おなじ景色を見るために〜補助付き自転車

大好きだよと、毎日言葉でも伝えてますっ^^ あたりまえのことがあたりまえに伝わってなかったりするから。

閑話

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おとといから 具合が悪かった よう。

昨日は、さすがにダウンして 病院に行きました。

それで、思い出した お話。




引っ越してきたばかりの 小三の時。

具合が悪そうだなぁ・・・と思っているうちに

あっという間に、 40度超え。

近くの内科で診てもらえるとのことで

早速、連れて行きました。


すると

「 髄膜炎をおこしてるかもしれません。 動かしちゃいけないから、救急車を呼んでください。」

?????

  病院にいるのに、病院から呼んでもらえないんですか?

  髄膜炎って、とっても悪い状態ですよね?

  どうしよう〜〜〜〜。


びびりながらの 初めての119。


あっという間に、 救急車の到着。

あぁ〜、良かった〜。 ほんとに早く来てくれるのね〜。


ようは そっと 車内に 寝かせられ、 私も 乗り込む。

 
すぐに、出発するとおもいきや、

名前、生年月日、容態と・・・次々と聞かれる。

心配で頭がまっしろの私は、 生年月日がとっさに出てこなかった・・・。


すると

  「 1994年 ○月 ○日です! 」

すかさず、 ようが答える。


隊員さんが それを 書き込んでいく。

私が 容態を話そうとすると


  よう  「 あのスイッチが入ってないんですけど、いいんですか? 」

  隊員さん「 あ〜。あれは、まだ入れなくていいんだよ。」

あの・・・。急病なんですよねぇ・・・。

隊員さんに指摘してる場合じゃない・・・ですよね?


初めての 救急車の車内に 興味しんしんの よう。

  よう  「 あれは、何の機械なんですか? それと、そっちは? 」

  隊員さん「 それはね・・・ 」

なぜか、隊員さんとようの たんたんとした会話が続く。

私 一人が 心の中でパニック状態。 

私の方が心配で倒れそうです。  とっとと出発しましょうよ〜!




出発したと思ったら、あっという間に、病院到着。

診察を受けると、髄膜炎の心配はないとのこと。

点滴をすること二時間・・・。

私は安心して、ぬけがらの様になって、ようのベッドに付き添っていました。


ようのひとこと


  「 こんなに、何にもしないでいるのって、初めてかも〜〜^^ 」


そだね・・・。 眠る事さえ、もったいないっていう あなただものね。

天井見てるだけの二時間は、 あんまりないわね・・・。



会計をすませる時、おもわず

「 救急車の代金は? 」 と、聞いたのは私です。

無料だって知らなかったんだもの・・・。

最近はニュースでよく流れてますよね・・・。



点滴で、すっかり元気になった ようと 

心配と安心で、よれよれになった私。 

どっちが病人かわからない二人は、

病院を後にしましたとさ・・・^^; 


あ〜〜。 ちかれた・・・。




後日談・・・・・


その後、又、同じ病院に行き、待合室で待っていると、

看護士さんが、そそそっと やってきて ささやきました。


   この間は大丈夫だった?

   やっぱり、小学生は小児科に行った方がいいわよ。

   うちの先生は、あんまり小さい子診てないからね^^;


看護士さんのお見立てでは、髄膜炎ではなかったようです・・・。






今日は ゴールデンウィークで 周りは静かです。

窓を開けると 雨の匂いと 外に植えてある満開のジャスミンのかすかな匂い。
 
やさしい 雨の音が 聞こえてきてます。



それを破る、 ようが聞いてる 浮かれたゲームの曲・・・。

あ〜〜〜〜〜ん。

風邪をひいてると アイスがおいしい^^

かなり前のお話。



一つしかなかったアイス。

ようと二人で スプーンで まんなかに 線ひいて

「 はみだしっこなしだからね〜!! 」と言いつつ 食べる。



正直者のようは

きっちり 自分のとこだけ食べます。

で、 私はというと



上から見ると

線は超えずに・・・

下にいくにしたがって、

ななめに ななめに 敵陣に進入^^


ようが 気づかないように しゃべりでごまかしながら 

食べ進む^^




私の卑怯な食べ方に 驚く 純なよう。

「 そんなのありかよ〜〜〜!!! 」



うっかりしてると 食べられちゃうよ^^

こ〜んな手や あ〜んな手も まだまだあるよ〜〜。

世の中の 理不尽さを

アイスで体験させる 母でした。



一人っ子だし。

兄弟いると、こんな事も 自然にやるんだろうなぁ・・・と、思いつつ。












         

