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| 季節の移ろいを愉しみながら、感じたこと気付いたことを思いつくままに。
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| すでに師走12月に入って4日が経つわけで、いよいよ年の瀬冬景色というのは暦の上だけの話。緑地公園は色とりどりの秋模様で、これをどうして冬景色と呼ぼうか、戸惑うばかりである。 季節を題材にして物書きをしていると、一番困るのは新旧の暦のズレである。書物などを見ると1年を3ヶ月ずつ分けて四季とし、12月から翌年の2月までを冬と言いたいところだが、実際はまだまだ紅葉たけなわ。朝顔が満開の庭先もある。12月だから冬だと杓子定規に考えていたら、この秋模様で一句ひねることもできなくなってしまう。 オフィスビルの谷間で、日がな一日PC画面とにらめっこなどしていたら、季節の移ろいもマニュアル通りに捉えるしかないだろう。旧暦を調べれば今日は10月18日。まだまだ秋ど真ん中だ。 昔の人は、手元にカレンダーなどなかったろうから、外の景色で四季を感じた。それで十分に時の流れを感じることができた。そう思うと、今の無味乾燥な時の刻みは何だろう。確かに計算する上では1年12ヶ月365日と定義して、カレンダーをめくり、時計を見れば、正確な今がわかる。しかし、春夏秋冬まで決めつけることもあるまい。時間感覚を自然に任せても、会計年度にズレが生じるわけでもないし、学年だってどこかで区切れば良いだけのこと。 木々や草花、鳥たちを見ていると、10〜12月が秋、1〜2月が冬、春は3月から5月までで、6〜9月が夏と考えたい。夏が若干長いのは、梅雨どきと残暑を含めたからで、気分的には7〜8月の夏休みが文字通りの夏という感じがする。みんなはどう思うだろうか。無論、地方によっては多少のズレがあるだろうけれども。 |
(2009/12/04)
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| 昨日の冷たい雨と打って変って、すっきりとした好天になりそうな朝。夜明け前の東の空に残る雲の形が面白くて、カメラを向けてみた。案の定、光量不足でストロボが焚かれた。オンボロでも一応デジカメだから、ファインダにすぐ撮影結果が出る。 と、この霞みのような白いものはなんだ? ファインダから目を外して周りを見ても、こんなものはどこにもない。も、もしかするとこれは心霊写真?あるいは未知の異次元物体か? ふと、お世話になった写真家の方を思い出した。普通のスナップを見せてもらった時のことだ。数枚にこのような煙のような白いものが写っていた。その方の曰く、数多くの写真を撮っているとたまにこういうものが写ることがあって、一体何なのかわからないという。 念のため、何度か撮ってみると、写っているときといないときがある。うーむ、この正体は何だろう? まさか、霊魂とは思えないけれど、昔少年雑誌でエクトプラズムなんていうのを見たことがある。エクトプラズムは霊媒師の体から発する心霊体のことで、その写真はベッドに横たわった男の口から白いものが煙のように出てきて、空中を漂っている光景だった。今ならCGで簡単に作れるような写真だけれども、当時は不思議不思議で興味が尽きなかったものだ。 さて、これは何だろう?わかった人は手を挙げて。 そのとおり。これは私自身の吐く息である。シャッターを押したときに吸っていれば写らず、吐いていれば白く写る。北の寒い地方なら、もっとはっきりと白い息になるからすぐにばれてしまうからくりだけど、この辺りは師走とはいえ、中途半端に寒いので肉眼ではほとんどわからないのだ。 というわけで、珍しくもない白い息の写真。でも、あのスナップに写ったものが同じかどうかはわからない。あれは本物の心霊写真だったのかもしれない・・・。 |
(2009/12/04)
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| どんなに事実を示しても、気象庁に勤めるお役人様がそうと認めなければ、初霜ということにはならない。北の寒冷地ならともかく、ここは温暖化の進む大都会の近郊。師走の風も吹かない内に降霜などと言えば、一笑に付されるに相違ない。そう思い込んでしまえば、目の前のこんな光景に気付くこともなかろう。 初めは霜柱かとも思ったが、これは紛れもない今年の初霜なのである。その証拠に、芋掘り後の蔓も白くなっている。昨日の冷たい雨が夜半に上がり、その後に空がからりと晴れて放射冷却が起きたのだ。そのために地表温度は氷点を下回り、空気中の湿り気が昇華して霜となったのである。 夏の花である朝顔が今の時季でも満開に咲いている庭は普通のこと。大自然はほとんど教科書通りに姿を現すことはない。事物は常に大きな幅を持って動いているのだ。杓子定規に考えていたら本質は見えない。科学技術を駆使した観測では暖冬傾向とも言われているが、自然が教える長期予想はむしろ寒いのかもしれない。 11月は霜月あるいは霜降月とも。その名の通りのこの景色を斑霜(はだれしも)と言う。文字通り、まだら模様に付く霜のことで、一面に白くなれば霜だたみなどと呼ぶ。いずれも冬の季語。もう秋は終わりなんだなあ。 シリウスを送りて残る斑霜 |
