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自室を出て、ゆっくりと階段を下りる。
殺風景な木製の扉を開けると、懐かしい香りがした。
「父さん、ここにいたのかい」
キャンバスに向かう父さんの背中に声を掛けた。
「まだ起きてたのか」
父さんは振り返り、優しくささやいた。
「お前も飲むか?」
そう言って父さんはコーヒーをカップに注いだ。
僕が子どもの頃使っていたクマのカップだ。
そのカップに、当たり前のようにコーヒーを注ぐ。
何故だろう…
僕はとっくに父さんより大きくなったのに
あんなに黒かった父さんの髪が、今はおじいさんのように真っ白なのに
幼い頃見た父さんにそっくりなのは
何故なんだろう…
コーヒーにたっぷりとミルクを注ぎ、角砂糖を二つ入れる。
そういえば角砂糖なんて久しぶりに見た。
椅子に座り、毛布を肩からかぶる。
そういえばこの毛布、僕の大好きだった毛布だ…
父さんがキャンバスに赤色を塗る
父さんがキャンバスに黄色を塗る
父さんがキャンバスに青色を塗る
僕は父さんの背中が大好きだった。
一人でキャンバスに向かう、父さんの背中が大好きだった。
「お前も描くか?」
父さんはふいに筆を止め、背中越しにつぶやいた。
「いいの?」
父さんはにっこりと笑った。
「でも僕、絵が描けないんだ…」
「上手く描かんでもいい」
「描けるかなァ…」
「分からなかったら父さんが教えてやるから」
僕の心の中に、優しい優しい暖かさが流れた。
筆をとり、赤色を塗る
「大丈夫、上手いぞ」
黄色を塗る
「大丈夫、上手いぞ」
父さんの優しい声が聞こえる
僕はもう、涙でキャンバスが見えなくなった。
やっと分かったよ…
あァ、僕はこんなにも、絵が描きたかったんだ。
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