| 「なぜ、あのときに行動を始めなかったんだろう。そんな後悔をしても、今さら元の姿に戻るわけでもないが、しかし、改めて思う。人間はなんと傲慢不遜で神をも恐れぬ愚かな生き物だったかと。 当時すでに温暖化の警鐘が鳴らされており、メディアでも盛んに取り沙汰されていた。が、経済発展を最優先する族にとっては、都合の悪い世論形成にしか見えなかった。そこで、御用学者に金を握らせて鎮静化を図ったりしたものだ。すなわち、気温の上昇と下降は大きなサイクルで繰り返しており、この傾向は長い地球の歴史の中では一時的なものにすぎないと。それは、一理ある意見ではあったが、今考えれば事態はそんな机上論をとっくに超えていたのだ。 不幸なことに、タイミングの悪い不況が世界を襲っていた。どの国にもこの問題に具体的な対策をとるだけの財政的なゆとりがなかった。全地球的な温暖化対策は各国の政治的思惑の中でなんらの進展もなく、一般の生活者が小手先のエコ活動を展開するくらいが関の山だった。そんなもの、結局全く焼け石に水で、何の効果もなかったのだけれど。 確か、2010年だったと記憶する。113年の気象観測で最も暑い夏だったと報じていたのを、昨日のように思い出す。暑さで熱中症に倒れる人のニュースが連日報道されていた。当時の新聞を読み返すと、人間の愚かさを目の当たりにして切なくなる。トップニュースは政治経済や国際紛争の話ばかり。もちろん、その当時は誰もがその方が重要だと信じていたのだ しかし、あのとき、おかしいと気付くべきだった。秋の声を聞いても人の体温を超えるほどの猛暑が続き、気象庁の長期予報に並ぶ晴れマークが異様に見えたものだ。それでも、これは一時的な気象のブレであり、いつもと変わらぬ夏ということで片付けていた。そのような猛暑が次の年も、そのまた次の年も繰り返すとは思っていなかった。だが、それまでの10年の平均気温を見ると連続する異常高温は、はっきりとデータに出ていたのだ。 気象予想士と称する輩が、これは偏西風の蛇行によるものだとか、ラニーニャ現象の影響だとか、したり顔で解説していた。しかし、ラニーニャであれエルニーニョであれ、気温が異常なのは変わりなかった。なぜ偏西風が大きく蛇行するのか、なぜ一部海域が異常に熱せられるのか、その原因まで語られることはなかった。現実にはわからないことばかりなのである。間違いなく地球規模の異常が起きつつあった。 われわれはあまりにも鈍感だった。あのとき気付いてさえいれば・・・。皮肉なことに、鈍感力などという言葉が流行ったのもその頃だった。今思えば、それも悪意に満ちた意図によって作り上げられたブームに思えてしまう。だが、われわれはすでに健康な地球に引き返せるギリギリのところにいたのだ。その臨界点を超えたとき、地球は加速度的に崩壊の道を進むしかなくなってしまった。 シミュレーションで予想された事態が次々と現実のものとなっていくのに多くの時間を必要としなかった。それは予想をはるかに上回るスピードだった。ある人々は高地に避難し、またある人々は地下に生きる場所を求めた。が、もとよりインフラは破壊され、十分な衣食住も得られずに疫病が充満し、さながら阿鼻叫喚の地獄絵図が目の前で展開していった。 わずかに生き延びた人間が、宇宙に飛び出し、当時まだ実験的にしかできていない宇宙ステーションを他の人工衛星を利用して拡張し、なんとか居住空間を確保した。と言っても、決してSF映画に出てくるような体裁の良いものではない。宇宙に浮かぶ掘立小屋のようなものだ。なにか問題が起きれば、簡単に分解してしまうような粗末なノアの箱舟だ。 ほら、あれが今の地球だ。大気は炭酸ガスやメタンガスを大量に含み、かつてのような青く輝く命の星ではない。われわれが脱出した後は、植物の力によって自然が回復するという学者もいたが、その期待は見事に裏切られてしまった。温室効果は限界を超えて、地表はますます熱せられ、生命はすべて死に絶えてしまった。 今の地球は、熱い雲の下を猛烈な嵐が吹き荒れていて、生命が誕生する前の姿に近い。その地球に生命を復活させるべく下りていく時が来るのを信じて、今は静かに待っているしかない。いや、それまで、われわれが生きていればの話なのだけれど。 |
(20XX/09/02)
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