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寅二の小部屋
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正法眼蔵第四十四

仏道

仏道ってさー…なんつうかこう、まあいわば師匠から「後継者」として認められた者だけに伝えられる一子相伝的な、そんなありかたが厳然たる伝統なワケね。それを、今どきのものわかりの悪い奴ら(特に智聡とかいうクソガキ(笑)ウケる〜)が、○○宗、とか○○宗とか、勝手に、俺ら当事者になんの断りもなく、分類しちゃってくれてるんだけど。しかもその巷説が人口に膾炙しゃしちゃってるっつうか、まあいわゆるベストセラーみたいになっちゃってて。メッチャ困るっつうか、腹立つっつうか、やめてくんね?それ?的な。てか、なんでこんな奴の本売れてんの。そっからして意味わかんねーし、この世。ぜってー俺の方が頭いいんだけどなあ。
そもそも、「ウチは○○宗です」って言い始めた時点で、釈尊から連面と続いた伝統を、断ち切る行為なワケよねそれ。だべ?(※中居くん風に)例えば「曹洞宗」って称した時点で、それは釈尊が始めに示した「仏道」と、別物になっちゃうワケさ。だべ?(※しつこいようだが中居くん風に)一子相伝の伝統を自ずから否定するっつうか。俺ら、まごうことなき仏弟子であることを誇りとして(ただし、決して奢らず、が重要だけどな)今日を修行に生き、人として生き死にするとはなんぞや?ということと日々真剣に取り組んでいるんだけど、それをまったく理解しない輩(ともがら)が、てめえ勝手に、知識ひけらかしたさからなのか何なのか、まーその理由はよーわからんけど、俺ら仏弟子を種別に分類してるってのが、ムカつくんだよね。というわけでこれを読んだ君たち、そそそ、君たちね。君たちだけでも、仏道修行に励む者のことを、ステレオタイプで捕らえようとしたり、レッテル貼りして分類しようとするのだけはやめてくんないかな…っていう話。分かってくれるかなぁ?

(寅二的にこの巻をざっくり解釈するとこうなる。)

素読

最近「正法眼蔵」を酒かっくらいながら読むという怠惰な習慣が、出来つつある。

数年前に読み始めたは良いものの、あまりのちんぷんかんぷんぶりに、しばらく挫折していましたが、ちんぷんかんぷんは相変わらずでも、とりあえずは素読だけでも、と思い。地道に読み進めております。

なんつーか、酒飲みながら、経典と言っていい書物を読むというのは、ある意味破倫の快感があるというか(笑)心のどこかで、「ごめんなさい」っていう思いがあるんです。一体誰に謝っているのか、さっぱりわからないんですが。でも、同時に、この書物をこんな風に読めるのは、今の自分は、本当に「自由」に置かれているんだなとも、感じます。それを、仏教者は、謗法と呼ぶのかもしれませんが。

ちなみにアルコールが入ると普通は注意力散漫になるのが、不思議と、この本に向かう場合は、集中力が増すような気がするんですよね…「酔拳」ちゅう映画があります(私の好きな映画でもありますが)、昔、あれを初めて見たときは、酔えば酔うほど強くなる‼というアオリに、そんなんありえんやろ…と思っていましたが…
今は、もしかすっと、そういうこともあるかもしれんなー、などと、思う今日このごろ。

ブランケット

ヒトの子宮内には、絨毛と言われる組織があるらしい。我々ヒトは、すべからく、そこにいた記憶を内包している。我々ヒトは、すべからく、そこ経由で生まれて来る。だからなのだろうか。毛布とか、小動物の毛皮(私の場合飼い猫)とかに、本能的に惹かれ、ついつい際限なく、モフモフモフモフ、してしまいがちなのは…(ちなみに、実験上での赤毛ザルの仔は、毛布製の乳が出ない母親ダミーと、針金製の乳が出る母親ダミーでは、毛布製のほうにより強い愛着を示すそうな。)ふるさとって一体何だろう?これ、私の今生の命題かもな。
…どうでもいい独り言でした。

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あと、今日の酒のアテ

夕食も兼ねてるから、ちと侘しいかな(^_^;)

どっから食べてもエビにあたるグラタン(笑)

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