ヨガ三昧♪幸せ日記。

いらっしゃいませ♪チーズ饅頭と申します。リラックスしていかれませんか?

ワークショップ体験談

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

皆様、いかがお過ごしですか?

昨日、アシュタンガヨガ創始者でいらっしゃる、Kパタビ・ジョイス氏がお亡くなりになったそうですね。
享年94歳で、とても充実した人生をお送りになった方のようですから、きっと安らかな気持ちで息を引き
とられらたことと思います。私は勿論お会いしたことはありませんが、やはりアシュタンガヨガにはいつも
お世話になっていますので、なんとなく寂しく感じます。ご冥福をお祈り致します。


さて、今日は前回に引き続き、リーマ・ダッタ先生のワークショップについて書いていきます。

先生はアシュタンガヨガも教えられるのですが、このワークショップではあえてそのシークエンスから離れ、
他のシークエンスを教えて下さいました。その中でも「シヴァ・ナマスカー・シークエンス(Shiva namaskar
sequence)」と、「レディ・ニグマのシークエンス(Lady Niguma's sequence)」をある程度簡略化したものは、
アシュタンガのプライマリーよりも力強さや柔軟性が必要なアサナも多く、新鮮でとても勉強になりました。

アサナはさておき、このワークショップで私が一番楽しんだのは、瞑想の時間でした。と申しますのも、
リーマ先生の瞑想の導き方は、私が今までに経験したことのないやり方だったからです。そのやり方とは、
こんな感じでした:

まず、背筋をのばして楽な座位をとって目を閉じ、鼻の頭か胸の真ん中に意識を集中しながら呼吸を感じて、
しばらく心を落ち着けます(この時の呼吸は、比較的静かなウジャイでした)。そして次に、自分が理想とする
「完璧な存在」を思い浮かべます。この「完璧な存在」とは、自分にとっての完璧さを兼ね備えている人や物で、
それは例えば神仏でも、歴史上の偉人でも、親族でも、遠い未来の自分でも、美しい風景や花一輪でも
構わない、ということでした。ですが、擬人化が可能なイメージを思い浮かべた方が、これから後の瞑想が
しやすくなります。

その思い浮かべた人物に心の中で挨拶し、「私の前にどうぞ来てお座りください」とお招きします。それから、
喜んで自分の前に座る人物と自分の心臓が、リボンで繋がっているイメージをします。このリボンは自分が
息を吸うときに、相手のエネルギーを自分に移し、自分が息を吐く時には、相手に自分のエネルギーを送り
込む手助けをしてくれるものです。まるで綱引きのように、自分と相手のエネルギーを交互に交換する、
というイメージをしばらくした後は、感謝の気持ちを捧げながら、その後の瞑想をその人物に捧げます。

この瞑想への取り組み方は、とても面白いです。第一に、「さて、誰をお招きしよう?」と考えだす時点で、
「自分にとっての完璧さとは何か?」ということを深く考えるようになりますから。それは自分が大切に
思っている人間としての性質を見極めることにもなります。そして、最終的にその人物と心のエネルギーを
交換するイメージをすることで、こんなにちっぽけな自分でも、この偉大な人の一部になり、この偉大な
人も、私の一部を持っている、と認識できるのです。その後の瞑想は、今までに私がしたどの瞑想よりも、
具体的な感謝の気持ちと温かさ、そして柔らかい光に溢れたものになったような気がしました。

アサナをしている時も、リーマ先生は「瞑想の時にお招きした人に向けて、感謝のエネルギーを送りましょう。
肉体的にできないアサナで四苦八苦していても、感謝の気持ちを送ることができれば、あなたは立派にヨガを
していますよ。」と仰るんです。前回も書きましたが、リーマ先生の口癖は「ヨガは自分の為にするのでは
なく、世の為人の為にするものです」なのですが、こういう風に「自分」のアサナに一生懸命になっている時
こそ、感謝のエネルギーを周りに向けることを忘れないようにしていると、常日頃から温かい思いやりの
ある行動を、世の為人の為に送り出すことができるようになるのだろうな・・・と感じた瞬間でした。

