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| 季節の移ろいを愉しみながら、感じたこと気付いたことを思いつくままに。
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| 雪が六角形の氷の結晶であることは誰でも知っている。六花(むつのはな)はその形の花に見立てて付けられた雪の別称である。 昨日、思い切り雪でも降ってくれた方が面白いなどと言ってしまったせいでもあるまいが、窓の外は雪催い。と言っても、庭が薄く斑になる程度の雪である。外に出ると丁度今が降りのピークのようで、少し立っているだけで袖が白くなり、それがすぐに解けて濡れてしまう。今朝の散歩はやめにした。 見上げれば、白いはずの雪片が雪空を背景に影となってはらはら舞っている。それをカメラに撮っても、こんな風に味もそっけもない。それでも、じっと見つめていると雪が後方に飛び去って、まるで自分の体が空を飛んでいるような錯覚になる。微かな風に雪の舞う向きが変わって我に返るのである。 そんな淡雪でも、雪の朝は静かだ。少し大きめのボタ雪は水分を含んで重さがあるのだろう。耳を澄ませているとカサカサと音がする気がする。それは多分風の音、葉が擦れる音なのだろうけれど、まるで雪が舞い落ちる音のようだ。それが自然のノイズとなって、他の音を消してしまうのだろうか。いや、新聞配達のバイク音が一つ向こうの通りから聞こえてきた。 雪の日の朝刊ポストに落ちる音 |
(2010/02/18)
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| 元々この冬は暖かいという話だったので驚きもしないが、こう寒暖の差が激しいと、折角再開した早朝散歩に体がついていかない。前日の冷たい北風とは打って変わった今朝の生ぬるさ。昼過ぎには東京で20度を超えたというから、これはもう初夏と言って良い。 動植物は、そういう季節の移り変わりを肌で感じて子孫を残すための活動を始める。年柄年中発情している人間どものことを思うと、野生とは随分と慎ましいものではないかと思ってしまう。 今朝もまだ暗い内から家を出て、眺めるものと言えば相変わらず空に輝く大三角形くらいと思っていたところに、突然の猫の声。普段ならばニャ〜オと鳴くのに、この時季はなぜかワァ〜オとかアウ〜などと聞こえる。これを真夜中にやられると、やかましくて眠れない。彼らにとっては生理的な行動で我慢できないのだろう。恋路に水を差すようで申し訳ないが、バケツに水を汲んでぶっかけることもある。この時季は特に物置などの戸締りには要注意だ。そんなところで子育てなどされてはたまらない。 さてさてこちらの彼女と彼氏。いつもはこちらの姿を見ただけで逃げ去ってしまうのに、じっとして動かない。奥の黒い奴はよく庭の芝生にお供え物をする困りもののお転婆娘だ。今の家に越してきた時にこいつとそっくりの猫を見たことがある。きっと何代目かの子孫に違いない。 シーっと手をかざして追い払ったが、しばらくすると隣家の庭先から再び甘ったるいデュエットが聞こえてきた。やれやれ。 暖冬にたぶらかされて歌う猫 |
(2010/02/09)
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※[猫]関連記事
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| 立春。暦の上の春である。暦の上の季節の変わり目は1年に春夏秋冬の4回あり、それぞれの前日が季節の節目つまり節分ということだ。また、節分から前の18日間が土用と呼ばれる期間となる。 実は、4日が常に立春というわけではなく、暦の計算で毎年少しずつずれていく。私が子供の頃は3日が立春だった。節分が2月2日というゾロ目だったので、各月のぞろ目の日には暦の上で何か意味があるのかと調べてみたが、奇数月を節句という以外はそれらしいものはなかった。 立春の日以降に最初に吹く強い南風を春一番と呼ぶが、今朝の風は北の風。降雪の後だから一層冷たく感じられる。ところが空の様子は地上の風と打って変って、まさしく春模様だ。 月が出て明るい星しか見えないけれど、星の読み方さえ知っていれば間違えることはない。まず最初に目印になるのが北斗七星で、北向きにかなり高い位置を見上げればすぐに見つかる。柄杓の柄の部分のカーブをそのまま延ばしてみよう。このカーブの延長線が春の大曲線で、その先にアルクトゥルスという牛飼い座の1等星がある。 大曲線をさらに延長すると、もう一つの明るい星、おとめ座のスピカが見つかる。アルクトゥルスとスピカを結ぶ線を底辺にして、正三角形を作る位置の辺りに目を凝らすと、デネボラという2等星がある。この三角形が春の大三角形だ。ただし、今はデネボラの辺りに土星がいるので間違えないように。デネボラはしし座の尾の部分に当たり、さらに西に目を向ければお馴染みのレグルスが光っている。 |
| スピカから左に向かって、南のかなり下の位置に光る星がある。これが夏の星座さそり座の主星アンタレス。一方、アルクトゥルスの先を目で追っていけば、ひときわ明るいベガ(織女星)が見える。実はすでに、デネブ、アルタイル(牽牛星)という夏の大三角形が顔を出しているのだが、それらについてはいずれまた。 こんな風に春の夜空を愉しんでいたら、土星の辺り、出し抜けに明るい点が出現した。飛行機のように点滅はなく、徐々に明るさが増してくるので、これは超新星か!とも思ったが、少しずつ移動を始めたのを見て人工衛星の類いだとわかった。(UFOは信じていないので論外なのである) それにしても、こんなに明るい人工衛星は初めてだ。相当大きなものか、それともかなり低い位置を飛んでいるのか・・・それで思い出したのが宇宙ステーション。あれはもしかして・・・というわけで、帰宅後にサイト検索したら大当たりである。 |