(2009/11/20)
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※[霜]関連記事
※[朝顔]関連記事
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| 先日オリオン座流星群が話題になったけれど、今度はしし座流星群。2001年にも30年に一度の流星嵐と騒がれたので、覚えている人は多いと思う。今回は明日未明4時ごろがピークというので、1時間ほど早く家を出れば天体ショーを愉しみながらの散歩になるかもしれない。 ただし、関東は今日の雨雲がいつ抜けるかによる。また、東の空といえばここからは都心の方向になるので、このくらい見えれば奇跡に等しい。環境問題がクローズアップされている昨今、こういう時ぐらいライトアップを控えるくらいの対応ができないものか。 さて、しし座。星占いにも出てくるので名前だけはよく知られているけれども、広い夜空でこれと見つけることができるだろうか。 |
| まず北東の空に北斗七星を探そう。6つの星が2等星なので、割り合い楽に見つかるだろう。柄杓の先の2つの星を結んだ線を、北の方向に伸ばしていくと北極星が見つかるはずだ。2等星と3等星の中間ぐらいの明るさなので、目を凝らさないとわからないかもしれないけれど。 しし座はその北極星とは反対側に伸ばしていく。その先にポツンと明るい星が見える。それがレグルスという1等星。もし条件が良ければ、レグルスを点にして「?」の逆の形に星が並んでいる。それが獅子の頭の部分に当たる。流星群はその辺りを中心にして放射状に見えることになる。この辺りだと2,3個見えればラッキーと言えるだろう。 まあ、今回悪天候でも、流星群なんて1年中見られるのだからガッカリすることはない。12月13日ごろ(ふたご座)、12月22日ごろ(こぐま座)、1月4日ごろ(りゅう座)という具合にチャンスは続く。たとえ流星の出現が期待できなくても、いわくのある星や星座を愉しむ良い機会だと思う。 |
(2009/11/17)
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| 秋の夜長。夏と同じ時刻に家を出れば辺りは真っ暗で、夜空にくっきりと冬の大三角形がまたたいている。月があるので三つ星は見えないけれど、リゲルはもちろん、ぎょしゃ座のカペラ、おうし座のアルデバランといった1等星ははっきりそれとわかる。 北の空にはカシオペアが見えるはずだ。そう思って見上げてみたが、星の輝きは一つも見えない。そう言えば、最近は北斗七星も見なくなって久しい。昔、高田馬場にいた頃はカシオペアと北斗七星から北極星を探すことができた。あの頃よりまた夜が明るくなったのだろうか。それとも、今日はたまたま雲が掛かって見えないのか、月明かりが強いだけなのか。 その空が徐々に朝の明るさを増していき、最後まで見えていたシリウスもついに見えなくなってしまった。紅葉と言うより枯葉と言った方が良いサクラの枝の向こうに、少し三日月気味の半月が残るのみである。 月を弓に見立てて、弦が上にあれば上弦、下にあれば下弦という。この月の場合は上にあるから上弦と思いきや、実は下弦の月。この上弦・下弦の見方が子供の頃はよくわからなくて、父に教えられてもなかなか覚えられなかった。簡単に言うと、半月が沈みゆくときの弦の位置で上弦か下弦かが決まるのだ。満ち欠けで言えば、満月の前が上弦、後が下弦となる。 馴染みの星座を見上げるだけの危なっかしい天文マニアだが、これから新月に向かい、スターウォッチングが愉しみな早朝散歩となる。星空を庭先の博物と言うのはちょっとムリがあるけれど、京の古寺でよく見る借景と同じようなものと考えて、たまには星について語るのも悪くはなかろう。 |
(2009/11/10)
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