散策思索語録質種

絵本もどきの落書きと、エッセイもどきのひとりごと・・・

Myブログ考

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Myブログ考 折に触れてMyブログについての考察をしていきます。私自身が考えるブログのあるべき姿を明らかにして、より快適に愉しむことができればと思っています。                                                                     
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I have a dream.  私は夢を持っている。

1963年のワシントン大行進でキング牧師が行った演説の中の有名な一節である。それから46年経った今年、黒人初のアメリカ大統領誕生によって、ようやくその夢の端緒が開かれた。キング牧師自身が語るリンカーンの奴隷解放宣言から数えれば、実に150年近くの努力と苦労の果てに到達した、これはまだ本当の実現への第一歩である。 とまあ、テーマとは無関係な話に思われる方も多いだろうが、非常に重要なことなので我慢して欲しい。 人間、誰しも夢を持っている。そして、誰もがその夢を実現させる権利を持っている。しかし、夢は理想の話であり、実現を試みる現実とは違う。つまり、理想には制約というものがなく、現実は逆に制約ばかりであるということだ。この違いを決して忘れてはいけない。 一口に夢と言っても、色々な夢があろう。例えば、愛する人と結ばれたい。しかし、社会の制約がそれを許さなかった悲劇を描いたのが、ロミオとジュリエットの物語だった。例えば社会に役立つ技術を開発して生活を豊かにしたい。しかし、その実現にはたゆまぬ研究と決して諦めない執念が必要だった。このことを教えてくれたのが、あのプロジェクトXだった。どんな些細な夢でも現実には必ず制約があり、それを乗り越えていかなければ実現できない。苦労があるから達成した時の喜びがあり、プロセスがドラマとなり、懐かしい思い出となって残るのである。 例えば、金儲け。大金持ちになりたいという夢は悪くない。しかし、やはりその実現には相応の努力と苦労が必要だ。ところが、今の世の中、不正あるいはそれに近い行為で俄か成金になった奴の、実に多いこと。自分さえ良ければ、他人は関係ないという風潮。それを許してきた政治と社会のなれの果てが現在というわけだ。
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今の時代は、人も組織も力ずくで夢をすぐに実現しようとする。最初から経済力があったり、権力のコネがあれば臆面もなくそれらを利用し、不幸にしてそういうものがなければ、年齢とか外見とか学歴とか、何でもいいから勝手な優越感に浸れる材料を探して自分を慰める。この国は頂点から底辺までそんな情けない奴ばかりが目立つようになってしまった。 かつては、若いときの苦労は買ってでもしろとアドバイスを受けたものだ。ところが、そんなことを言う大人はうざいと煙たがられ、本当に苦労している人は黙して語らず、ろくでもない穀潰しだけがギャーギャーやかましい今の世の中。いいかい。ここんところが重要なポイントなんだ。

例えば、歌手やお笑いタレントになって、人気者になりたいという夢を持ったとしよう。これも決して悪い夢ではない。当然、それ相応の精進をして芸を磨かなければならない。ところが、中には早くちやほやされたくて金やコネやブランドに頼って、精進など何もしない奴もいる。あるいは成功者に対して嫉妬のあまり誹謗中傷を浴びせたり、スキャンダルを流したり・・・何かによく似ている。 そう、人気ブログ。訪問者やコメントの数字を見てニヤニヤする毎日を夢見て悪いとは言わない。しかし、そのために努力すべきことは内容の充実であって、数集めではない。ブログランキングを不毛な競争の場にして、人格までボロボロにしてはいけない。実力もないのにちょっとの間ちやほやされたタレントの末路を見てごらん。苦労をしないで夢を実現したら、必ずそれと同等の悲惨な結末が待っていると心しておくことだ。 それにしてもだ。あのキング牧師が語った夢を知れば、人気ブログなどなんてつまらないちっぽけな夢なんだろう。そう思わないか。 (つづく)

(2009/01/27)

