「人生50年。」50を過ぎたらこれから、もう一度再スタート。
決して、過去の自分を否定することではありません。
50年と言う月日が過ぎた今、自分に何が出来るだろう?
きちんと向き合っていく心を大切にしたいと思っています。
29歳の夏。小学校からずっと付き合っていた友達が病気で亡くなりました。
葬儀の時、結婚したばかりの彼の傍らには、
小さな子供がきょとんと座っていたのを今でも覚えています。
彼が望んでも得られたかった明日という時間を
私は、20年過ごしてきましたね。
やり残した事や勉強しようと手をこまねいたモノは無かったろうか?
新しい発見に心が躍っているだろうか?
心を子供のように空っぽにする努力をしてみたいと思います。
今を生きると言うことを見つめ直す、とても良い時期のように感じます。
今日という日は、亡くなられた方が夢見た明日です。
今日という日は、自分の残りの人生の最初の一日です。
今日と言う重みを感じながらも
今日という時間の流れが、永遠に思えた子供の心に戻ってみよう〜!!
あはは(笑)50年生きると、なかなか経験が邪魔して、
簡単には、無心な子供の心に戻りきれませんけどね(汗)
しかし、戻ってみようと半ば強引に心を切り替えてみると、
不思議と…今まで心の栄養にしてきた名だたる経営者や偉人の名言もさることながら、
今を生きる若い人の何気ない言葉の中に、きらきら光るモノを感じずにはいられません。
自分よりも年下で有りながら、世界に羽ばたいているスポーツ選手や文化人…。
そのインタビューや対談を読むたび、心が洗われるような気がします。
棋士の羽生善治氏は、現在40を越えたばかり、
しかし、棋士の道を究めようとするプロ中のプロです。
その言葉は、年齢から来る重みよりも、経験やその洞察の深さから来る言葉ばかりです。
…以前、私は、才能とは一瞬の閃きだと思っていた。
…しかし、今は何十年と同じ姿勢で同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている。
…(自分に)弱点はあるが、(人には)教えない。
…「そんなことか」と思われそうな事だが、それを探り出すのが勝負の世界。
…勝ち負けにはこだわるんですが、大切なのは課程です。
…結果だけならジャンケンでいい。
…何事であれ、最終的に自分で考える覚悟がなければ情報に埋もれてしまうだけだ。
…物事を「忘れる」のは、脳がそれを「必要としない」と判断したから。
…プレッシャーはその人の持っている器に対してかかるものだ。
…興味がある限り、集中力は続くモノです。
…追い詰められた場所にこそ、飛躍がある。
羽生氏の経験と実績を知っているだけ、この言葉は実に重いですね。
心に突き刺さる感じがします。
子供の頃、たくさんの本を読んで、心の糧にしてきました。
今、自分の手元には7インチのタブレットPCがあります。
多くのデジタル活字の中から、これからの自分に必要な新たな言葉を
探し続けようと思っています。
…続く