おなじ景色を見るために〜補助付き自転車

大好きだよと、毎日言葉でも伝えてますっ^^ あたりまえのことがあたりまえに伝わってなかったりするから。

診断後

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  年長(多分^^;)の頃にしていたこと


   好きな本を とにかく読む。(なぜか、愛読書はからだの本)
   はじめは一緒に本をひろげて。
   次は 私がかってに台詞をつけて 本とは関係なく でたらめにふざけて話す。
   その次に、楽しくなったとこで、 ようの手を持って、 本の字をなぞって読む。
   (読みすすめ方を教えます。私が指さすのでは、ようの注意はそれてしまいます)
   繰り返しているうちに、 字がだいぶ読めるようになりました。
   
   
   園でピアニカをひくことに・・・。
   大きな画用紙に大きく楽譜を書いて、音ごとに色を変えて書きました。
   ピアニカの鍵盤にも、同じ色を書いた紙を張りました。
   

   園から帰ってきたときに、 サプライズを用意。
   いきなり玄関入ると「右へ十歩すすめ」の張り紙を^^
   家でのオリエンテーリング^^
   (漢字や 左右、上下、下から何番目、右から何番目を気づかせないように、教えてます)
   たどり着いた先には、届いたチャレンジだったり、おやつだったり
   必ず喜ぶものを 仕込んでおきます。


   友だちを呼んで、お昼ごはんを食べる。(子供オンリーです^^ お預かりです)
   テーブルの上に、小さい立てておける旗を作って、人気のポケモンを描いておく。
   先に食べ終わった子から、好きな旗を取れる。
   (ようは、食べる事が嫌いだったので・・・)
   「この旗、もらえるの?」と聞く、子供のかわいいこと^^


   あとは、一人か二人ずつ友だちを呼んで遊ぶ。(これまた子供オンリー^^)
   私も友だちと仲良くなることが必須です^^
   そうでないと、なんでお母さんが入ってくるの?と、怪しまれます^^;
   
   子供の心をゲットする。
   誉めたりするよりも、「え〜〜、なんで〜〜〜?」から入ります。
   ゲームをしていれば、「どうやったら出来るの? おしえて〜」
   子供はとっても親切なので、かなり一生懸命教えてくれます^^
   で、「げ〜〜。出来ないよ〜。ちょっと待って〜〜」などと、下からお願い^^
   このへんで、大体の子の目が変わります^^ おもちろい^^
   よそのおばさんから、 なんかよくわかんないけど、 
   教えてやらなきゃいけない大人? 仲間?へと。
   入り込めたら、みんなで遊びます。
   
   ようが、やってはいけない事をしたら、そっと肩や手に触れて合図。
   (あらかじめ、決めておきます)
   友達同士のやりとりも、ほっておくと全然ないので、
   私が、ようと友達の間に入って、さりげなくやりとり。
   完全に通訳です。「○○くんは、これが好きなんだって〜。ようがすきなのは?」
   ようが友達に、話し掛ける事も促しつつ。
   ゲームで負けて、ようが大泣きしても、他の目がないので、
   ゆっくり対応できます^^;
   
   ゲームよりも、身体を使った遊びの方が、よその子供の醒めた気持ちをほぐせます。
   体育座りして、片ひざだけに両手をかけて、おしりで進んで、あいてる足で
   相手の足にかけて、コロリンと転ばせます。片足ずもう(?)
   私が負けると、相当楽しいようで、どの子もニコニコ。


   これが私の おうちでソーシャルスキルです^^;




   弊害・・・私がとっても疲れます。
   
        ようが友達とうまくかかわれてるので、一休み・・・と抜けても、
        「お母さんも、入っていいですよ〜」と友達が誘ってくれます。

        「今日は、ようはいないよ」と言っても、「大丈夫〜〜」と
        私と一緒に遊んでくれようとします・・・。

        気が付けば、自分の家が学童保育化しています。




   ようが出かけている時、ようの友達から電話。
   「ゴメンネ。ようは出かけてるんだわ」と言ったのですが、
   自分の近況(学校や部活などなど)を、エンドレスで話してくれます^^
   なじぇか、30分位はあたりまえ・・・。 これは最近のこと^^        

   お友達の中に親が入り込む事は、とっても役にたちます。小学生になっても使えます^^
   その場で、言うべき事を教えたり、とるべき態度を見せたり、促したり。
   友達が帰った後は、 ようが出来たことを誉めて。
   出来なかったことは、 こうすると良かったかもねと話して。

   いつの間にか、 友達を送り出して、玄関の戸を閉めると
   ようの方から 「今日は 良かったでしょ?」 と、言ってくるようになりました。
   言っておきたい事は沢山あるけど、 「さいこ〜じゃん^^」でしめます。


   


   ようと私の過去が、 誰かの役にたてますように・・・と願っています^^
   
  

        

