ヨガ三昧♪幸せ日記。

いらっしゃいませ♪チーズ饅頭と申します。リラックスしていかれませんか?

マントラ

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皆様、こんにちは。


今日はアシュタンガヨガ終わりのマントラについて書いていきます。これは、マンガラ・マントラ(mangala
mantra)とも呼ばれ、始まりのマントラと比べるととても短く、意味も解りやすいものです。ただし、なぜ
マンガラという名前が付いているのかは、私にはあまりよく解りません。


調べてみた限り、Mangalaとは、ヴェーダ聖典に現れる、火星と火曜日、そして戦いを司る神様の名前の
ようです。インドの数秘術(要するに数字占いですね)の神様でもあるようで、数秘術や占星術の中では、
マンガラは強いエネルギーを持ち、創造的、肉体的、そして積極的なパワーを持った神とも言われています。
ですが、彼は攻撃的、破壊的な一面も持っており、彼のエネルギーに影響され過ぎると、人は怒りやすく、
エゴが強くなる傾向もあると考えられているそうです。


これを踏まえた上で、肉体的にハードなアシュタンガヨガの終わりのマントラが、マンガラ・マントラと
呼ばれる理由は、まだなんとなく解るような解らないような感じですが、マントラの中で、強いパワーを
司る神へアシュタンガのプラクティスを捧げ、それが良い方向へ傾くように祈る、というような解釈も
できるような気がします。(もし理由をご存知の方がいらっしゃれば、コメントを頂けると嬉しいです。)


2009年6月追記:この「マンガラ」について、あるサンスクリット学者の方にお尋ねする機会がありました。
すると、実はこれと全く同じスペリング、そして発音である、もう一つの単語 mangala があり、それは
「幸先の良い・縁起の良い」という意味の単語だということを教えて下さいました。ですからマンガラ・
マントラとは、幸運を招くマントラという意味で、火星の神様とは何ら関係が無いそうです。残念です(笑)。


Om                          オーム
svasti prajabhyaha paripala yantam     スヴァスティ プラジャービャハ パリパーラ ヤンターム
nyayena margena mahim mahishaha     ナーイェマ マールゲナ マヒーム マヒーシャハ
go brahmanebhyaha shubham astu nityam  ゴ ブラーマネビャハ シュブハム アストゥ ニティアム
loka samasta sukhino bhavantu       ロカー サマスター スクヒノ バヴァントゥ

Om shanti shanti shanti              オーム シャーンティ シャーンティ シャーンティ


このマントラには、次のような意味があります:

「この世のリーダー達が、法と正義をもって世を治め、何世代にもわたる人類の繁栄を守り続け、そして
世の全ての人に幸と栄えが永遠にあらんことを祈ります。 オーム 平和 平和 平和」


アシュタンガヨガの創始者、パタビ・ジョイス氏の唱えるこのマントラとサンスクリット語での表記、
そして英訳は、こちらのHP真ん中辺りの Closing Prayer をどうぞ。


ブラーマネビャハというのは、直訳すると「バラモン僧と(他の)人々」という意味ですが、現代風に訳される
場合は、「宗教関係者とその他全ての人類」という感じになったり、「宗教関係者」をそのまま飛ばす訳も
沢山あるようなので、私もそこは「世の全ての人」としました。


最後から2行目の「ロカー サマスター スクヒノ バヴァントゥ」は、それだけでもマントラとして唱えられる
ことがあるようで、個人的にはとても気持ちの落ち着く響きだと思います。「世界中に幸せあれ」といった
感じですね。一番最後のシャーンティの部分も、色々なヨガレッスンで盛んに唱えられる短いマントラ
なので、ご存知の方も多いことでしょう。


このマンガラ・マントラは、アシュタンガのクラスで必ず唱えられるというわけでなく、始まりのマントラは
毎回唱える先生でも、終わりは殆ど唱えない、という方もいらっしゃるようです。特にマイソールスタイル
のクラスは、個人のペースで進められるので、最後の10-20分くらいで先に帰ってしまっている生徒が
多い場合もあり、皆で最後にマントラを唱える機会がない、ということもあると思います。ですが、私は、
始まりのマントラよりも終わりのマントラの方がずっと好きです。これほど素敵なメッセージのこもった
マントラを唱えないのは、もったいないような気さえします(笑)。
皆様、こんにちは。


さて、今日はアシュタンガヨガの始めのマントラをご紹介します。私のブログに来て下さる方の中には、
アシュタンガをされている方も、ヨガの指導者の方もかなりいらっしゃいますので、ご存知の方も沢山
おられるでしょうが、私にとっては書きとめておきたい内容ですので、ご了承下さい。


