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1883年日本人の朝鮮への移住が始まり、1884年清が地界(境界)を万国公園として階段を設けた。向かって左の区域には、中華料理屋がいたるところにあり、当時は中華街を形成していた。一時は、その面影も薄れてきていたが、再び、中華街を創ろうということで、町に変化が見出される。向かって右側は日本人町。現在は日本人はほぼ住んでいないと見られるが、当時は日本人が多く住んでおり、木造住宅やレンガ造の建物が今も保存されている。当時、掘った井戸や遊郭があった場所の目印が各所に見え隠れする。しかし、灯篭はいかにも後付という感じで、違和感がある。 |
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