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| 議論する気はありません。理屈抜きです。いかなる理由があろうとも、無差別に殺戮を繰り返す戦争に反対します。あらゆる生命を危険にさらし、文化を破壊する核兵器に反対します。人というちっぽけな生き物が本当に賢ければ、忘れてはならないことを語り継ぐべきと信じます。たとえ自分のような社会的に何の力もない者でも。
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| 60年の長きに亘って戦火に血を流すことがなかった国は稀有であるという。だから、この国の人間はみな平和ボケして、危機感のない木偶の坊ばかりになったと言う人もいる。そうかもしれない。しかし、たとえ木偶の坊になったとしても、殺し合いなんていうばかげたものの犠牲者を生まずに済んだのだ。良かったではないか。 12月8日は1941年の同日未明、米海軍基地ハワイの真珠湾を日本海軍が奇襲攻撃した日だ。太平洋戦争が始まったのである。 若者たちにとっては異次元の話だろう。それを責めるつもりはない。私だって、爺ちゃんの日露戦争の話を、それこそ関ヶ原の戦いと同じような感じで聞いていたものだ。半世紀前いや10年ひと昔となれば、もう夢の世界になりかかっているもの。まして、今や戦後最大の不況の中。一番気になるのは仕事のこと、生活のこと、将来のこと。今さら古臭い戦争の記憶に何の興味があるものか。 しかし、笑いごとではない。戦争の裏にはいつも経済問題がある。かつて戦争は問題解決の手段のひとつだった。今でも、そう考えている人や国は少なくない。 その一方で、戦争が悲惨なことに異論をはさむ人もほとんどいない。あの戦争は回避できたのではないか。かけがえのない多くの命が失われずに済んだのではないか。最近はそのような視点で語られることが多い。先日も、F.ルーズベルトが昭和天皇に宛てた親書が届いていれば真珠湾攻撃はなかったというドキュメンタリーが放映されていた。なるほど、そうかもしれない。そうであれば、広島・長崎の原爆も東京や大阪の大空襲もなかっただろう。 歴史には「たら」・「れば」はない。しかし、もしあの戦争がなかったとしたら、今でも大日本帝国陸・海軍が存続し、若者は徴兵され、地上のどこかでドンパチやっているのだろうか。若者たちはミスチルやKAT−TUNではなく勇ましい軍歌を口ずさみ、遠い大陸の荒野で敵と戦っているのだ。もちろん平和ボケどころか、常に死と隣り合わせで生きているだろう。そんな世の中の方が良いのだろうか。 では、逆に、あの戦争は良かったのだろうか?私にはよくわからない。 死んだ父も、爺ちゃんも婆ちゃんも、みんな、戦争だけはいやだと、しみじみ語っていた。そのことだけは幼心に強烈に刻み込まれている。どの家も同じだと思う。それが、戦争の犠牲になった人たちの遺言なのだ。その遺言の下で我々は平和を享受してきた。 しかし、ただ単に享受してきただけではないのか。 その通り。今でも世界の至る所で国際紛争や内戦、テロが起きている。血を流さず金だけしか出さない国が、世界の一流国とはいえないのである。いくら経済大国となっても、自らを防衛できないような国は世界からバカにされてしまう。 前の与党は声高にそう叫んでいた。そして再び大っぴらに戦争ができる国にしようと企てた。戦後大いに経済発展して生活にゆとりができたとき、この国の政治はその余剰分をムダな消費や不正な資産構築のために使い、その挙句借金漬けとなって財政が立ち行かなくなった。100年前なら、それを打破する手段のひとつとして戦争も考えられただろう。 軍事力がなければ一流国ではないのか?軍隊がなければ世界平和に貢献できないのか?最新の兵器がなければ隣国が攻めてくるのか?この国は滅亡して併合されるのか?某元自衛官は真面目な顔で語っていたが、常識的にはとても信じ難い話だ。と、それを平和ボケと言うようだけれども。 そもそも一流国であるとはどういうことなのか?人がそのために命を落とさなければならないのなら、一流国になどならなくても良い。軍事力だけが問題の解決手段ではないはずだ。昔、「ペンは剣よりも強し」という言葉を習った。笑うな。言論の力は経済力・技術力と並んで、平和に貢献する力となるはずだ。軍事力がなくても、堂々と世界平和に寄与奉仕できるはずだ。 平和を享受して得た豊かさを、この国はどうしてそのように使ってこなかったのだろう。どうして、もっと率先して戦争の悲惨を伝え、平和の大切さを伝え広める努力をしてこなかったのだろう。平和ボケと国民をバカにする前に、アメリカの顔色ばかり窺って最も平和を享受してきたのは政治家や官僚たちではないか。この国をアメリカの属国のようにしたのは彼らではないのか。残念ながら政権交代してもその風向きはなかなか定まらないようだ。 今年も開戦記念日がきた。私も戦争を知らない子供たちの一人である。そんな自分が、このことに思いを巡らせると、たちまち頭が混乱してくる。これはいつものこと。しかし、たとえまとまりがつかなくなっても、折に触れて戦争について考えてみること。遺言を背負った国の民として、怠ってはいけないと強く思うのである。 今日もまた取りとめのない記事になってしまった・・・ |