このマントラは、レッスンが始まる前に、クラス全員がそれぞれのマットの上に立ち、合掌をして、大抵
目を瞑った体勢で唱えられます。音程は先生によって少しずつ変わりますが、大抵は3-4音の間を行ったり
来たりします。長調の場合もあれば、短調の場合もありますが、私が個人的に好きな調べは短調です。


Om                        オーム 
vande gurunam caranaravinde      ヴァンデ グルナム チャラナラヴィンデー 
sandarshita svatma sukha va bodhe   サンダールシタ スヴァットマ スクハー ヴァ ボデー
nih sreyase jangalika yamane      ニシレーヤセ ジャンガリカ ヤマーネ
samsara halahala mohasahantyai     サムサーラ ハラハラ モハッシャンティエー

abahu purushakaram            アバフ プルシャカラム
shankacakrasi dharinam          シャンカチャクラスィ ダーリナム
sahasra shirasam svetam         サハスラ シルサム シュヴェータム
pranamami Patanjalim            プラナマミ パタンジャリム
Om                        オーム


サンスクリット語ですので、日本語のカタカナ表記は少し(というよりかなり)無理なところがありますが、
発音は大体こんな感じですね。


オームでサンドウィッチされているこのマントラには、次のような意味があるそうです:

純粋な存在(アトマ)に目覚める喜び(スクハ)を教え、密林(ジャングル)の薬草医のごとく輪廻転生
(サムサーラ)の迷いという毒を消してくださる至高のグルよ、私はその蓮華の御足にひれ伏します。

千の頭(シルサム)を持ち、ほら貝(シャンカ)、火の輪(チャクラ)、そして剣(アスィ)を携え、眩しいほどに
白く光り輝く化身を持つパタンジャリよ、私はあなたの御前にひれ伏し、尊敬の念を捧げます。


さて、解釈です。まず気になるのは「至高のグル」とは誰のことかということでしょう。色々な説が
あるようなのですが、一番有力なのは、「自分のヨガの練習」が「至高のグル」のことだ、という説です。
(なかなか詳しい説明がウェブにも載っていましたので、参考にされたい方は、これをお読み下さい。)
ヨガを通して自身を切磋琢磨し、最後には迷いのない状態で、輪廻転生からをも解き放たれた状態に
してくれるグルとは、実は自分のプラクティスなのだそうです。精神力を高めるか否かは、自分の練習
に忠実か否かに関わってきますので、最終的には自分が自分の指導者になる、という理想を謳った
ものなのでしょう。


後半に出てきますパタンジャリとは、勿論ヨーガ・スートラを編成したと言い伝えられている聖者です。
この方のスートラのお陰で、ヨガ哲学を理解することが可能ですので、彼はヨガの練習を司る神のような
形でこのマントラには現れます。「白く光り輝く姿の化身」とは、聖なる白蛇アナンタのことだそうで、
このアナンタも化身を持っており、それはアディセサと呼ばれます。アディセサは、千の頭を持ち、肩から
下は人の形をし、手には分別を意味する剣、永遠の時を表す光(火)の輪、そして聖なる音を発するほら貝
を持っているとされますので、上のようなマントラになる訳です。(この聖者パタンジャリの出てくる
マントラは、アイアンガーヨガのレッスンでも使われるそうですね♪)


アシュタンガヨガの創始者、パタビ・ジョイス氏の唱えるこのマントラとサンスクリット語での表記、
そして英訳はこちらをどうぞ:http://ashtangayogabend.com/chanting.htm


余談ですが、聖なる白蛇アナンタは、デシカチャー氏の意見では、完璧なるヨガの象徴なのだそうです。
ある神話では、アナンタは海に浮かびながら、ヴィシュヌ神の寝床の役目を果たしています。アナンタの
千の頭は上に伸び、まるでパラソルのような役目を果たし、このパラソルの上に地球は乗っかっている、
と考えられているそうなのです。アナンタの体はヴィシュヌ神のベッドになれるほど柔らかく、快適である
と同時に、その体は地球を支えられるほど頑丈で、力強い。この一見矛盾したような状態は、ヨガで私達
が目指すべきことだ、とデシカチャー氏は書いていらっしゃいます(The Heart of Yoga p. 25)。この理想的
な状態は、ヨーガ・スートラには、sthirasukha (スティラ・スクハ)、つまり緊張・弛緩というコンセプトとして
表れます(2.46)。


とてつもなく長くなってしまいました。今日は色々調べつつこの記事を書きましたので、自分にとっては
かなりの勉強になりました。どなたかのお役に少しでも立てれば宜しいのですが、それはどうかな・・・(笑)
次回はアシュタンガヨガの終わりのマントラについて書いていきます。

マントラの音

皆様、いかがお過ごしでしょうか?


