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ガプリエルさんからのコメントや主野聖ニさんのブログに触発されて、随分前・・10年前くらい前に読んだ「マザー・テレサへの旅路」を読み返しています。
私は、著者の神渡良平さんのファンでもある。 この本をきっかけにして神渡ファンとなった。 その中にアッシジのフランシスコの祈りが紹介されていました。 主よ あなたの平和をもたらす道具として 私をお使いください 憎しみのあるところには、愛を 不当な扱いのあるところには、ゆるしを 分裂のあるところには、一致を 疑惑のあるところには、信仰を 誤っているところには、真理を 絶望のあるところには、希望を 暗闇には、光を 悲しみのあるところには、喜びを もっといくことができますように 慰められることを求めるよりは、慰めることを 理解されることよりは、理解することを 愛されるよりは、愛することを 求める心をお与えください 私たちは自分を忘れ去ることによって、自分を見いだし 赦すことによって赦され 死ぬことによって、永遠の命をいただくのですから アーメン この祈りをマザー・テレサは日々唱えていたそうです。 彼女はこの祈りの通りに奉仕の生涯を歩まれました。 私はプロテスタントの信仰を持っていますが、宗教宗派などどうでもいいし、神学や教理などもどうでもいいと思います。 (どうでもいいと書いていますが、主イエスの福音を信じて欲しいと願っています・・) 大切なのは教えの実践であり、愛の奉仕です。 預言を語ることでも、異言を語ることでもなく、奇跡や癒しを起こすことでもない。 昨日のブログにも書きましたが、因幡の白兎を助けた大国主や良きサマリヤ人のようにになりたいと祈ります。 マザー・テレサは言いました。 「私にできたことだから、あなたにもできる。」 マザー・テレサのような大きなことはできませんが、身近な小さなことから始めましょう。 アッシジのフランシスコの祈りも日課に加えます! 有り難う! ハレルヤ! マラナサ! |
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題 : マザー・テレサさんのこと
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マザー・テレサさんが、初めて、インドの社会に入って行っ
た時は大変でした。
彼女にあったのは自分の志(こころざし)だけ。
彼女を受け入れたのは、インドの「ヒンズー教の方たち」で
した。
彼女の活動のための家を貸し、彼女の活動のための手助けの
人達が駆け付けました。
元々、マザー・テレサさんのやりたい志の事は「ヒンズー教
の方達はしていました」。
だから、正確に言えば、「マザー・テレサさんが、志を同じ
くする人たちの中に入って行った」なのです。
ヒンズー教の方達は、多神教。
イエス・キリストやマリアもヒンズー教の神々の一人として
いる宗教。
この様な宗教教義の面からも、マザー・テレサさんもスムー
ズに受け入れられました。
一神教のキリスト教には「異教徒を殺せ」の教義がある様に、
異教徒を忌む宗教ですので
参考URL: http://blog.goo.ne.jp/hanakosan2009 /
URL: http://32983602.at.webry.info/
2012/8/16(木) 午後 0:36 [ けいせん ]