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4cmの積雪でスリップ事故もあちこちで。 今年は新しい冬タイヤを買いましたが、まだ交換してないので来週にはしなきゃです。 体調のほうはと言いますと、、、 今は膵臓の痛みをおさえる薬を飲んでますから痛みはありません。 主治医曰く、、、薬をとめると、痛みが再発する可能性が高いと。 短期間に3回も入退院を繰り返すとさすがに慣れた感じでした。 病院も非日常的な空間ですが、温泉などの非日常的な空間でウ〜ッてしたいです。 そんななか、いつもお世話になってる知り合いから会津の身知らず柿が届きました! 栄養士の先生からも、くれぐれも消化の良いものを、、、アルコール、油っこいものは、、×。 こう言われてますが、好物の柿には叶いませんでした。 届くや否や二個を美味しくいただきました! ご馳走さまでした! 久しぶりにわのんわんのカレーや美味しいラーメンが食べたい気もしますが、しばらくは我慢します。 |
oneonone( わのんわん)
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3回目の入院をし、とりあえず手術終わりました。 しかしながら、こんな状況なのでしばらくは体を治すことに専念したいと。 通院をふくめて1ヶ月様子をみましょうと。 先週、我が家にまた一匹猫が増えました。どなたかが我が家に置いて行った捨て猫です。 名前はカメ。。。 理由は、、、。 まだ子猫です。 主治医の先生はじめ、スタッフの方々お世話になりました。 |
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しかしながら、急性咽頭炎で外来にも通ってたり。 今日も病院へ。 2回目の入院では、造影剤のCT,MRI,超音波内視鏡と数々の検査。 麻酔をかけ、膵臓の腫瘍もしくは炎症を起こしてる箇所に針を3ヶ所刺しました。 採血の結果は、腫瘍マーカーやアミラーゼとも問題なかったので安心したのですが、MRIの結果では、先月までの膵管の状況と比べて、少し悪化していました。。。 その針を刺した組織の陰性か陽性かの結果がいよいよ明日21日に分かります。 万が一があったらどうしよう。 病室でも一睡もできず。 今もそれを考えると毎日不安でたまりません。 いずれにせよ、来週から3回目の入院が決まりました。 師走は病棟での生活が決定です。 主治医から、、、 狭窄してるたん管、膵管に人工のチューブを何ヵ所か入れる手術をぜひしましょうと。。 さらに、血管の一部にもメスをいれ、流れがよくなるようなものも。 これらに関しても不安がありますが、今後少しでもよくなるのならと思い承諾書にサインをしました。 チューブを一度入れると、ずっと3ヶ月毎に入れ替えの入院をしなければいけなくなります。 3ヶ月毎に入院?? 今後の事を考えると、この件もしっかりと受け止めるまでにはかなりの時間と体力がかかりました。 まずは明日の結果次第。。。 ようやく家族、友人にも話はじめたところです。 しばらくは体を治すことに専念したいと。 皆様、ぜひお察しくださいますよう宜しくお願い致します。 追伸 人の弱味につけこむような勧誘等々の訪問や連絡は固く固くお断り致します。 |
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またメール等、全員には返事が出来ませんので今回ここで報告したいと。そう考えました。今の気持ちをあえて残したいのと、たくさんの"わのんわん"ファンの方々にご覧頂いてるブログにて記事にすることにしました。少し冷静になった今の正直な気持ちを。書いてみないと分かりませんが、少し長文になるかと思いますがどうぞお付き合い頂ければと思います。 実は先月はじめに、急性膵炎にて福島医大に救急入院しました。 なんの前触れもなく起こりました。 前の晩も至って普通に夕食をして、普通にお風呂に入って11時に就寝。 しばらくは寝ましたが、みぞおちあたりが痛く目が覚め。はじめは便秘気味かな?くらいのつもりでいました。熱めのお風呂に入ってお腹をマッサージ。ところが時間がたつにつれて益々痛みが増してきました。 居てもたってもいれない痛さ。 未だかつて経験のないのたうち回る痛さでした。 そして夜中に県立医科大学救急外来へ運んでもらいました。 すぐに痛み止めの注射。 そのまままさかの入院へ。 8階西病棟825号室。 この日は偶然にも自分の誕生日でもありました。 本来なら予約してた高湯の花月ホテルと駅前のお店で乾杯する予定でした。 病名は急性膵炎と診断。この段階では意外と冷静に、膵臓は場所が場所だけに一度痛くすると厄介な事になることをぼんやり考えたのを覚えてます。 