(2009/12/08)
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※[戦争]関連記事
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| ここに1枚の写真がある。ご存知の方もおられよう。初めて見たという人は、何も言わず、じっくり見ていただきたい。この写真の撮影者である故ジョー=オダネル氏がこんなコメントを残している。 |
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| 佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。すると白いマスクをかけた男達が目に入りました。男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をしていました。荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の中に次々と入れていたのです。 10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。しかも裸足です。 少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。 |
| 少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。この時私は、背中の幼子が既に死んでいる事に初めて気付いたのです。男達は幼子の手と足を持つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。 まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。その時です、炎を食い入るように見つめる少年の唇に血がにじんでいるのに気が付いたのは。少年があまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を去っていきました。 (インタビュー・文:上田勢子)「写真が語る20世紀:目撃者」(1999年・朝日新聞社)より抜粋 |
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| この写真は原爆投下直後の長崎の様子として、9日にメディアをにぎわすことが多い。しかし、故オダネル氏がアメリカ海兵隊の従軍カメラマンとして来日したのは、その年の9月というから、被爆からひと月余り後の様子を示したものである。恐らく、長崎・広島に限らず、空前の大空襲に見舞われた東京・大阪・横浜その他の都市でも似たような光景が見られたことだろう。 涙を流すのはごく自然な反応である。しかし、単に悲惨さに心を動かされているだけではいけない。冷静になって欲しい。われわれに求められているのは、なぜ、こんな不条理なことが行われたかを考え、学び、未来に活かすことだ。 もう高齢となり、数少なくなりつつある戦争体験者の証言を残すプロジェクトが、NHKで続けられている。このような生の声を聞くことは、日本ではほとんど行われてこなかった。みんな語ろうとしなかったからである。そのため、近ごろは誤った戦争観が正当化され当然のように広く流布される。戦争を知らない世代には再軍備や核保有を声高に主張する哀れな者すら目立つようになった。 なぜ、みんな声をつぐんで語らなかったのだろう。その疑問に対する貴重な証言が聞かれた。みんな思い出したくなかったのである。体験者の中には今でもその当時の夢をみることがあるという。また、自分だけが生き残ってしまった後ろめたさを感じながら生きてきたという。体験者でなければわからない、われわれの想像を超える感覚である。 しかし、人生の終わりにこれだけは伝え残さなければならないと、重い口を開き始めた。彼らを責めてはいけない。それは真実の声だ。しっかりと耳を傾けなければいけない。そして、今自分が生きているのは、そういう事実の上に立っていることを知らなければいけない。 この戦争で死んだ人が本当にお国の為に立ったのだろうかと疑問を投げかけておきながら、ムダな死ではなかったと思わなければいたたまれないというその証言は、すべての戦争体験者の共通の思いのように感じられる。戦争を正当化する族は、その感情を逆手にとって自らの主張の宣伝に利用してきた。しかし、真実は異なる。その死がムダであったことはみんなわかっているのだ。その無念さをしっかりと受け止めなければ、われわれは未来に責任を持つことができない。 