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| 日常生活の中で、気付いたこと、感じたことを気ままに書きなぐっています。時事や世相、新聞などで気になることもつらつらと。
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| 福島第一原発。タンクの配管から、高濃度のストロンチウムを含む汚染水が漏れて80リットルが海に流出している。 3月26日NHKニュース |
| 福島第一原発2号機。内視鏡で2回目の格納容器内調査で、容器の底から60センチしか水がたまっていないことを確認した。では、今まで注いでいた汚染水は何処へ行ったのだろう? 3月27日NHKニュース |
| ソウルで開かれている第二回核安全保障サミットで、泥鰌首相は、東電福島第一原発事故について声明。「収束作業は予想を超えた高放射線量や時間との闘いだった」と語る。やっぱりもう過去のことと解釈しているんだ。 3月27日東京新聞 |
| ASR社がGoogleEarthを使って作成した、流出放射能の海洋拡散シミュレーション。これ見てヤバイと思わない人は神経が麻痺している。 ASRlimited |
| 一進一退の「今」はまだ続いている。なんか、みんな呑気だよな・・・ (2012/03/27) |
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| あの日、都心で帰宅困難者になった人たちは、ツイッターで情報を共有したという。不特定多数の情報源であることにいささか躊躇して、今まで手を出さなかったけれど、あれから1周年経ったところで試しにログインしてみた。 なるほど、それはテレビや新聞などおもてのメディアとは違う風景の世界である。もちろん、デマゴーグやアジテートの類いもあるだろう。が、そこにはメディアが取り上げようとしない裏の情報が流れてくるのが興味深い。 例えば、被災地のガレキを他の自治体で受入れ処理する件は報道でもよく取り上げられている。世間の関心も高い。ところが、そのガレキに放射能があった場合の拡散を心配して断る自治体が多いと報道され、コメンテーターが風評被害とか、断る自治体は自己チューだなどとコメントして、思いやりがないと決め付ける。メディアがそう報道すれば普通のおとなしい国民はそれを信じて疑わない。 しかし、ツイッターの世界ではまるで異なる情報が流れている。つまり、ガレキ処理は仕事を生むものであり、復興の一つの材料になるもので、被災現地は自ら処理したいと考えるところが多い。ただ、その金が政府から出ない(あるいは出さないのか)・・・なぜなら、そこにはおもてには出てこない大きな利権争いがあるというわけだ。・・・全くもってありそうな話だ。 もう配信は終わってしまったけれど、本日国会議事堂を取り囲む大勢の老若男女が集まって、脱原発のデモが行われた。ツイッターで知って覗いてみると、ごく平和的な行進ではあるが訴える声には迫力が感じられた。 こんな活動がなされたことも報道には流れない。流れないどころか、デモと言えば昔の暴力的な記憶をつきまとわせたままで、マイナスイメージを払拭しようとしない。あるいは、そのように操作しているのだろう。だが、国民はもう国やメディアや財界など嘘ばかりついている権威たちを信用できなくなっている。既得権者たちの思い通りにさせていたら、本当にこの国は滅んでしまうのではないか? ツイッターの普及率はまだ15%そこそこだという。そんな程度で大きな力にはならないだろう。しかし、規制された既成のメディアでは得られない生の情報がそこにはある。使い方さえ間違わなければ、かなり役に立つ媒体であると感じる。 ああ、それから、昨日は東京大空襲の記念日だった。それがこの日のことで人々の記憶から消し去られるのが、なんとも歯がゆい。そのことだけ付け加えておきたい。 (2012/03/11) |
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| 先週のこと、もう大変だから処分したいと言っていた母が、珍しくたまには飾ってやろうと、納戸の奥にしまっておいた飾り雛を三年ぶりに並べた。確か、前回もそうだったけれど、段に並べたは良いが、官女や五人囃子の持ち物がなかったりわからなくて往生していた。 それでもなんとか飾り終わると、ホッとしたのかニッコリ笑って甘酒を作りに行った。この雛は高田馬場にいたころ、妹の節句で購入したもので、プラスチック製の良いものではないと母は言うが、それでもこうして並べてみれば壮観で見入ってしまう。 こうしてただの人形を並べて眺めるだけのことに、何の意味があるのかと思う人もいるだろうけれど、変わり映えのしない日々にこうしたアクセントを入れることの面白さ。 なるほど、バーチャルの世界の溢れるほどの情報量とはかけ離れて、じっと動かない人形を見て、平安の世の春を想像する楽しみか。昔どこかに置き忘れてしまったものを思い出させてくれるのである。 雛段に手持ち無沙汰か囃子方 |