さあ、次回はリーマ先生による「アーユルヴェーダ料理教室」のレポートです♪
皆様、こんにちは。

先週末は、ワークショップに行って参りました。ゲストの先生は、インドとアメリカを行き来していらっしゃる、
とてもお美しくて年齢不詳な、リーマ・ダッタさんという女性でした。彼女は正に才色兼備で、色々なことを
手がけていらっしゃるのですが、その中でもご自分で発足されたという、The Usha Yoga Foundationという
団体の存在には頭が下がりました。これは、貧困な地域(主にインド、アフリカ、そして中南米)にヨガを(勿論
無料で)広める団体です。昨今では、ヨガは中流から上流階級の人々の趣味のような感覚で広まっている
けれども、本当にヨガが必要なのは、とてつもなく貧乏な暮らしや、治安の問題に頭を抱えている地域に
住む人々であり、彼らの心を穏やかに、豊かにする手助けをできる方法の一つは、ヨガを広めることである、
という考え方から成り立っているそうです。

この素晴らしい活動を始められたリーマ先生が、ワークショップで仰ったことのいくつかをご紹介します:

「ヨガは、自分の為にするんじゃない、ということをいつも考えていましょう。ヨガをすることで体を鍛えたり、
外見をよくしたり、ということもできます。でも最終的には、自分の中にある大きな愛に気付いて、その大きな
愛の偉大な力を他の人々と分かち合うのが、ヨガの役目なのです。自分の中にある大きな光は、他の人の
中にある大きな光と繋がるんです。繋げるのは難しいかもしれない。でも努力することで、だんだん世界に
穏やかさが生まれてきます。それを忘れないで下さい。」(これはカルマヨガの教えとも繋がっていそうですね。)

「私は、先祖代々ヨガをする家系に育ちました。私の祖父は85歳ですが、とても健康でまだ活発にヨガを
教えていますし、母もヨガ指導者です。祖母は私に小さい頃からアーユルヴェーダの食事療法を教えてくれて
いました。他にも沢山家族にヨギがいますが、面白いことに、皆全く違ったタイプのヨガをするんです。
祖父の教えるヨガは、母のヨガとは違いますし、私のするヨガも全く違います。でもそれがヨガの素晴らしさ
ではないでしょうか。個人個人にあったプラクティスを自分で作れるんですから。例えば皆さんが慣れて
いるのは、アシュタンガでしょう。このようなシークエンスを学ぶのは、本当に有難いですし、このシークエンスを
広めてくださった大先生方には、感謝の念を持つべきです。ですが、頭に置いておいて頂きたいのは、それは
他人が作ったシークエンスだということ。あなたの為のものではないのです。誰よりも自分の心や体を知って
いるのは、自分自身。あなたにピッタリなヨガのプラクティスは、あなたにしか作れません。他人が作った
シークエンスを大事にするのはいいけれど、自分の体のメッセージを聞かずに、この順序でしなければ!と
考えるのは、自分の精神を疎かにしている証拠ですよ。」

「先生を大事にする、というのも、似たような感覚ですね。時々先生を、神のように崇拝するような態度を
取る人がいますが、それはとても危険です。勿論先生という存在は有難いですし、尊敬に値する人も多く
います。でも先生を敬うがあまり、自分の全てをさらけだしてしまうと、自分を見失ってしまう事があります。
さっきも言いましたが、自分のことを一番よくわかるのは、自分自身。あなたにしかない特別な個性を大切に
してくださいね。先生の仰ったことで、自分に合わないものは今しなくていいんです。もしかしたら2年後に
しっくりくるかもしれないし、一生しっくりこないかもしれない。何が自分の個性を伸ばしてくれるか、自分と
ゆっくり相談しながら人生を歩んでいいんです。」

他にも色々ありましたが、この3つはとても心に残りました。自分にしかない個性を大切にする、ということと、
他人の内面にある大きな光と繋がるよう努力する、というのは、一見矛盾して聞こえますが、それは実は
梵我一如」と同じようなことなのだろうと個人的には解釈しました。

とても素敵な、本当の意味でのヨギーニにお目にかかることが出来て、とても有難かったです。まだまだ
書きたいことがあるのですが、それはまた次回にします。お楽しみに・・・♪
皆様、こんにちは♪

少し日にちが経ってしまっていますが、2月14−15日は、待ちに待ったブライアン・クーパー先生のワーク
ショップでしたので、その感想を書きたいと思います。ブライアン先生の本については、こちらこちら
書いていますが、とても勉強になる一冊ですので、先生はどんな方だろう、と興味津々で私は出かけました。