最近、最高に面白い本を2冊も買ってしまい、自分の自由時間は殆どそれを読むことに費やしていた為、
ブログの更新が疎かになってしまいました・・・(笑)。


さて、今日はアシュタンガヨガの始まりのマントラについて書いて行こうと思っていたのですが、その前に、
前回のマントラについての記事に付け加えるべきことがありましたので、それからご紹介します。


殆どの場合マントラには意味がありますし、大まかな意味を知っていたほうが唱える際に心に響くことが
多いようですが、それ以上に、マントラは「唱えること」が大切だという考え方もあるようです。マントラ
の一つ一つの言葉は、偶然の組み合わせではなく、不思議な力を持った音の連なりで、意味を深く考える
よりも、出される音そのものに専念して唱えた方がいい、とされる場合も沢山あるようですね(Teach Yourself
to Meditate p. 81)。


仏教やヒンドゥー教のお経や聖典など、指導者から弟子に直接受け継がれるマントラの場合は、弟子は
意味の解らないまま師匠の言う(或いは謡う)マントラを暗記し、それを一人で言えるようになって初めて、
師匠がその弟子のレベルにあった「解説」を与える、ということもあるそうです。これは、弟子のレベル
によって、何十にも重なった詳しく難しい解説がされる場合もあれば、シンプルに短縮される場合もある
ということです。ですから、同じマントラでさえも、何通りもの違った解釈が可能ということですね。


私はこのことを知ってからは、アシュタンガヨガのレッスンの際に唱えられる始まりと終わりのマントラ
を暗記するまで、意味を調べることをしませんでした。なんとなく、その方がいいのかもしれない、と
思っただけです(笑)。ですが、長いマントラを暗記して意味を知らないまま、大体唱えられるようになると、
「このフレーズはどういう意味なんだろう?」とやはり思ってしまっていました。なぜ東洋には「音を聞いて
暗記し、それを一人で暗唱できるようになって初めて、師匠から意味を知らされる」という慣わしがある
のか、今でも少し不思議なのですが、やはり、それはマントラの「音の響きの大切さ」に重みを置き、音に
集中する為なのでしょう。


「知らないことは、調べればすぐ解る」という、便利ながらとてもせっかちな、情報溢れる時代に生まれ
育った私は、古来から受け継がれてきた「意味は師匠から弟子へ、適切な時期を見計って伝えれる」
というシステムをもどかしく思うのが当たり前なのかもしれません。ですが、「調べればすぐ解るけれど、
知らないままきちんと暗記して、その後意味を噛みしめよう」という姿勢も、根気強さを養うのではないか
と思いました。それに、意味を知った時の解放感は、なかなかいいものでした。ただ、意味が解ってしまうと、
マントラの持つ響きよりも、それぞれの言葉の意味に執着してしまうようになったことも否定できません。
きっとそれ故に「最初に暗記して音を知ること」が大切だとされるのでしょうね・・・


次回からアシュタンガのマントラの意味も含めて書いていきますが、マントラの重要さは「音」そのものに
ある、ということを念頭に置かれながら読んで頂ければ幸いです♪

「マントラ」とは何か

皆様、こんにちは。


今日から何回かに渡って、マントラについて私なりの意見を書いていきたいと思います。先ず今日は、
「マントラ」とは何かということに焦点を当ててみましょう。


サンスクリット語で、Mantra とは、元々「言葉」「文字」という意味の単語なのだそうです。ヴェーダ聖典
が編成されだしたころから、聖典自体も「マントラ」と呼ばれ、その関係で宗教的な意味での讃歌、祭詞、
呪文などを指して「マントラ」と言われるようになったとのこと。これは勿論ヒンドゥー教に大きな影響
を与え、それだけでなくシク教、仏教、そしてジャイナ教にもマントラを唱える習慣は広まりました。
仏教用語では、マントラは「真言」とも呼ばれますね。真言という言葉は、通常仏教経典のこと、つまり
お経のことを指します。密教では特にこの真言が重要視されているのではないでしょうか。

*2009年11月11日追記: man は「思考・マインド」、そして tra は「解放」或いは「保護」という意味も
あるそうです。


マントラにもお経にも色々あり、それぞれ歴史を持っていますが、mantra という単語がよく知られるよう
になった昨今の欧米では、伝統的な意味の他にも「自分にとって意味のある(短い)フレーズ」という様な
意味合いで mantra という単語が使われます。ですから東洋の宗教にこだわらず、人によっては「アーメン」
でもマントラになり得ますし、宗教的意味の無い「ありがとう」、はたまた「大丈夫、大丈夫」でも、自分に
言い聞かせることで特別の意味を持てば、「(自分にとっての)マントラ」と呼べるようです。