なんだかよくわからない 診断の後

いろいろな本を買っては 読みました。


当時は発達障害の本も少なくて、専門書のようなものか 

或いは 「こういう障害です」 と述べて、困難さが書いてあるくらい。

読むほどに、 こんなに辛い状態だったのかと・・・愕然としました。


ショックと 混乱と 不安と・・・ さまざまな思いがよぎりました。

今までの ようとの 苦しかった日々のわけが、 そこに書かれていました。


けれど、接し方をどうしたらいいのかなどの、具体例はほとんど載っていませんでした。

読んでいくほどに つのるのは 不安ばかり。


自分で、ようの状態をあてはめて把握するのでは

よう自身が感じているであろう、不安感や、いろいろな状況への過敏さなど

わからない事ばかりでした。


それでも、涙は出ませんでした。

泣いている時間はありませんでした。

もっと苦しいのは ようだから。 泣いているのは ようだから。

何か 少しでも 助けになることを 探すしかありませんでした。




そして 私が変えたこと。


   * 本人に答えを考えさせるような叱り方をしない。大きな声で叱らない。
       ( 「どうしてこんなことするの」 「こんなことしていいと思う?」など )
 
     やってはいけない事を伝えて、かわりに 何をしたらいいかを 具体的に教える。
      
 
   * 我慢が出来なくてパニックになったときは、あえて 声をかけない。
     
     ここで、過敏に反応してしまうと、負の行動の強化になってしまいます。

     落ち着いたところで、 気持ちをわかってあげて、 こうしてみようと提案する。

   
   * いくつも指示をださないで、ひとつづつ、一緒にやってみせる。


   * ホワイトボードや紙に、すぐに、書いて見せて教える。
     トラブルの様子、困った顔の人、回りの人、考え方も絵を交えて・・・

  
   
次の診察を待つ間、 私に出来たのはこれだけでした。

これが 精一杯のことでした。

忍耐と根気。 必死の毎日でした。 

年長になって、新しく受け持ってもらった担任の先生にも 状況を話しました。

     
     
   先生は ようを受け止めてくれました。

   泣いてパニックになるようを からかうようになった友達から

   守ってくれました。

   「 ようちゃんは いろんな事を 知ってるんだよ 」と

   みんなの目を 変えようとしてくれました。

   毎日の様に その日の様子を メモで渡してくれました。


   写真を見ると 先生のひざの上には いつも ようが座っていました。

   


家では 私が母親で、  幼稚園では 先生がようのかあさんだよと 話しました。

だから、 なんでも 言ってごらん。

母さんに。 先生に。
     

ようは 自分が感じている感情を 捉えることができませんでした。

楽しい。 嬉しい。 嫌だ。 やりたくない。 悲しい。

それは とても幼く 切なくなるくらい、つたないものでした。





こうして、 ようの新しい生活が始まりました。

あいかわらず 思い通りにならない度に おこすパニックも

次につなげられるようになっていきました。 

少しずつ。 見えないくらいに少しずつ。

幼稚園 年中の終わりごろ。

先生にお話があると言われました。


あれこれと ようの出来ないことを伝えられました。

 座っていることが出来ない。
 教室から出て行ってしまう。
 おゆうぎも一緒にはしないで、滑り台の上で見ている。
 次の過程に移れない。
 一番でないと、泣いて騒いでしまう。
 みんなと同じ事をせずに、一人で違うこと目立つことをやろうとする。

 どれも、わかっていました。
   
   「 ようちゃんは、目立ちたがりで・・・ 」

 先生からの この言葉が 刺さりました。
 先生から見た ようへの 想いはこうなんだと。


   「 多動が疑われるので、検査を受けてはいかがですか? 」



ようやく、どこかでちらほらと、ADHD 多動 という言葉が聞かれるようになった頃です。

それまでの5年間、毎日が必死でした。

自分さえ頑張れば・・・みんなと同じように出来るようになると信じて。

でも、 違ったんだ。





そして、検査を受けることにしました。

市の病院に予約を入れると半年待ちと言われました。

それよりも早く受けられる、公的機関で先に発達検査を受けることになりました。



ようの生後からの様子を私が話す間、別室でようも検査を受けていました。


そして、結果が伝えられました。

「 そうね〜。ADHDですね。あと、アスペルガーも入ってるかもね 」

?????????

園でADHDでは・・・と告げられた後、ADHDについては、調べていました。

ほとんどの条件が当てはまっていました。

けれど、アスペルガーという言葉さえ知りませんでした。

どういう事でしょう と聞くと

「知的には遅れがみられない自閉ですね。」

「市の病院で又検査するから、とりあえず、
 ガイドブックみたいな本が売ってるから、読んでみて。」


詳しい説明もしてもらえずに終わりになりました。

私は、ただただ、ショックで、呆然として・・・。

「待ってください。もっと説明してください。」と言う事さえ、浮かんできませんでした。

固めていた覚悟が・・・崩れていきました。




寒い夜の帰り道、 ようの手をしっかりとつないで 駅までの道を歩きました。

声を出さないように、 涙を流しながら 歩きました。

すれ違う人もいない、 さびしい道を 二人で歩きました。


ようやく 駅が近くなってくると ドーナツ屋さんがありました。

その頃、 ようが入りたがる 唯一の ドーナツ屋さん。

ようはもちろん 入りたがりました。

だから、 私は涙をふいて、 二人で入って行きました。

自分の心をしまいました。

深く 深く しまいました。




泣いていても、 叫び出したくても、 私は 母親で

検査を受けても、 結果がどう出ても

行く道で 歩いた ようと、 今の ようは 変わらない。

だから、 ようの前では 涙は見せられない。

同じように しっかりと手をつないで 歩くしかない。





ただ ただ、 つなぐ ようの手のひらの小ささが 痛くてしかたなかった。





 





 

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