ブライアン先生は、これまで私が習ったどの先生とも違った考えをお持ちの方で、個人的には少々戸惑う
ことがありました。例えば、ブライアン先生のご意見では、カウンターポーズは必ずしも必要ではない、と
いうこと。彼が仰るには、もともと充分気をつけてアサナをしていれば、カウンターポーズをしなくても、人間
の体はそれくらいの刺激には耐えられる、ということでした(もし体が必要としている、と自分が感じれば
やってもいい、とのことです)。彼は生物物理学の博士号をお持ちですので、おそらく科学的根拠のある
ご意見なのだと思いますが、これにはびっくりしました。それから先生は、ヨガレッスン最後に必ずと言って
良い程行われるシャヴァサナも、それほど必要ではないというご意見をお持ちで、それにはワークショップ
会場全体が困惑してしまったようでした。

個人的には、シャヴァサナは激しいアサナのシークエンスをした後はとても心地よいので、私は大好きですし、
特にアシュタンガヨガのレッスンの後には、シャヴァサナの時間を取った方が良いと考えています。ですが
例えば、比較的緩やかなアサナをした後のシャヴァサナは絶対に必要かと問われれば、きっとそんなことは
ない、と思うのです。体を酷使していないと自分で感じるレッスンの後は、シャヴァサナの代わりに、蓮華座
や半蓮華座で静かに2−3分座っているだけで充分だと思います(ブライアン先生も実際そうされていました)。
ですから、ブライアン先生のご意見は「ヨガの先生」としては珍しいものですが、私個人の経験を踏まえて
考えると、納得できるものでした。

先生のカウンターポーズのご意見につきましては、私は思うことがありました。私は違うワークショップで、
ありとあらゆるバックベンドを1時間半程、休みもカウンターポーズもなしでずっと行ったことがあります。
最初の内は自分の背中が心配で、先生の指示が途切れた時に自分なりのカウンターポーズをしていたの
ですが、その内にカウンターポーズを省くと、次のバックベンドが更に深まることに気がつきました。理論
を考えればそれは当たり前のことですよね。その後、カウンターポーズを全て省いてみたのですが、4つめ
以降のバックベンドのアサナでは、普段の私では信じられない程快適に、楽々ととても深いアサナができて
感動した覚えがあります。この体験を踏まえて、私は自分でも「一つのアサナごとにカウンターポーズを
しない方が都合が良い場合もある」と考えていました。

そんな訳ですので、ブライアン先生のご意見には半分賛成です。ですが、私の個人の考えでは、例えば
バックベンド1時間半のセッション終了時には、きちんとカウンターポーズを2−3分して、体をリセットする
のも大切だと思うのです。でないと、特に激しく動かした筋肉が軽く麻痺状態になっていて、そのセッション
の時は良くても、後々に知らないうちに痛めてしまうかもしれない、と思うからです。まあこの辺は、個人の
意見が分かれるところなのかもしれませんね。

ブライアン先生の技術は相当なものですし、彼はタイマッサージの免許もお持ちの方ですので、色々な立場
からアサナへの取り組み方を教えていただき、とても勉強になるワークショップでした。ですが、少し期待外れ
だったのは、先生のお人柄でした。人見知りされる方、もしくは口数の少ない静かな方なのかもしれませんが、
先生から温かみや人の良さが個人的にはあまり感じられなかったのです。知り合えばきっととても良い方
なのでしょうが、たった2日のワークショップでは笑顔も少なく、近寄りがたい雰囲気を受けたのが残念でした。
ですが、全体的には満足できるワークショップでしたよ♪

ヨガ群集

皆様、こんにちは。

今日はどうでもいい話です(今日も、ですかね 笑)。

私の地域では、イアン先生の幅広い人脈のお陰で、一ヶ月に一度はアシュタンガヨガのゲスト講師が
いらしてワークショップを開かれるため、私は大体一回につき3-4セッション程受けに行きます。普段の
ワークショップの流れは、金曜から日曜まで一日2セッションずつ、という様な感じで、午前と午後の部に
分かれています。受講者はいくつセッションを受けても良く、いつの日のどちらの部だけでも受けていい、
という気楽な仕組みなのですが、午前の部を受ける人の大半は、会場に残って午後の部にも続けて参加
することが多いです。