同日から抗生剤の点滴を続けながらの絶食治療がはじまり毎日の採血、エコー、CT、MRI、超音波内視鏡、数々の検査を受けました。 その度に説明をうけ求められる同意書。いったいこの先どうなるの? すでに不安でいっぱいでした。 http://health.goo.ne.jp/medical/search/10I70100.html 上をクリックして読んで頂くと分かりますが、膵炎の原因がハッキリしていなく突発性の場合の方が大変なことを多少知識としてあっただけに初めから不安にかられました。 ちなみにアルコールは殆どのみませんでしたしCTの結果から胆石でもないことから原因不明の突発性急性膵炎と言われました。 初めて言いますが、入院中退院後も極力表には出しませんでしたがすでに頭のなかはパニックでした。 幸い病院では主治医や看護師さん、同部屋の患者さんなどにも恵まれ慣れない入院生活を送りながらもおかげさまで何とか退院はしました。その間わのんわんのお客様やお店の事を毎日気にしてました。 お見舞メールだけで50通余り。 有り難うございました。 退院して親戚や友人に快気祝いも渡し、10月22日にお店を再開しました。そして25日まで頑張ってみたのですがこの4日間も正直あまり体調が優れず現在も通院している状況です。でも有りがたいことにカレー食べたくて待ってましたよ!って、たくさんのお客様で小さなお店で入りきれず帰してしまう程でした。 感謝です。 しかし、25日木曜のお昼にはお客様の前でカレーの皿を2枚も割ってしまいました。 またお釣りを4千円渡さなきゃならないところをなぜか3千円しか渡さなく叱られたこと。 赤信号を自転車で渡り車にぶつかりそうになったこと。 その流れのまま午後に掛けてメールと電話で色々あったのですが。 この日は本当にうわの空状態で自分でも情けなく。 後々深く反省するのですが、この日の言動は不安からくる気持ちで普段の自分ではないことに誰よりも自分自身で気付いてました。 情けないのですが店にいながら嬉しさと情けなさ、今後のことなど考えてると涙が止まらず、また訳もなく怒りっぽくもなっていまた。ん〜〜自暴自棄を起こしていたのだと思います。 こんな記事を書いてると、また誹謗的なメールや、そしりもくるのでしょう。 決して悲劇を演じてるのでは有りません ふと、聞かれた際には殆ど変わらないよ、って言ってた体重も9月と比べると4.5kg減りました。 もちろん油物など栄養士からの食事も制限されてるのもあります。 主治医グループの若い先生が例を挙げて言ってました。 次長課長の河本氏やチュートリアルの福田氏?なんかもそれでして、 急激に痩せたのを覚えてますかと。 二人とも完全復帰までに4ヶ月。 ただ二人は原因が不規則な生活に伴うアルコールが原因とも。 自分はそれとは違く原因が分からない突発性だからこそ不安なのです。 最悪時は膵臓は大変難しいとも主治医から聞かされ。 ご理解頂ければと思います。 一般的な膵炎の場合アミラーゼの数値を非常に重要視するそうなのですが急患入院時、正常な人の約10倍以上の940という桁違いの数値でした。 (通常、正常な人で70前後の数値) 絶食、抗生剤などの治療で100代の数値まで徐々に下がり少し安心したのもつかの間、退院後に200、300代とアミラーゼの数値が採血の度にまた上がってきてしまってるんです。昨日の採血でも300前後の数値です。 中でも今回一番気になるのがMRIや内視鏡検査の画像で分かったのですが膵管と胆管が、炎症か腫瘍が原因なのかまだハッキリしないのですが、膵管と胆管の一部がかなり細くなってることです。 その要因が炎症なのか腫瘍(悪性じゃないことを祈りながら)なのかでは今後の治療も大きく変わりますが、MRIの画像でも分かるのですが主治医曰く、その細い管の回りに黒い影がみられますと。 残念ながらそれは自分の目でも確認できました 。悪性のものじゃありませんから安心して下さいとは〜主治医は断言してくれませんでした。いずれ膵臓の一部の組織を採取してみないと判らないとも。 膵炎は先生が言うには発症は1960年代からみると6〜7倍に増えているそうです。高齢化現象と診断技術の進歩によるところが大きいと。男性は女性よりも多く1.5倍。 高齢者に多く見られ特に70 〜80歳に多いそうです。自分はまだその年齢の半分ちょっと。 先月末からは薬の副作用か精神的な不安からか分かりませんが、体に蕁麻疹と手のひら指先の薄皮の剥がれ等皮膚科の飲み薬と軟膏を。 歯茎が弱り歯科へ。4本治療中。 抵抗力が無くなった為に今度はウィルス性リンパ炎。これも大学病院内ですが消化器内科から紹介状をかいてもらい耳鼻咽喉科へ。リンパ節の炎症で1週間頭痛が続き、鎮痛剤やら抗生剤を色々変えて現在治療中。 今は左手の痺れがあります。 本当にいろいろ重なってしまいました。こんな状況にあるなかでわのんわんの再開はとても。 