        

妊娠中期から、ようが生まれて半年ほどの一年間、社宅に住んでいました。

駅からも遠く、回りにはお店もほとんど無く、車も通れない細い路地をずっとずっと進んだ所に

その社宅はありました。

社宅と行っても二階建てで、二階に二世帯。

下は会社の管理の事務所になっていました。

少人数、男の方ばかりだったので、せめて三時のお茶くらいは入れて上げて欲しい…との事で

始まった出会い。


 一人その中に年配のかたがいました。Mさんと呼びますね。

 話しているうちに、その方が、私の中学時代の担任のお父様とわかりました。
 
 担任の先生に似て、静かでやさしい方でした。
  
 
 その頃の私は、切迫早産で絶対安静… ほとんど寝たきりの毎日でした。


 すると、「お母さんは栄養とらなきゃ」と ある日は 袋一杯のみかん。

 ある日は、近くのコンビニでヨーグルトなど 沢山。

 
 冬の寒い日は 「風邪ひかせられない」と 灯油がきれないように頼んでくれて

 二階まで運び上げてくれました。


 いつも申し訳なくて「そんなにして頂かなくても大丈夫です」と言っても

 「いいから、いいから」と一言残して行ってしまいます。
 
 せめて お返しにとお昼のおかずにと煮物を持っていくと

 たいしておいしくもないのに、「あ〜、うまい。うまい」と笑顔でたいらげてくれました。


 ようが生まれて社宅に戻った時は、 

 ようを「もう一人 孫ができた」と言っては かわいがってくれました。

 父も祖父も早くに亡くしている私にとっても、Mさんは おじいさんのあったかさをくれた方です。
 
 

 その後、会社が倒産し、あっという間に社員は解雇。そして私達もその社宅を去りました。

 Mさんとは会えないままのお別れになってしまいました。



 翌年のお正月  Mさんからの年賀状が届きました。

 達筆な字で あの後 私達の引越し先を探し、会いに来てくれたとの事でした。

 あいにく留守で 会えなかったのが残念でしたと。


 多分 自転車で30分以上かけて来てくれたのでした。70歳以上なのに…



 又、やさしい想いだけいただいてしまいました…。

 ゲートボールをしているとの事だったので、その冬 毛糸の帽子を編みました。

 ありがとうございますと思いながら。「風邪ひかないように」と思いながら。


 「ゲートボール仲間にほめられてね、自慢してるんだよ」と言ってくれました。
 
 私は おじいちゃんにほめてもらえたようで、とても…嬉しかった。

 その後は ようも一緒にお花見をしたり…。

 
 そんなふうにしてMさんと過ごせた日は、私の大切な思い出になってしまいました。


 
 今年は一緒に お花見はできません。
 
 ようと私は 空に向かって そっと呼びかけます。

 私達を見ていてくださいね。心配しなくて 大丈夫ですよ…と。
 
 

 ようが もうじき3才の頃だったかなぁ…

 出会う人みんなに 元気に ごあいさつ♪

 
  「 ぼく よう! 2才〜〜!! 」

 
 出してる指は3本なんだけど…(どしても、2本だけっていうのは難しいらしくって)

 
 道で出会う知らない人にも、道で座り込んでいる恐そうな人にも♪

 

 流れていく 自分のうんちには

  「 うんちくん! ばいば〜い!! 」

 
 しゃべる電子辞書に、おもいっきり大声で自己紹介してる姿に母はしびれました…
  

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