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京都大や早稲田大など4大学の入試問題が,試験中に受験生によりインターネット掲示板「ヤフー知恵袋」に投稿された事件。
一筋縄ではいかない,なかなか難しい問題です。 どの視点に立って考えるかで,意見は様々に分かれますね。 京大学長の言葉が胸にしみます。 「不正が起きたとすれば努力の方向性が違う。まじめに勉強して合格し,しっかりした人間に育ってもらいたい」 彼自身を悪とせず,彼の努力の方向性を悪とする。それを是正する意志を持ってもらうために,あえて被害届を出し逮捕させた,と考えたいですね。またすべての日本人への警鐘であるとも取れます。 思うのは,結局「試験」とは何だろうかということ。 不正なく試験を受ける場合に言えることは, 1.相応の力があれば合格する 2.相応の力があっても合格しないこともある 3.相応の力がなければ合格しない 逆に考えれば,「相応の力」を計ることができれば,「試験」などしなくても,合格者を決めることができるとも言えます。 「相応の力」とは,たいていは「努力」に正比例するものだから,「努力」した者を合格させれば良いのです。 でも「努力」を計る指標などありません。それは,神のみぞ知るものです。 だから結局「試験」があるのかと。 一回か二回の試験の点数だけで合否が決まる。そうなると宝くじやロト6のように,うまくいけば合格だ!なんて考えてしまいがちですね。 合格できれば,ラッキー!もらったモン勝ち,というような気持ちが。 しかし結局,自分の力が及ばない受験生の大学に入ったら,授業や研究についていけないかも知れないわけで,それはそれで大変なわけです(今回の受験生に関しては少し違うかも知れませんけれど) 今回の事件は,誰が悪いとか,何が甘いとかいうことではなく,いまだ続く「学歴社会」の考えや,努力なしで何かを得ようとする最近の日本人全体の風潮に対する警鐘と受け止めるべきではないでしょうか。 |
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