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昨日テレビを見ていて、3つのキーワードをいただきました。 1.東京マラソンを完走した人の感想 「限界は思ったほど限界ではない!」 私も以前、青梅マラソンで30キロ走った時に 同じようなことを思いました。 人間やればできるものです。 2.アイススケートパシュートの決勝を見て 「勝利の明暗を分けるのは、ほんの一瞬、つま先勝負」 今回のオリンピックを見ていて思ったのは、 選手たちの勝利にかける執念が指先に宿っていることでした。 ゴールを少しでも早く切るために、 種目によって手を伸ばしたり、足を伸ばしたりして、 少しでも早くゴールしようとしている選手たちのいかに多いことか。 あの姿に選手たちの執念を見ました。 明暗を分けるのは、そういった気持の強さなのかもしれません。 3.水泳の北島選手のコーチの言葉 「人間はゴールだと思うと脳が止まってしまう」 人間はもう少しでゴールだと思うと、 とたんに脳の働きがストップしてしまうそうです。 ですから、北島選手には、 「ゴールは壁にタッチして電光掲示板を振り返った時にしよう」と教えたそうです。 ゴールをゴールとせず、通過点に過ぎないと強く思うことによって 人間の脳は働き続けるのだそうです。 なんか昨日はゆっくりテレビを見ていただけなのに、
ちょっと得した気分になりました。 |
心に響いた言葉
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人から聞いた、または読んだ中で、心に響いた経営に関する言葉を
綴っていこうと思います。
綴っていこうと思います。
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てんぷらは油を170℃にすれば
3分でうまい海老天が揚がる。
会社のカレンダーにあった言葉です。40℃の油に10時間 海老をいれたって てんぷらはくったりするだけ。 君の努力は40℃ テンポスバスターズ社長の言葉らしいです。 なんか、心にグサッときませんか・・・
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おぉ〜気がつけばずいんぶんと更新をしていませんでした。 最近、ドラッカーの本を買いまして、 その中から毎日ワンセンテンスずつ社内の掲示板にアップしています。 今日はその中でふむふむと思った一言 自由とは楽しいものではない。 幸福、安心、平和、進歩のいずれでもない。 それは選択の責任である。 権利ではなくて義務である。 真の自由は何かからの自由ではない。 自由とは行うこと行わないこと、ある方法で行うことと他の方法で行うこと、 ある信条をもつことと逆の信条をもつことからの選択である。 楽しいどころか重荷である。 それは、自らの行動と社会の行動にかかわる選択の責任である。 自由という言葉から連想するものは、束縛からの解放であったり、 強制されないといったことを考えがちですが、 「自由にしていいよ」と言われるとけっこう不安になるものです。 その言葉を言われた瞬間に、自分の肩に責任がのしかかってきます。 それを選択するかどうかは自分しだいといったところでしょう。 話は変わりますが、最近「ニート」とかいう言葉が飛び交っていますが、 これも自由を履き違えた結果なのではないのかなと思います。 わたしも子供の頃「おまえの好きなようにしていい」と言われて、 悩んだ結果、親が最初に言っていたとおりのことをしていたときがありました(笑) でも、この選択の機会を与えてもらったことが、
私には大きな意味をなしていたのだと思います。 |
世界を変える方法は二つある。 ペンつまり「理念」によって、剣つまり「行動」によって P.F.ドラッカー 行動の前に理念があり、
理念なき行動は意味をなさない。 そして、二つがそろったときに大きな力を発揮する。 そんな意味だとわたしは解釈しました。 |
【あきない】 商売はあきないという それはおもしろくて しかたがないから あきないのだ いつもおもしろいから 笑顔がたえないから 「笑売」となる 「いらっしゃいませ」 「ありがとうございます」 いつも活発だから 「勝売」となる あきない商売を おもしろくないと 思っているとすぐあきる いつも不平不満や 愚痴がでて心が次第に 傷ついて 「傷売」となってしまう こんなお店にはそのうち 誰もよりつかなくなり 「消売」となって消えてしまう 「笑売」をしているのか 「傷売」をしているのか 「勝売」をしているのか あきない商売をしているのか 先日、うちの社員が朝礼で話していたので思いだしました。 私がこの言葉に初めて出会ったのは、 土浦の方のとある飲み屋。 トイレに入ったら貼ってありました。 でも、良い言葉だと思いませんか?あきない
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