自由と個人の権利が保障されている平和な世の中だ。その日に恋愛ドラマやお笑い番組を楽しんでいるのも良かろう。ゲームに興じているのも悪いとは言わない。しかし、その平和がどんな犠牲のもとに生まれたのかを知らなければ、快楽を享受する資格はないと敢えて言おう。 なぜ、こんなバカげた戦争を始めてしまったのか。政治・経済・国際情勢・無知・無能・貧困・欲望・先入観・・・様々な観点で論ずることができる。ただし、二度と戦争はしないという意志が大前提である。その前提をもとに各々が考えなければならない、多分われわれ日本に生きる者にとって最も重要なテーマである。 毎年、同じ日に同じことを考える。笑ってはいけない。それが記念日というものだ。 |
(2009/08/15)
| ※この写真とコメントは、他のサイトからコピーして保存しておいたものを使用しました。著作権の所在が不明ですが、その内容からむしろ積極的に引用して広く世に知らしめるのが所有者の意思に近いと判断して掲載しました。 |
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| 今日は広島原爆投下の日。時が経ち、世代が移り変わっても、決して忘れてはならない日の一つである。 中継で放送される記念式典の様子を見て、いつも気持ちを新たにする一方、世界情勢を鑑みれば平和を祈る声の無力さを感じずにはいられないのが例年のことである。ところが、今年はアメリカのオバーマ大統領が核廃絶を唱えたこともあって、少しは雰囲気が変わらないかと期待したくなる。 |
| しかし、現実には、アメリカの大多数の国民が原爆投下を正しかったと主張していることに変わりはない。また、日本がいくら被爆国として核廃絶を叫んでも、彼らは必ず真珠湾のことを持ち出して、原爆投下を正当化してしまう。まして、最近は日本国内でも、先の戦争を正当化する輩が目立つようになり、国の防衛のためには核武装すべきと臆面もなく答える国会議員もいるくらいだ。 本当に正当ならば、力など使わず泰然自若としているものだ。正当でない者ほど、ムリな力を行使した後であれやこれやと正当化に走る。 政治が清く正しく美しいなんて嘘だ。権力は過去のいかなる過ちも正当化し非難を排除する。アメリカの原爆然り、日本の南京大虐殺然り、イスラエルのガザ侵攻然り、中国の天安門事件然り、そんなもの歴史を紐解けばいくらでも出てくる。こういう話は、すぐ過ちの規模とか死傷者の数とか、果てはそんなことはなかったとまで論じて、うやむやにしようとする。しかし、人間として本当に大切なことは、その事実から目をそむけない勇気と、二度と同じ過ちを繰り返さないという強い心なのだ。 折しも、式典が行われている同じ広島で、元自衛官の某とやらが日本再軍備と核配備を訴える講演に大勢の人を集めているとも聞く。戦争を知らず考えず無関心な若者が増えている昨今、いずれ、そうなる日が来るのかもしれない。私も戦争の愚かさを語り継いでいきたいと思うが、これから何十年かの後、愚かにしてそんな日が来るのなら、自ら選択した道だ。勝手に苦しみ、互いに傷つけあい、滅んでしまえばよい。好きにしたまえ。 なぜ核を持つのかというと、かつての冷戦時代なら相手が持つから対抗して持つのだというのが論拠だった。国と国とがこうして抑止力としての核武装競争に血道をあげた。その最も急先鋒のアメリカが核廃絶を言い出した。といっても、今の世界情勢を考えれば驚くほどのことでもない。今は国でなく、テロ集団という非合法組織が核を扱おうとする時代だ。彼らから核攻撃を受けた場合、報復対象が見えないから核の使いようがない。 保有核を管理するためにはコストが掛かる。この不景気なときに、抑止力どころか何の役にも立っていないものを、後生大事に抱えている愚かさに気付いたわけである。自分だけ核をやめるのはもちろん危険だから、みんな一緒にやめようと言いだしただけのことだ。だからといって、軍事力まで削減しようとしているわけではない。 世界一の強大国アメリカが世界の平和維持に貢献しようとすることに異存はない。しかし、彼らは常に力をもって秩序を整えようとする。確かに20世紀には通用したが、これは果たして普遍性のあるやり方なのだろうか?なぜ、力を使わずにすむ方法がとれないのだろうか。とれないのではなく、とらないのだ。 彼らにとっては、アメリカこそが世界である。そのアメリカが攻撃されることは世界の危機を意味する。だから本土防衛のためにひたすら軍事力を強化する。だからこそ、実際に攻撃を受けた真珠湾がいつまでも忘れられない屈辱なのであり、9.11がショックなのだ。戦争による焦土を実際に経験した国からは異常なほどに見えてしまう。裏返せば、アメリカは世界一臆病な国なのかもしれない。 しかし、彼らが本当に正当であるなら、力で抑え込むのでなく、力を根本から無力化する考え方ができないものかと思う。いや、未だに銃社会で、正当防衛なら人も殺せる彼らにそれを望むのは、土台無理な話なのだけれども、中には素晴らしい発想をする人もいるのだ。 