世の中には赤信号も必要だよ、ってある人に言われたのを思い出します。今も毎日悩んでます そんな最中、応援や励ましの言葉をかけて下さる方々が数十人も居たことを有り難く思っています。 こうして記事を書いてる内にもテイクアウトの予約など毎日戴いてます。期待に添えられなく心苦しいです。しかしなかには信じがたい誹謗中傷的なメールやコメントもいただきました。 営業時間に来たけどやってない店はサイテイ。等数件。入院先から事情をコメントし謝罪のメールをするも、2度と来ないとかの返信。 シャッターには貼り紙もしたのに。 あるお客様には、膵炎だったんだって?いろいろ聞いてきたけど10人に一人か二人しか助からないみたいだからね〜って。あっさり。 売上が落ちたから閉めてるんですか?とかいう意味不明なメールも。ブログやTwitter、食べログのコメント、また常連の方や近所の方に聞いて頂ければ分かります。 そんな心配はいらないことを。 またある人は自分が膵炎で治療中の話をすると、軽い口調で、そう言えば昭和天皇も膵臓癌で亡くなったんだよ、、。知ってた? などと平気に話掛けて来る人もいました。何故退院直後の今の自分にするのか考えられませんでした。 でも下に述べますがあとで気付くことがあり今はむしろ感謝してます。 決してみんな自分に対して悪気があって話したのではないことにようやく気付いたんです。あくまでも話の流れの一部だっただけなんだと。 同じ価値観を持っていれば上記の様には思わなかったのかもしれないです。同じ価値観で生きてれば楽ですし、話を合わせてればある意味自然で楽かもしれません。でもいろんな考え方や価値観の違いがあるからこそ自分と相手とがぶつかりあって初めてお互いに成長していくんじゃないかと。 今回の入院や病気をきっかけにして、いろいろな方々と意見をぶつけ合った結果考えさせられることは凄く多いと。 このような不安な気持ちの中前段はあるものの、人生ではじめて""非常識""と言われ流石に落ち込みました。それからは睡眠不足の毎日 。でもさらに成長していく糧にもなりました。そんなとき、"人は自分を映し出す鏡"という諺を思い出しました。嫌みを言われた事をその場の感情でうっとおしく感じてしまっていたのです。 みんなみんな、それまでずっとお世話になってる方々なのに。 きっと知らず知らずのうちに相手も微妙にながらも自分の弱さや器の無さが確実に伝わっていたのだと。反省点が山ほど出てきました。 ただ入院中も退院後も、心身の動揺や不安をグッと抑えながら、無理しながらも出来るだけ明るく明るく全員に接してた事は分かってほしかったのです。そうじゃきゃ再開の25日お昼前に皿を2枚も割ったりしません。 その日の午後、お店を締めて自転車に乗るや否や今度はタイヤがパンク。 何故?何故?考えれば考えるほど歯車が噛み合わなくなってるのを実感しました。 前の記事などを読んで頂くと分かりますが入院中朝5:30には起床し、同部屋の方と真っ赤に染まっていく吾妻小富士を毎朝眺めるのがいつのまにか日課になっていました。 退院したら、真っ先に行こうとも。 日曜日無理かな〜って思いながらも、退院直後の正直体のだるい中、気分転換のつもりで吾妻山に紅葉をみに行きましたが、ずっと上記のような事を考えてしまい、気持ち的にも不安だらけで帰ったのを覚えてます。 病気は気から。などと自分に言い聞かせてはいたのですが現実を考えると楽しい気分には全くなれないでいたように思います。 いろいろ止めどなく書いてしまいましたがこれが自分のおかれた現状と気持ちです。 通院してて主治医から言われた言葉の通り、慢性膵炎になったら大変なことになりますから、しばらく仕事を休まれてみては、、、。 河本氏や福田氏ではないですが。そのくらいの期間は。 あたたかい励ましのメールなど頂くからこそ真剣にに悩みます。 17年半お世話になった大和○○○を退職した時に、考えたことがあります。それはせっかく会社勤めを辞めるからにはいろんな経験をしたいと。大きな組織で会社勤めをしていると、価値観が似てる人との付き合いになってしまいがちでした。それからすると今のこの状況は自分にとってとても貴重な経験が出来てる証拠なのかもしれません。もう少し体調を戻さなきゃはじまりませんが。 薬付けの毎日が年内は続きそうです。まさに水戸黄門の主題歌なのかもです。 今回特にN.Tさん、Iさん、お二方には心からの謝罪とお礼を申し上げます。 最後に今回の病気に関連して、また、わのんわんのファンの方々にご迷惑をお掛けしたことお詫びいたします。今月半ばに再入院予定です。 追伸 メールなら直接でも構いませんしTwitterのDMやブログでも。ご意見頂けたなら幸いです@@@@@ |
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