| HPによると、国際宇宙ステーションはタイミングさえ合えばいつでも見えるようだ。次回は明後日(6日)の早朝5時過ぎにほぼ同じ軌道に見える。あれに宇宙飛行士の野口聡一さんが乗っていると思うとワクワクしてくる。少しくらい寒いのは我慢して、早起きして見て欲しい。 |
(2010/02/04)
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| お金というのは人間の体で言えば血液のようなもので、流れが活発になれば社会も元気になるというのが経済の理屈となる。つまり、一時的にでも消費を活発にしてお金の流れを作るわけだから、頭から否定しようとは思わない。しかし、とにかく何かにかこつけて売れさえすれば良いという風潮が感じられて、少し抵抗があるのである。 恵方巻きというやつ。今さら説明するまでもないが、陰陽道でその年の最も良い方角を恵方と言い、2月の節分にその方角に向いて海苔巻きを丸ごと食すと縁起が良いというのだ。その海苔巻きのことを恵方巻きと言って、どこのスーパーも様々な食材を具にした豪華な太巻きの大売り出し。予約を取る店もあるというから、クリスマスケーキやバレンタインチョコ並みの書き入れ時だ。 しかし、こんなもの子供の頃にはなかった。いや、元々は江戸末期の大阪船場で商売繁盛を祈願して行われたものと言うから、西の地方では普通の習慣なのだろうか、その辺りはよくわからない。私の祖父母は讃岐の出だが、恵方巻きなんて話は聞いたことがなかった。 では、一体どんなものを節分に食べたかというと、柊鰯と言って鰯や目刺しの焼いたものをご飯のおかずにして食べた。柊鰯は、鰯の頭を軒下に備えておいて、その臭いにおびき寄せられた鬼を柊の棘で退治するという由来がある。宮中の行事として、土佐日記にもその記述があるから、日本古来の伝統と言えばこちらの方と思うが、恵方巻きの派手な宣伝の陰に隠れて話題にも上らない。 子供の頃は生臭くて骨があるのが嫌で、箸を付けずにいると叱られた。歳を重ねれば味覚も変わる。あぶり焼きした鰯を骨ごと噛み砕いていると、なんとも言えない美味さである。 豆撒き後に歳の数だけ豆を食うというのも、数が少ないとはいえ、炒り豆の味がはっきりしないのが苦手だった。一方で、子供は歯が良いから羨ましいと言いながら、総入れ歯の祖父母が喜んで食べていたのが面白かった。それが今ポリポリやっていると、ピーナツやアーモンドなんかより数段美味いと感じるから歳を取ったものだ。 さて、恵方巻き。豪華な太巻きが不味いとは少しも思わないけれど、これを丸ごと一気に食べなければならないというのは難儀である。中高年の早食いは不健康そのものだし、量も多すぎる。さりとて、普通に切って食べるのは縁を切ると言って忌み嫌われるそうだ。 そう考えると、これは若者の食べ物だなあと思わずにいられない。であるなら、こんなものが流行して売れても、経済が良くなるとはとても思えない。なぜなら、若者なんか一番金がない層ではないか。もちろん、年寄りだって生活が苦しい昨今、結局安売りしなければ売上げも伸びない。そんな様子を経済評論家のエライ人たちが見て、これもデフレの一例だと騒ぐのだろう。 そんなことを思いながら丸ごと鰯にかぶりつくのである。やっぱり美味い。 |
(2010/02/03)
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| まだ暗い内に家を出るのは久し振りだ。このところ、気温も緩み陽の光もやや春めいて、寒さにすくむこともない。春眠暁を覚えずと言うが、このコンディションを布団の中で貪っていてはお天道様のばちが当たる(・・・と、反省をこめて)。 さて、そうは言うものの、暗がりの中で記事のネタを探すのはひと苦労だ。仕方なしに目は空に向かう。この時間帯、北斗七星は意外に高い位置に並んでいる。大曲線を伸ばせば春の大三角形。この見つけ方は後日改めて記事にしよう。驚いたのは東の空にポツンと明るいベガ(織女星)が輝いていることだ。言うまでもなくこれは夏の星。東雲の空に冬の面影はもうどこにもない。 実を言うと、最初は二つの見慣れない星に惑わされて、うまく同定ができなかった。そう、文字通りの惑星二つである。東京天文台のHPで調べると、大三角形のところにあるのが土星、西の空に沈みかかっているのが火星だった。 特に火星は今が大接近の時期とやらで、日の出が近づいてかなり明るくなっても、西の空に最後まで輝いている。夜、月のそばに見えるのがそれなので、朝寝坊の人は宵の口に空を見上げるとよい。 例によって安デジカメで撮影を試みる。公園のすべり台に上り、手すりに置いてシャッターを押すが、やっぱり三脚がないとムリだ。比較的ブレが少なかったのがこの一枚。赤い星と言われるけれど黄色く見える感じ。漢名は熒惑(けいごく)と言って、災いや戦乱の前兆とされる。ただでさえ不景気な世の中、どちらもご免こうむりたいものだ。 |
(2010/01/30)
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