近頃、宗教にとらわれない、心を落ち着けるための瞑想法、といった形で Transcendental Meditation と
いう団体が欧米では有名になってきています。言うなれば欧米バージョンの坐禅のようなものでしょうか。
(興味をもたれた方はhttp://www.maharishi.co.jp/tm/をどうぞ。)ここでも「マントラ」は大切なようです。
私は所属していませんが、聞くところによると、この団体では瞑想のレッスンをする際、指導者が生徒一人
一人にふさわしい、個別の「マントラ」を与え、生徒はそれを「自分自身のマントラ(personalized mantra)」
として一生秘密に大切にし、それを瞑想中にひたすら心の中で唱える、という方法で心を落ち着かせるよう
努めるのだとか。


瞑想をする際にマントラを唱える、というのは、さほど珍しいことではありません。瞑想の仕方にも色々
ありますが、ベストセラーの瞑想についての本を書いていらっしゃるオーストラリア人の Eric Harrison 氏
によりますと、世の中には大まかに分けて4タイプの瞑想の方法があり、その一つはアファメーションや
マントラを唱える仕方なのだそうです(Teach Yourself to Meditate p. 28)。アファメーション(affirmation)
とは、マントラのように宗教的な背景のない、自分にとって安らぎのある、または力の湧いてくる響きの
言葉です。ですから、先程挙げました「ありがとう」や、「大丈夫」は、厳密に言えばアファメーション
ということになります。しかし、通常の英語では (perseonalized または personal) mantra と affirmation
は同じような意味で使われます。


私のブログに時々来て下さるぴーちさんが、マントラについてとても興味深い記事を書いていらっしゃいます
ので、トラックバックします。ここをクリックしてお読みください。


それでは次回から具体的なマントラと、それについての私の解釈を交えた記事をお送りしていこうと思い
ます。皆様、良い週末をお過ごしください♪

響く音

皆様、お元気ですか?


昨日はマリエラ先生のクラスでした。(夏の間は、ホレボレするほど背が高くて手足が長くてお美しい
スタイルのミレーナ先生という方が代行としてレッスンをされています。) 


私の通っているスタジオでは、レッスンの始まりと終わりに長いマントラを唱えます。アシュタンガを
している所なら、世界中どこでも唱えられるものなのですが、日本ではどうなのでしょう。下手にマントラ
を唱えると、怪しい宗教なのかと傍から思われるかもしれないという心配から、唱えないスタジオも多く
あるのではないかと思います。このマントラについては、次回から2回ほどにわけて詳しく書いていこうと
思いますが、今回は、それを通して昨日初めて気が付いたことを書きますね。


アシュタンガのマントラは、両手を合わせて合掌をしながら唱えられるのが普通です。私の合掌の仕方は、
まるで仏様を拝むような手の合わせ方で、胸骨の前で両手を少し前斜めに倒し、同時に頭も少し下げる
ような形です。このやり方では、手は胸についていません。ですが、ミレーナ先生は昨日の最後のマントラ
の直前にクラスに向かって「さあ、両手の平をあわせて、親指をしっかり胸につけましょう」と仰ったものです
から、そういうやり方もあるのかと思い、素直に従ってみることにしたのです。


皆様も試されるとお分かりになると思うのですが、親指を根元から先までしっかり胸骨にあてて押さえ
つけると、全ての指をくっつける場合、肘を浮かせなければそのまま指同士をくっつけていることが
できません。しかし、そうすると肘が出っ張って不自然だと私は思ったので、肘は下ろしたまま、両親指
だけを根元から先まで胸骨にしっかり押し付け、親指と人差し指の間は少し離して合掌することにしました。
(鍋つかみのミットのような感じです。)


そのような手の揃え方でマントラを唱えるのは初めてでしたが、自分が言葉を発するたびに、親指と腕の
間に挟まれている胸が、まるで弦楽器のように細かく振動しているのがわかりました。特に「オーム、
シャンティーシャンティーシャンティー(オーム、平安 平安 平安)」と唱えているときは、自分の出し
ている声と周りの人の声が一緒になり、自分の胸の中で共鳴していて、こんなにもビリビリ振動が感じ
られるものなのかと感動し、「私は生きているんだ」という実感さえ湧きました(笑)。


今まで何十回と唱えてきたこのマントラなのですが、今までとは全く違った神聖さを感じ取ることができ、
ミレーナ先生が「親指をしっかりつけましょう」と言って誘導して下さった事を本当に有難く思いました。
音とその波動には目に見えない力があると考えられ、それ故に古代から「マントラ」というものがある、
ということは理屈ではわかっていましたし、マントラが心に染み渡った経験も少しはあったのですが、
「音の波動」というものを身を持って経験したのは、初めてでした♪ありがたや〜ありがたや〜・・・

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