| 梢が金色に光るメタセコイヤをカメラに収めようと今朝も児童公園にやって来た。なかなか雲間から日が射さず、時間ばかり経って苛々していたら、トンガリの先に烏が一羽。カァと一声、明烏だ。 童謡の中では夕焼け小焼け、夕暮れ時に鳴く鳥として歌われる。それ以外の時に鳴く場合は不吉な兆しとされてしまう。しかし、そう決めつけているのは人間の勝手で、彼らはいつでもどこでも自由に鳴いている。当たり前だ。生きているんだもの。 明烏と言えば、有名なのが「明烏夢淡雪(あけがらすゆめのあわゆき)」という、遊郭を舞台にした浄瑠璃。・・・といっても、浄瑠璃が大衆芸能として大いに流行したのは江戸時代のこと。今の時代、Jポップスやイケメンドラマを差し置いて、好んで見ようとする輩に出会うこともない。私自身、学校の社会見学で一度見たことがあるくらいだ。 むしろ、その浄瑠璃をもとにして作られた「明烏」という落語の方が知られているかもしれない。大きなお店の若旦那。カチカチの堅物で道楽一つしないのを、それでは世間に笑われるとばかり、親が街の与太者に頼んで岡場所に連れていった先のてんやわんや。最後は与太者の方が若旦那に振り回されるという顛末は、そういった類の場所がなくなった現在も、大いに笑わせてくれる。昭和の大名人、桂文楽の十八番だった。 落語は元々お寺の坊さんが法話に興味を持たせようと、面白おかしくしたところから始まった。人情話とか怪談話のようなシリアスなものもあるが、基本はお笑い。だから、今でも高座の最初に「えー、お笑いを一席」とくるのが定番だ。笑いは時代に関係なく最も人の心をつかむもの。 笑点なんていう人気番組もあるが、その落語にしても実際の寄席に行かないとゆっくり愉しむこともできなくなった。どんちゃん騒ぎのバラエティをどうのこうのと言いたくはないけれども、やっぱり伝統ある良質のものに触れる機会が少なくなっていくのは残念な気がする。 |
(2009/12/06)
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