例えば、私の大好きなスタートレックというSFの中に、こんなエピソードがある。 地球を中心とする宇宙連合軍とクリンゴンという好戦的な勢力とが、銀河宇宙の覇権争いをしているという設定だ。あるとき、オーガニアという辺境の星の住人に、地球陣営に入るように主人公ジム=カークとミスタースポックが説得に出向く。時を同じくしてクリンゴンからもオーガニアを力づくで取り込もうとする部隊がやってくる。両者は、オーガニア人の前で互いに言い争いを始め、ついに武力衝突となる。この状況に怒ったオーガニア人が超能力を使って、すべての武器を使えなくしてしまう。結局、争うことが無意味になってしまい、宇宙連合とクリンゴンは無期限の停戦条約を交わすことになる。これがオーガニア条約というものだ。 作られたのが冷戦時代だから、そのイメージがあるのは否めないけれども、そういう発想をするアメリカ人がいることが面白い。ただし、これを見たアメリカ人は自らを英雄カーク船長になぞらえても、オーガニア人になろうとはしない。他の国のファンも同じ。オーガニア人とは神仏であって、現実の人間としてのアイデンティティーはないのだ。しかし、もし、このエピソードから、あらゆる武器を無力化する研究をするとか、怨恨や憎悪をなくす機械を開発するとか、発想を発展させる天才が現れたら、人類は本当に新しい種に生まれ変われるかもしれないのに。 60年ほど前、あるアメリカ人がこれと似たアイディアで、日本を実験台にしようと試みた。戦争と武力を放棄するという画期的な憲法を作るよう指示し、まさに日本という国がオーガニアになるタネが蒔かれたのだ。もし、このタネを大切に育てていたならば、日本という国はもっと国際的に発言力のある強い国になれただろう。たとえこの国が過去に犯した過ちや罪をしつこく指摘されても、核廃絶はもちろんのこと、テロ撲滅や侵略反対の声に多くの国が積極的に耳を傾けただろう。が、この国の為政者は意図的にこの宝石のようなタネを腐らせ、今や捨て去ろうとさえしている。 人類の新しい種になるというその栄誉をアメリカ人が担うことになっても構わない。世界から核の脅威が消え去り、戦争や虐待、貧困がなくなるなら、どの国がオーガニアになっても良いと思う。 |
(2009/08/06)
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| 例えば、終戦や原爆の日に戦争の話を家族ですることはあっても、憲法について語り合うことはそう多くあるまい。なにしろゴールデンウィークの真っ只中だ。辛気臭い話で愉しい行楽気分を台無しにする殊勝な家族もあるまい。 しかし、あえて憲法について話をしたい。最初に申し上げておくが、私は現行憲法の改正を支持している。しかし、基本的には護憲の立場である。 憲法については、例えば、これはアメリカに押しつけられた憲法だとか、こんな非現実的な憲法はないのだとか、神学論争ばかりやっても意味がないとか、とにかく、憲法そのものよりも、憲法にまつわる話の方が多い。その多くは現行憲法を否定する考え方なので、憲法の中身など、はなから議論の対象にはしない。 日本国憲法。これをきちんと読んだことがあるだろうか。余計な先入観なしで一度じっくりと全文を読んでみて欲しい。そこには、至極当たり前のことが書かれてある。いや、失礼。あなたにとっては違うかもしれないが、私には当たり前のように読める。 街頭インタビューで、これは理想を述べたものであって、現実には不可能だから守らなくても良いのだと言う人がいた。こんな憲法など自分は認めていないから守らなくても良いのだと真面目に語る人もいた。私が子供の頃には信じられない光景だ。それだけ人々の憲法に対する考え方が変わってきている。 時代が変わり社会環境が変われば人の考え方も変わる。それは仕方がない。しかし、気になるのはその論法である。理想だから守れない、守れないから守らなくても良いというのが正しいとは思えない。わが国は法治国家である。 理想というのは、目指すべき国の姿だ。守れないなら、どうすれば守れるかを考え、現状を改善する努力が国民の義務になってくる。守れないから変えてしまえというのは、初めからその気がないと言っているのと同じではないか。 憲法を巡るこの国の戦後を振り返ると、果たして、憲法を拡大解釈した政治を繰り広げてきた。例えば最もよく話題になる9条。施行3年後にできた警察予備隊が今ではまさに軍隊となり、このままでは明らかな憲法違反なので、憲法の方を変えて普通の国になり下がろうという声になった。早い話が、違法となる状況を作り出して既成事実化し、これでは法律が守れないから法律を変えろという手法を常に繰り返してきたのである。 この憲法の1〜3章で重要な3つの柱を規定している。すなわち、主権在民、戦争放棄、基本的人権尊重である。条文を一つひとつ読んでいくと、実は戦争放棄だけでなく、基本的人権についても、本当に守られているのか疑問に思えてくるものがいくつも出てくる。