散策思索語録質種

絵本もどきの落書きと、エッセイもどきのひとりごと・・・

語り継ぐべきこと

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一枚の写真

ここに1枚の写真がある。ご存知の方もおられよう。初めて見たという人は、何も言わず、じっくり見ていただきたい。この写真の撮影者である故ジョー=オダネル氏がこんなコメントを残している。

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イメージ 1
佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。すると白いマスクをかけた男達が目に入りました。男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。 10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。しかも裸足です。 少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に初めて気付いたのです。男達は幼子の手と足を持つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。 まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気が付いたのは。少年があまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。 (インタビュー・文:上田勢子)「写真が語る20世紀:目撃者」(1999年・朝日新聞社)より抜粋

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この写真は原爆投下直後の長崎の様子として、9日にメディアをにぎわすことが多い。しかし、故オダネル氏がアメリカ海兵隊の従軍カメラマンとして来日したのは、その年の9月というから、被爆からひと月余り後の様子を示したものである。恐らく、長崎・広島に限らず、空前の大空襲に見舞われた東京・大阪・横浜その他の都市でも似たような光景が見られたことだろう。 涙を流すのはごく自然な反応である。しかし、単に悲惨さに心を動かされているだけではいけない。冷静になって欲しい。われわれに求められているのは、なぜ、こんな不条理なことが行われたかを考え、学び、未来に活かすことだ。 もう高齢となり、数少なくなりつつある戦争体験者の証言を残すプロジェクトが、NHKで続けられている。このような生の声を聞くことは、日本ではほとんど行われてこなかった。みんな語ろうとしなかったからである。そのため、近ごろは誤った戦争観が正当化され当然のように広く流布される。戦争を知らない世代には再軍備や核保有を声高に主張する哀れな者すら目立つようになった。 なぜ、みんな声をつぐんで語らなかったのだろう。その疑問に対する貴重な証言が聞かれた。みんな思い出したくなかったのである。体験者の中には今でもその当時の夢をみることがあるという。また、自分だけが生き残ってしまった後ろめたさを感じながら生きてきたという。体験者でなければわからない、われわれの想像を超える感覚である。 しかし、人生の終わりにこれだけは伝え残さなければならないと、重い口を開き始めた。彼らを責めてはいけない。それは真実の声だ。しっかりと耳を傾けなければいけない。そして、今自分が生きているのは、そういう事実の上に立っていることを知らなければいけない。 この戦争で死んだ人が本当にお国の為に立ったのだろうかと疑問を投げかけておきながら、ムダな死ではなかったと思わなければいたたまれないというその証言は、すべての戦争体験者の共通の思いのように感じられる。戦争を正当化する族は、その感情を逆手にとって自らの主張の宣伝に利用してきた。しかし、真実は異なる。その死がムダであったことはみんなわかっているのだ。その無念さをしっかりと受け止めなければ、われわれは未来に責任を持つことができない。 自由と個人の権利が保障されている平和な世の中だ。その日に恋愛ドラマやお笑い番組を楽しんでいるのも良かろう。ゲームに興じているのも悪いとは言わない。しかし、その平和がどんな犠牲のもとに生まれたのかを知らなければ、快楽を享受する資格はないと敢えて言おう。 なぜ、こんなバカげた戦争を始めてしまったのか。政治・経済・国際情勢・無知・無能・貧困・欲望・先入観・・・様々な観点で論ずることができる。ただし、二度と戦争はしないという意志が大前提である。その前提をもとに各々が考えなければならない、多分われわれ日本に生きる者にとって最も重要なテーマである。 毎年、同じ日に同じことを考える。笑ってはいけない。それが記念日というものだ。

(2009/08/15)

※この写真とコメントは、他のサイトからコピーして保存しておいたものを使用しました。著作権の所在が不明ですが、その内容からむしろ積極的に引用して広く世に知らしめるのが所有者の意思に近いと判断して掲載しました。

