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小学校三年で、ようは転校しました。 このころ、 ようは二次障害を起こしていました。 傷つきやすく、大きな声に敏感で、おびえてて・・・。 クラスのざわざわしてる声も辛いし、 友達とのやりとりや、勉強も、すべて苦しかった頃です。 なんとか、この新しい環境で、ようの自信を取り戻してやりたくて、 必死でいました。 転入前に前もって、校長先生に事情をお話しし、受け持って頂く担任の先生ともお話ししました。 その先生が初めて担任を持つ・・・と聞いて、きっと、私が動揺したのがわかってしまったようでした。 学校でお話しした後、その担任の先生は、再度、自宅まで来てお話ししてくれました。 私の心配を受け止めて、出切る限り頑張りますのでと・・・。 そんなふうに始まった、新しい学校での生活。 辛いときは、保健室で休みながら、少しづつ、ゆっくりと、元気を取り戻していきました。 ある日、専科の先生とトラブルが起きました。 ようの話しを聞くと、先生に怒られて腕をものすごく痛く握られた。 もう、絶対、あの先生の授業はうけたくないと。 痛みに敏感なのでふいに掴まれただけなのかもしれないし・・・ ようの話だけでは、判断がつきませんでした。 担任の先生から 「この際、学年の先生方に集まってもらって、ようくんの事を離して頂くのがいいかと・・・」 と、言われました。 そして、学校に向かいました。 そこには、各クラスの担任の先生と、トラブルになってしまった専科の先生がいました。 席について、すぐに気が付きました。 専科の先生。 ご機嫌・・・ななめ。 でも、どの担任の先生よりも年上の方で・・・。 子供の扱いが苦手そうな方でした。 ようが授業を拒否するのが、自分のせいではないと、無言のアピールが手に取れるようでした。 他の先生方も、専科の先生にはあまり話しかけずに、 「ようくんへの、その接し方は、○くんにもいいかもしれないですね〜」と それぞれ、自分への話しとして受け止めるフリ(?)をして下さって・・・。 多分、先生方も、この専科の先生のプライドを守りつつ、いい方向に持っていきたいと 苦心して、この場をもうけてもらったのだと察しました。 既にしてしまった失敗は見ないフリ、気づかないフリ。 「良くして頂いてありがとう」と「こうしてもらえると、とっても更に助かります」の メッセージは しっかりと 確実に伝えました。 そのうちに、こわばっていた専科の先生の表情がほぐれていきました・・・。 その後、ようと専科の先生とのトラブルは収束。 学校で専科の先生に会うと、先生の方も笑顔で、ようの様子を話してくれるようになりました。 担任の先生は、その後、「専科の先生に替わり自分が教えるようにしますから」とも おっしゃってくれました。 感 想 担任の先生、学年の先生方、お世話おかけいたします。 苦肉の策を練っていただき ありがとうございました〜〜。 |
小学校で
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