上と同じ手法で改正の話が出てくるのかと思うと気味が悪くなる。 私はこの3本柱をいじってしまったら、この憲法の価値はなくなると思っている。しかし、4章以降の手続きに関する部分は大いに議論すべき問題があるのではないか。そういう憲法の中身について、もっと自由に活発に議論ができないものかといつも思う。 ところが、掲示板などで少しでも護憲の立場を取ると、反日売国奴であるとか、左翼の手先などとヒステリックな非難の的にさらされる。こんな社会的影響力も何もない人間を攻撃したところでムダな話なのだけれども。それが本気なら、畏れ多くも天皇陛下を批判しているのと同じことに気付かないのだろうか。さまざまな報道を見る限り、今の天皇ほど現行憲法を尊重している人はいないと思う。 困ったことに、改憲すべき部分ありと口にすると、今度は憲法改悪、戦前回帰の危険思想と、これまたヒステリックに非難する輩がいる。どうしてこう日本人というのは、○か×かという二者択一の考え方になってしまうのか。自分で考えず、与えられた選択肢の中で適当にフラフラしている。このことが一番恐ろしい。 とまれ、憲法記念日ぐらいは、あるいは年に一度くらいは、この国の憲法を読んでみてはどうだろう。そして、簡単に結論を出す前に、どんな国になりたいのかを自分で考えてみよう。それが出発点だ。 |
(2009/05/03)
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| そこには大きなビルが建って、昔の面影など影も形もなくなってしまった。かつてそこに古い大きな木造の家があったことを、道行く人はだれも知るまい。しかし、目を閉じれば今でも壁の染み、柱のキズまで鮮やかに蘇える。世の無常なるは詮無いこととて、哀しいとは思わない。私の記憶の中でそこは永遠不変の時空間なのだ。 竹林が見える細長い中庭に向かって祖父の製図机があり、丁度その真下に防空壕が掘られていた。興味本位に二度三度中に入ったことがあるが、昼間でも真っ暗で何にも見えなかった。冬の暖を取るための練炭や炭が置かれていたようだが、とても長居したくなるような場所ではなかった。 そのとき父は長崎の造船所にいたし、幼い叔父・叔母は疎開していたわけで、祖父と共に残った数人が暗い中で爆音を聞いていたのだろう。東京への空爆はすでに前の年の11月から数え切れないほど繰り返されていたので、その日もいつものように空襲警報が鳴り、人々もいつものように防空壕に隠れて息をつめていた。 しかし、その夜はかなり様子が違っていた。10日に日が替わる頃、不気味な轟音と共にB29の編隊が近づいてきて、東京の下町を中心に無差別爆撃を行ったのである。いつもより低空からの爆撃は狙いを外さずに次々と建物を破壊し、浅く掘っただけの防空壕ではひとたまりもなかった。乾燥した木造家屋は紙くずのようによく燃えて、辺りはまさに火の海となって多くの人の命を奪ったのだ。 強い北風が吹いていて、風上に当たる新宿など山の手は戦火を免れたところが多かったという。爆音を遠くに聞いていた祖父は、どんな気持ちでこの夜を過ごしたのだろう。その祖父も亡くなって20年以上経つ。本当にその経験をした人がどんどんいなくなっていく。すべての人にとってその記憶はバーチャルな世界の話でしかなくなっていく。 これがどんなに凄まじい出来事だったかは、10万を超える死者・行方不明の数が、あの広島・長崎の原爆に比肩することからも察することができる。が、歴史は恣意的に曲げられるもの。無関心な若者が国民の大多数になれば、いずれそんな昔の事は忘れられ、だれ一人振り返らなくなる。それが証拠に、今日の話題は、バブル後の株最安値、政治家の企業献金疑惑、そして野球世界大会。 今は、平和を口にする人は、反動的左翼扱いされるのだという。戦争のできる軍事力を持たなければ世界の一流国とは言えず、過去の日本に何の過誤もなく、敗戦を語るのは自虐史観に凝り固まった非愛国者なのだそうだ。 しかし、あの防空壕ですくんでいた人々にとって、イデオロギーなんて何の意味があったろう。それとも爆音が響く暗闇の中で絶望的な日本軍の反撃を祈ったのだろうか。いや違う。父や祖父の言葉に、戦争だけは理屈抜きで嫌だという気持ちを強く感じたものだ。 世界的な経済不況の真っ只中にいる。かつて似たような情勢の中、主要国は保護主義に突っ走り、利益確保のために戦争を仕掛け、経済復興の代償として多くの血を流した。それと同じことが起こらないとだれが保証できよう。 そんな思いでしたためてみたが、だれも読むことはあるまい、こんな実感のないつまらん記事。 それでもこれは伝えていくべき事なのだ。時流を変える力など何もないけれど、心あれば、せめて、両親や祖父母の記憶を語り継ぐべきなのだと思う。 |
(2009/03/09)
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