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★こんな絵本はいかが?   ・・・ 風船の中のキミの世界 幸福の村
★ホームページも開いてます。・・・ おもしろがりホームページ ・・・よろしくね♪
ブログをやっているほとんどの人にとって気になることは、どれだけ多くの人が見に来てくれるかということだ。人によってはそれが第一義的になり、あの手この手で人気獲得に血道をあげる。毎日、統計欄の大きな数字とずらり並んだ☆印を眺めながらニヤニヤするというのが理想なのだとしたら、全くつまらない話だ。 私の場合、最も気になるのはオリジナルということ。 折角このような社会一般に向けた情報発信の場を利用しているのだから、自分自身を出さなければ意味がない。たとえヘタクソな文章や画像でカッコ悪い記事になっても構わない。自分の個性、感性、意見をしっかりと記事に残すことは、自分が生きている証になる。よしんば、読んでくれる人の琴線に触れて、お互いの生き方が変わるかもしれないし、社会の役に立つことがあるかもしれない。オリジナルでそんなことができたら、なんて素晴らしいことだろう。 もしかしたら、私にはオリジナルなんてムリなどと思っている人もいるかもしれない。そう、考えていることなんて、みんな似たり寄ったりだ。それは私とて同じ。しかし、風船の中のキミの世界は一人ひとり違っている。その世界を自分なりに表現できれば、それは独創的で紛れもないオリジナルだ。 オリジナルだから、他人から見たら異論・反論もあろう。もし、思い込みや間違いがあれば直せば良い。さもなければ思い切り論を交わすことで、もっと素晴らしい見解が見出せるかもしれない。一人で数字を見てニヤニヤしているよりよっぽど有意義ではないか。
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当然のことながら著作権には気を遣う。よく、他からの引用画像をふんだんに並べていたり、文章までそっくりそのまま貼り付けているブログを見かける。著作権の問題は解消していると善意に解釈しているが、私などは記事を読む前にハラハラする感じがあって落ち着かない。信じられないことに、そういうブログがめちゃくちゃ人気が高いんだな。 ご覧の通り、私のブログは自己流で自家製で手作りが基本である。したがって、全く人気がない。それで良い。他人の記事を写したり、真似したりしてまで人寄せをしようとは思わぬ。そんなことやっても全然面白くない。疲れるだけだ。

もちろん、私のヘタクソな文章・画像を引用したいと言う酔狂な人もいないが、苦労してオリジナルを書いていると、その記事が我が子のように愛おしく、みんなに愉しんでもらいたいと心から願うものだ。たとえ悪意はないとしても、そんな記事を無断で流用されたりしたらどんな気持ちになるか、相手は想像もできまい。だから、著作権にはものすごく神経質になるのである。 オリジナルだからこそ多くの人に見てもらいたい。しかし、多くの人に見てもらうことが目的ではないのだ。そこを間違えると、ブログを愉しむどころか維持することが重荷になり、運が悪ければトラブルに巻き込まれてしまう。そこが、ブログの怖いところではないだろうか。 (つづく)

[補遺]著作権については「高校生のための著作権教材」というとてもわかりやすいサイトがあります。参考にしてください。
http://kodomo.bunka.go.jp/1tyosaku/koukousoft/index.html

(2009/01/22)

