散策思索語録質種

絵本もどきの落書きと、エッセイもどきのひとりごと・・・

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記念日の記事

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最初でないことと、間に2日空いてしまうために、広島よりインパクトが小さい印象になってしまう。海外からの式典の参列も広島に比べると圧倒的に少ないのは残念だ。原爆ドームのような象徴的な遺構はないけれど、被爆マリア像などキリスト教圏が多い核保有国にかなりのインパクトを与えるはずだ。言うまでもなく、その価値は寸分違うものではない。 父はその時三菱の造船所にいて、爆心地から3キロほど離れたところで被爆した。当時、もう子供はできないと医者に告げられたそうだ。それなのにみんなよく生まれたもんだと母が言う。そんなわけで私には長崎への思いの方が強い。 前述したように、戦争と核兵器とは関連するけれども混同してはいけない。広島長崎は反核の象徴なのである。ところが、都合がつかないと言って出席を見送ったアメリカは、相変わらず原爆投下を謝る必要はないというレベルで話をしている。つまり、六五年前の意識と全く変わっていない。 先日公表された調査によれば、被爆者とその遺族は謝罪を求める意識よりも、核廃絶のためにこの経験をムダにして欲しくないという思いが強いという結果が出ていた。感傷に走りすぎることなく、むしろ将来に向けた行動を訴えていた。ごく自然で前向きな意識だと思う。それに比べ、日米共に未だ古臭い価値観に留まっている政治には呆れるばかりだ。 このところ、戦争の記憶から平和を考えるどころではなくなってきた。我が子を殺す母親、所在の知れない高齢者、無差別殺人、エトセトラ。社会全体がおかしい。昔のような人のつながりがなくなったせいだ・・・とコメントするだけなら、居酒屋でくだ巻くお父さんでもできる。海外の反応に対して、批判されたくないと人気コメンテーターたちが臆面もなくのたまう。そんな世の中にしたのは何か?こんな悲惨をなくすために何が必要なのか?そういう話をするのがあんたらの仕事ではないのか。 新聞の政治面は政局の話ばかりでうんざり。政治は相変わらず金と名誉と権力だけを目的にして動いているとしか見えない。世界が平和で幸福になるために骨身を惜しまぬ政治家が本当にいるのか。ものごと理想通りにならないことは百も承知だけれど、少なくとも努力はするべきではないか。今や不条理が当たり前になっている。この国の政治、メディア、社会情勢を見ていると暗澹たる思いになる。これでは長年盛大な記念式典をやっても進歩しないわけだ。 毎年、同じ記念日に同じような記事を書く。こんな堅い記事、だれが読むでもないが、それで良い。こんな日にチャラチャラした話をしても仕方がない。しっかりと歴史を紐解き、改めて問題を考える。記念日とはそういう日なのだから。

(2010/08/09)

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