| ◇上巳の節句(じょうしのせっく)_五節句のひとつ。桃の節句。陰暦三月初めの巳の日に当たり、後に三月三日となった。主に女児の祝う節句で、雛祭りをする。宮中では、曲水の宴を張る。(2012/03/03) |
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| 送付物があったので国道沿いのコンビニに寄り、脇の坂を上っていつもの散歩道に出ようと思っていた。用を済ませ、その坂を歩いている最中だ。左のマンションから家族らしき数人が矢庭に出てきて、その内の男性一人が上に向かって「おーい」と叫ぶ。 何事かと見上げると、6階の窓から黒い煙がもうもうと出ている。そう言えば、国道を通り過ぎる車の音にかき消されているが、先刻から警報が鳴り響いている。 隣の民家から若い男性が出てきて、「火事だ火事だ」と言う。聞けば、警報が鳴り出してかなりの時間が過ぎているのに、消防がまだ来ないと顔を引きつらせている。 |
| 「おーい」と先程の男性がもう一度叫んだ。すると、煙の方から小さく女性の声が聞こえたような気がした。まだ人があそこにいるのだろうか。目を凝らすと黒い煙の中に炎が見える。 |
| それからすぐだったと思う。どーんと大きな破裂音がして炎が一気に大きくなった。 |
| ようやくサイレンの音が近づいてきて、最初の消防車と救急車が到着した。ここは危険だから、コンビニの駐車場に下りてくれと言われた。そこに消防本部が設けられ、マンションの住人の避難確認が始められた。 |
| 火の勢いは収まらない。現場階の下の住人だろうか。「早く消せ。下まで燃えちゃう」という声が聞こえた。 消火活動が始まるまでに結構時間が掛かったように感じられた。恐らく、人命救助が最優先なのだろう。女性が一人救急車の方へ抱えられていった。現場から聞こえた声の主はあの人だろうか。 |
| やがて屋上に一人二人と消防士が現れ、大きな梯子車が下に到着した。 放水は意外にあっさりと行われた。すぐに炎は消え、煙が白くなった。多分、もう大丈夫、鎮火するだろう。 |
| 街をほっつき歩けば色々なことに出合う。野次馬を決め込んだ今朝は散歩どころではなかった。気温が比較的高かったとはいえ、すっかり体が冷えてしまった。 だが、火災に遭った人の気持ちはいかばかりだろう。原因は火の不始末?ストーブ?漏電?不審火?南関東の冬は火事が多い。まだまだ乾燥した空気の日が続く。くれぐれも気を付けたい。 朝火事に散歩忘れて野次の顔 |
(2012/02/08)
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| 国学院のキャンパスに沿って万葉の道という植え込みが続いている。それぞれの草木にゆかりのある万葉文が書かれた小さな立て札が添えられており、興味のある人には楽しい散歩道になっている。ここに梧桐(ごとう)という木が植わっている。その脇の看板は次のようだ。 梧桐の日本琴(やまとこと)一面対馬の結石山(ゆいしやま)の孫枝(ひこえ)なり_大伴淡等(巻五・八一六) わかるか?と聞かれたら、わからぬと答えるしかない。悲しいかな、理系の頭にはイメージすら浮かばない。 だが、この木の名前を聞いて、ある俳人を思い出すだろう。その名は河東碧梧桐。高浜虚子と並ぶ、正岡子規の高弟である。季語を入れた五七五という俳句の基本形態を守った虚子に対して、形式にこだわらない自由律(破調)を提唱した最初の人だ。自由律と言えば荻原井泉水や種田山頭火が有名だが、山頭火の後は廃れた。 虚子は大好きだし、山頭火もたまに頁をめくってみることがある。しかし、生憎こういう話はあまり詳しくない素人である。観賞はすれど、それ以上に突っ込むほどのオタクではない。 でも、この木に初めて出合ったとき、そうだったのかと思わず口元が綻んだことが一つ。他の木と比べて確かに幹が薄っすら青く見えるのだ。そう、碧い梧桐で碧梧桐なんだと。 河東碧梧桐には色彩豊かで絵画的な句が多いように思う。子規が褒めたという代表作にはすでに自由律のにおいがする。 赤い椿白い椿と落ちにけり |
| ◇梧桐(アオギリ科)_落葉高木で、暖かい地方に自生する。昔は種子を炒って食用にしたり、戦時中はコーヒーの代用にしたという。青みがある幹に桐に似た葉が付くので青桐の名がある。夏の季語。(2012/02/06) |
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