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訪問してくれた人と論を愉しむ、そんなブログが私の理想だ。ところが、論となると、これは普通のおしゃべりとは違うので、やはり訪問者もひょいひょいと軽いコメントで流すわけには行かない。それどころか、必要以上に身構えて、ますますコメントが書きづらくなってしまうだろう。 しかし、私はあえてそのようなブログにこだわりたい。それは、こういうことなのだ。 いつの時代でも、文化の可能性を担うのは若い世代。だから、若者が新しい単語や言い回しを作ることを否定はしない。言葉は文化だから、作られた言葉を知ればその精神や情緒の深さを知ることができる。表面的な言葉尻より、精神の健全性が認められるなら、一向に構わないではないかと思う。 ところが、その一方で、フランスのように世代の隔てなく自国の文化に誇り高く、頑なに母国語にこだわる伝統を羨ましいとも思う。私も日本語つまり日本の伝統文化を大切にしていきたいと思うのだ。メディアなどではたまに正しい日本語について議論されることもある。しかし、それが多くの人たちに、単なるウンチクではなくて、実用上でどれだけ意識されているだろうか。 今や携帯電話やメールが最もポピュラーなコミュニケーションツールになってしまい、昔のように手紙を書くということが珍しくなってしまった。手紙を書かないから、普通の人が作文をする機会がほとんどない。作文ができないから、論理の組立てが苦手で、ただ喚いているだけのような文章しか書けなくなってしまう。テレビやマンガしか見ないから読解力も身に着かず、貧困な語彙は目を覆うばかりになってしまう。(どこかの総理大臣の話ではありません) そこで、ブログだ。自分の主張・意見を文章にしてみんなに伝える貴重な場。日本語力を鍛える絶好の機会ではないか。もちろん画像や動画の力を借りて構わないが、たまにはしっかりと読ませる記事を書いてみたらどうだろう。そのためにいつもの訪問者が来なくなってしまうこともあるまい。
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実際、そのようなしっかりとした記事を書いているブログはいくつもある。訪問者は少なくても、読み応えがあると言えば、そこら辺の人気ブログの比ではない。しかも、独創性があって取材に労を惜しんでいないから、記事そのものが面白く興味深いものばかりだ。 とはいえ、管理人はプロの作家でもなければ著述家でもないので、決して美文・名文を書いているわけではない。普通の人が書く自然でけれん味のない文章だから、構えずにすんなりと読めるのだ。魅力的なブログを作る人は人間的にも奥が深そうだなと、いつも思うのである。 (つづく)

(2009/01/17)

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ブログを始めた以上、できるだけ沢山の人に見てもらいたいと思うのは、誰しも同じ。興味深いことに、ときどきYahoo質問箱に、訪問者やコメントを増やすにはどうしたらよいかという質問が載る。で、その回答はと言えば、やはりチャットや掲示板の延長線上で語っているものがほとんどだ。重たい中身の充実より軽い会話と頻繁な交流が人気ブログの基本なのだ。 しかし、たとえ黄色い☆印が3つ4つ並んでいても、スナップ写真が貼ってあるだけの記事や、ごく普通の日常会話が並んでいるだけの記事のどこが面白いのだろうか。と、失礼ながら、これは正直にそう感じてしまったりもする。そんな記事にぶら下がる大量のコメントも、単なるご挨拶や歯の浮くような褒め言葉ばかりで、眺めていて頭が痛くなってくる。いちいちレスをするのも大変だろうに、おまえもこういうブログを作りたいか?と自分に問いかければ、即座に否という返事になる。 考えてみれば、私の場合、そもそもの出発はホームページのアクセスアップなので、それさえクリアするならブログの人気なんか実はどうでもよいのだ。うわべの交流だけで記事の中身に共感を覚えてくれなければ、とてもホームページにまで興味を持ってくれることはあるまい。そんなブログ、いくら人気があっても運営するだけ時間のムダと言うものだ。 聞くところによると、ランキングの上位に顔を出すブログの中には、自動巡回とか一斉書込みとか色々と怪しげな操作をしているものも少なくないという。そんなことで統計の数字だけ大きくしても、かえって虚しい気持ちになりはしないだろうか。いや、そういうブログがあっても構わない。ブログの楽しみ方は人それぞれなのだから、私がとやかく言うことでもない。 しかし、例えば、どかどかと他人のブログに入ってきて、そこの記事には何の関心も示さず、ただ自分の宣伝だけを残して去っていく、まるで糞尿の後始末をしない犬の散歩みたいな無礼な奴。どれほどのものかと試しにのぞいてみると、トップページで「平凡な日記です」とか「思いつきのひとり言です」などとのたまっている一方、大きな文字で「コメントお願い」とか「ファンポチよろしく」などと書いてある。これ、私にはどうしても論理矛盾に感じられてしまうのだが、みなさんはいかがだろうか。
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うわべの交流しかないブログは、いくら数字の上のファンや訪問者が多くても、ブログ荒らしや嫌がらせに遭うとひとたまりもない。人気があればそれだけ目立つからかえって標的にされてしまう危険性が高い。 訪問者の多少に係わらず、しっかりとしたポリシー、コンセプトがあって中身も濃いブログは、残されるコメントにも論を愉しんでいる風がある。こういうブログなら、仮に荒らしに襲われても、作者と訪問者との間に信頼関係があるから、むしろ強い情報発信のコミュニティーを形成していくだろう。ブログのひとつの理想形ではないだろうか。 どうせなら、そういうブログを目指したいものだと、いつも思う。 (つづく)