午前と午後の部の間には、一時間空き時間がありまして、そこはイギリスらしく「ティーブレイク」という
名称がついています。その時間には、主催者であるイアン先生と奥様のご好意で、無料のハーブティや
ちょっとしたビスケット、クッキー等をいただけます。そもそもヨガのワークショップの空き時間ですから、
重めの昼食をお弁当として持ってきて食べる人はいませんが、それでも合計6時間程のワークショップに
参加すると、やはり少しはお腹が空きますので、消化の良い野菜スティックですとか、果物やゼリー等を
ランチとして持参し、それを食べる人もいます。

ある時私は、のんびりとお喋りをしながらハーブティーをいただいていたのですが、ふと会場を見回して、
なんとなく妙な感じを受けました。普通の西洋人の集まり、といった感じではないような気がしたのです。

少し考えてみてようやくわかったのですが、私が何となくどこか違う・・・と思った理由は、彼等の「座り方・
寛ぎ方」にありました。正座や体育座り、そしてあぐらなどに親しみの深いアジア人と違い、「椅子の文化」
で育った欧米人達が、普段床に直に座って寛ぐということは、まずありません。ですがワークショップの
会場には、勿論椅子などは置いてありませんから、皆ヨガマットの上で和やかに談笑したりランチを食べ
たりしています。その上、彼等の内誰一人として壁に寄りかかっていない、ということにも私は気付きました。
床に座ることに慣れていない欧米人が、やむを得なくそうする場合、多くの人々は「壁に寄りかかる」のが
普通なのです。その方が楽ですし、椅子慣れしている欧米人の股関節は柔軟性に欠け、あぐらをかこうにも
膝があまり開けず、バランスがとれない場合が多いからだと思います。

しかしさすがはヨガ慣れした群集!皆平気な顔で、マットの上で蓮華座や半蓮華座、そして正座をして
お喋りをしていたのです。それに、皆の姿勢の良いこと!その格好は「修行」とは程遠い、「慣れた、楽な
座り方」といった感じでした。そんな皆の表情を見て、なんだか感動したのは私だけかもしれませんが、
とても微笑ましく思えたのは事実でした♪ ワークショップではアサナへの取り組み方以外にも、色々と
気付かされることがあります♪

ハスタ・バンダ

皆様、こんにちは。

今日は、前回に付け加える形でギャーナ・ムドラーとチン・ムドラーについて詳しく書こうと思っていた
のですが、あるワークショップで面白いことを学びましたので、それについて短い記事を書くことにします。

そのワークショップは、Liz Lark(リズ・ラーク)先生という、ロンドンにお住まいのアシュタンガヨガの先生に
よって行われました。今日のテーマは、肩関節を開きつつ、手を使ったバランスをしよう!というもので、
アサナとしましては、この記事でご紹介したようなものに取り組んたのですが、その時に先生はしきりに
「ハスタ・バンダ」という言い回しをお使いになったのです。

「バンダ」は、この記事でも少し触れましたが、皆様ご存知のように、呼吸をすることによって得られた
エネルギーが外に漏れないように締める、体の「ロック・締め口」のことですね。ハタヨガではそうでも
ないようですが、アシュタンガヨガでは特に、肛門と恥骨の間にあるとされるムラ・バンダ(Mula bhanda)と、
日本語で言います「丹田」と同じ位置にあるウディヤーナ・バンダ(Uddiyana bhanda)、そして喉の辺りに
あるジャーランダラ・バンダ(Jalandara bhanda)を重要視します。ですが、「ハスタ・バンダ」というものは、
私は今まで聞いたことがありませんでした。

「ハスタ(Hasta)」は、サンスクリット語で「手」を意味しますので、ハスタ・バンダは、手にある、エネルギー
をロックするところと解釈できます。リズ先生はあまり詳しく説明されなかったのですが、きっと彼女は
手で床やマットをしっかり掴むことを「ハスタ・バンダを意識して!」と言われていたのでしょう。手を使った
バランスのアサナをするには、手の平がきちんと床についている事、そして指一本一本がまるで鳥の足の
様に、しっかりと広げてある事が大切です。その際、手の平に吸盤のようなものがついているのをイメージ
して、それを「ハスタ・バンダ」と考え、エネルギーを集中すると、心なしか、いつもより楽にバランスが
取れるような気がしました。

ハスタ・バンダという言葉は、ネットで検索してもなかなか出てきませんので、あまり良く知られたバンダ
ではないのかもしれませんが、手や腕の筋力を使うアサナをする際には、かなり有効なイメージでした。
皆様も、もしよろしければお試し下さい♪

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
チーズ饅頭
チーズ饅頭
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
検索 検索

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事