろう。それとも爆音が響く暗闇の中で絶望的な日本軍の反撃を祈ったのだろうか。いや違う。父や祖父の言葉に、戦争だけは理屈抜きで嫌だという気持ちを強く感じたものだ。 世界的な経済不況の真っ只中にいる。かつて似たような情勢の中、主要国は保護主義に突っ走り、利益確保のために戦争を仕掛け、経済復興の代償として多くの血を流した。それと同じことが起こらないとだれが保証できよう。 そんな思いでしたためてみたが、だれも読むことはあるまい、こんな実感のないつまらん記事。 それでもこれは伝えていくべき事なのだ。時流を変える力など何もないけれど、心あれば、せめて、両親や祖父母の記憶を語り継ぐべきなのだと思う。 |
(2009/03/09)
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おはようございます。
そうでした、東京大空襲のあの日がやってくるのです。
昨年はテレビドラマが何本も放送されていたので覚えていましたが、
今年は面白狩りさんの記事を読むまで忘れていました。
訪問介護の仕事をしていたので、戦争のお話はたくさん聞かせていただきました。シベリア抑留兵だった方、疎開して空襲を免れた方、お偉いさんのご家族でいろいろな情報を先に入手していた方、中には残留孤児になってしまった方もいらっしゃいました。もちろん祖父母からも聞いています。
それでも、申し訳ないことに忘れてしまう。
折を見て、子どもたちに少しづつでも話しておかなくてはいけませんね。先人からのバトンリレー・・・落とすことなく渡していきます。
2009/3/10(火) 午前 8:19
CANDYさん、コメント有難うございます。
正直なところ、投稿後今朝までほんの2,3人ぐらいしか新しいアクセスがなく、こういう記事を残してもムダなのかと思っていました。
でも、普段は全くしないブログ検索をかけてみて、数人の方が良い記事を書いていたので、思わずトラックバックしまくってしまいました。(これはちょっとやりすぎかなと反省しています(苦笑))
場違いだ、KYだ、関係ねえ・・・そんな顔をされることが多いですが、こういうことは折に触れて語らなければいけないと思っています。
2009/3/10(火) 午前 9:22
面白狩りさん、こんにちは。
全然無駄ではないですよ、大変重要で正直私にはかなり重く昨夜より色々と思い出したりしておりました。東京大空襲、テレビで阿鼻叫喚の凄惨な様子等、事実を知るにつれ戦争の悲惨さを感じます。
実は私の亡き父は学生時代、広島で原爆にあっており、地獄図を目の当たりにした父は戦争に関しては永く語りたがりませんでした。晩年は広島観光などもしておりましたので、傷も癒え、平和でなつかしい広島時代を取り戻したのでしょう。日本で戦争があったこと、そして今でも世界のあちこちで戦争が行われていること、決して忘れてはいけないことですね。
2009/3/10(火) 午後 4:32 [ - ]
artefioreさん、コメント有難うございます。
戦争を実際に体験しておられる方々の心の奥底は、想像をはるかに超えて深いのでしょうね。
軽薄短小の今の風潮に慣れてしまった若い人たちに、その重さを伝えることはとても難しいことです。と言っても、私自身も体験談や文献を通しての知識しかありませんから、わかったような顔はできません。
しかし、体験談や文献だけでも想像力さえあれば年代を超えて、この気持ちを共有できる。そのようにして伝えていくものだと思っています。
2009/3/10(火) 午後 9:03
こんばんわ はじめまして
トラックバックカキコ ありがとうございます。
祖父やご両親のお話をきちんと伝えるその思いに拍手です!
平和は、あたりまえであって、あたりまえでないことを
もっと、知ることが必要ですよねぇ。
誰も自分の身うちは大事なのに、戦争はひとを鬼にして・・・
相手にもそのひとのまわりに大切な人がたくさんいることを
知らずに命を奪おうとする・・・なんでひとは勝手なんだろう?
悲しいことです。
2009/3/10(火) 午後 9:51
こんにちは
ブログ訪問ありがとうございます
今、おばあちゃんは息子の友人に東京大空襲から
関東大震災の話に坂のぼっています
またお越し下さい
2009/3/10(火) 午後 11:01 [ yasbey ]
たつさん、初めまして。
コメント有難うございます。
かつて、戦争というものがどんなものか、人々は何も想像できずに、政治やメディアに煽られて暗黒時代に突っ込んでいったんだと思うんですね。
言論の自由、思想の自由が保障されている時代ですから、色々強行論もあるでしょうが、戦争の実態を知って自分の意見をしっかり持つことが大切なんだと思います。
それを教えてくれるお年寄りの声にもっと耳を傾け、受け継いでいきたいですね。
2009/3/11(水) 午前 7:33
yasubeyさん、初めまして。
コメント有難うございます。
お婆さまは震災までご存知なんですか!お元気でなによりです。
私の祖母は高校の時に亡くなったので、子供の頃の思い出しかありません。
震災の話もよくしてくれました。そのとき私の父を抱いて駅の近くに買い物に出ていたそうで、あまりの揺れにその場にしゃがみ込んでしまったと聞きました。
経験者のナマの声。これを聞くのはものすごく価値のあることと思います。
戦争にしろ地震にしろ、映画やドラマの中の世界としか感じられなくなったら不幸な話ですね。
2009/3/11(水) 午前 7:47