(2009/01/16)

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こんなつまらないブログでも、訪問者数が5000を超えたので、ここでちょいと一息入れて、改めてマイブログについて考えてみようと思う。 インターネットでの情報配信方法と言えば、当然ホームページを立ち上げて公開するというのが基本となる。しかし、しっかりしたサイトを作るには色々と専門知識も必要になってくるので、誰でも簡単に作れるというわけではない。そこで、日記とか更新履歴を書く程度の簡易型のウェブサイトとして、素人でも利用できるようにしたものがブログだ・・・と思っていた。 だから、最初に試しにブログを立ち上げてみたものの、あとは放ったらかしで、たまにホームページのコラムを転載してお茶を濁す程度。ところがふた月ほど前、ホームページのアクセスを増やすのにブログを利用すると良いというYahooの宣伝にまんまと乗せられて、頻繁に投稿を始めたというのが、このブログ作りのきっかけであった。 さて、多くの人にホームページを知ってもらうのが第一目的だから、当然、ブログの訪問者が多くなければ困る。読む人を唸らせるくらいの良い記事を書かなければ、お客さんは寄って来ないだろうと、時間をかけて取材し推敲を繰り返して投稿するが、期待に反していつも閑古鳥が鳴いている。これでもかと力作を注ぎ込んでいくので、その分サイトの運営が疎かになり、完全に本末転倒の様相。 たまにランダムアクセスの対象に選ばれて訪問者数がグンと多くなるが、ランダムで来る人は当然ながら興味があって来ているわけでないので、中身を見ることなくほとんど素通りで去っていく。ご覧のようにコメントとファンが極端に少ないので、この5000余のヒットはほとんどこれと言ってよい。つまり、いくら記事の中身に力を入れても、読む人はほとんどいないのだ。残念だが、この現実はきちんとわきまえておかなければならない。 数少ない常連さんは、ちゃんと中身を読んで評価してくれるので、このブログが全然面白くないということではなさそうだ。では、なぜファンが少なくコメントも増えないのか?
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まず、始めてからの日が浅く、記事数も少ないので広く認知されるには早すぎるということがあろう。しかし、他のブログを見ると記事が極端に少なくても、多くのファンとコメントを集めているブログも多い。こう言っては失礼だが、では中身が相応に面白いかというと、ほとんどが私にはどうも食指が動かない。これは多分、私の感性が古ぼけていて、今どきのトレンドから相当ずれているからだと思う。 ひとつの見方として、このブログは一般的なブログのスタイルから外れているということだ。このブログはブログというより、やはりホームページなのだ。ホームページの記事は情報の流れが一方通行になるので、読みっ放しが普通でコメントのしようもない。 ブログの使い方は人それぞれで、正解なんてものはないと思うが、ファンやコメント増を目的にするなら、あんまり重い記事を書くよりも、それこそ日常的な軽い話題を提供した方が良いようだ。言わばメールやチャットの延長のように書かれているブログが、人気ブログの基本イメージと思われる。 だから、多少日本語が乱れているくらいが丁度よく、くどくど文章を書くより一目でわかる画像が多いのが良い記事なのだ。また、記事を完結させずに、読者に振るような書き方をすれば、それだけコメントは多くなる。あとは、管理人に人間的な魅力があれば沢山のファンを呼ぶことができるだろう。つまり、カギになるのは中身ではなくスタイルなのである。 このブログが当初の目的を達成するためには、徹底的にイメチェンを図らなければならない。さてさて、果たしてそれが私にできるかというところが問題なのである。 (つづく)

(2009/01/14)

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