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涙がとまりません。
なくなってしまった幼子もですが、キリッと口を結んだ男の子の心を思うと…
なぜこんな目にあわせるようなことになったのか。
私たちは今、平和という言葉の中に生きています。
それがどれだけありがたいことなのかを考えるべき日が今日のような気がします。
高齢の祖父がおりますので戦争の話もたくさん聞きました。
在職中はたくさんの高齢者と接したのでいろいろなお話を伺いました。
シベリア抑留兵だった方からも当時のお辛い話もきくことができました。
日本男児たるもの…が口癖だった九州男児の方、「何があっても戦争はいかん。人を手にかけてはいかん。」と、遠くを見ながら話してくださいました。
空襲の中 命からがら逃げた話、中国に置き去りにされ残留孤児となってからの話…
新聞の紙上やテレビの中で語られる話が現実にありました。
みなさん同じように口にすることはもう2度と戦争は起こしてはいけないということでした。
たくさんの方の思いを受け、私も戦争はしない・させないということを子供たちに伝えていきたいと思っています。

2009/8/15(土) 午前 10:50 CANDY

昨夜テレビで『火垂るの墓』を観ました。
泣いてはいけないと懸命に耐えていた少年の姿が、この写真と重なりました。
『はだしのゲン』が英語に翻訳されたそうですね。英語圏、特にアメリカには、まだ原爆投下について偏った見方をしている人が少なくないようです。多くの人が戦争について考え、語り合う大切さを若者も認識し、面白狩りさんのおっしゃるように、「戦争は二度としない」という大前提のもとでそのように行ってほしいですね
わたしもラグジュアリーな空間は大好きです。人には笑いと快楽も必要だと思っています。でも、近頃のテレビ番組や雑誌のメッセージは、ただただ“日本人がバカになってゆく”ように思えるのです。

2009/8/15(土) 午後 4:11 [ You ]

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CANDYさん、コメント有難うございます。

例えば、健康の有難さは病気になって初めてしみじみ感じます。でも、それが不治の病ならいくらしみじみ思っても手遅れなのですから、やはり常に気を付けて健康を維持しなければなりません。一方、普通の心理なら自ら望んで病気になろうとはしません。
病気を戦争、健康を平和と置き換えれば、同じことのように感じます。
ただ、病気は治すために援助してくれる医者がいる。しかし、戦争を治すための医者はいません。やはり一人ひとりが平和の努力をするしかないと思うんですね。

実際の体験者から戦争の話を聞くのは、それが本物の話ですからいやでも引き込まれます。しかし、それを記事にすると、どうしても難しくて悲しくやるせないものになってしまう。
仕方がないと言えばその通りなのですが、そのままでは子供たちに食べてもらえません。せっかくお年寄りから貴重な体験を語っていただいているのに、その多くが埋もれてしまう焦りを感じます。
そのようなものを易しく興味深くするにはどう調理するか。そのことがいつも気にかかります。

2009/8/16(日) 午前 6:32 面白狩り

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youさん、コメント有難うございます。

「火垂るの墓」の野坂昭如さん、「はだしのゲン」の中沢啓治さんのように実際に戦争を体験し、自らそれを表現されている作品には鬼気迫るものを感じます。こうの史代さんの「夕凪の街」も素晴らしい作品だと思います。こうした作品を広く伝えるために映画化や外国語訳を進める方々は、素晴らしい仕事をなさっているなあと頭が下がります。

しかし、このような作品でも、ハナから拒否する子供たちがいるのが現実です。それは、子供たちのせいではなく、大人の側に問題があるのではないかと思うんですね。
結局、古臭い戦争ものでは金儲けにならない、ナンセンスなギャグと青春恋愛ものの方が受けるという、それだけの論理のように思います。

2009/8/16(日) 午前 7:25 面白狩り

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追記です。

ガキの頃は、まだ人々の戦争の記憶も新しく、戦争など早く忘れたいという時代でした。それでも、その頃に読んだ「紫電改のタカ」とか「0戦はやと」、あるいはもっと古い「のらくろ」などは面白かった。そこに反戦のメッセージはあまり感じられなかったけれど、少なくとも戦争というシチュエーションを理解するのには役立ちました。
入り口はそういうものでも良いのかなとも思うのですが、やっぱり金にならなければダメなんでしょうね、今は。

2009/8/16(日) 午前 7:27 面白狩り


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