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信仰、愛、希望という保護
2007. 7. 27
聖書の節
1テサロニケ5:5 なぜなら、あなたがたはみな光の子であり、昼の子であるからです。わたしたちは、夜の者でも暗やみの者でもありません。(6節)ですから、他の人たちのように眠ることなく、目を覚まして冷静でいましょう。(8節)しかし、わたしたちは昼の者なのですから、冷静でいて、信仰と愛の胸当を着け、救いの望みのかぶとをかぶりましょう。
務めの言葉
目を覚ましていることと冷静であることは、教会生活のための聖い生活の三つの基本的な構成である信仰、愛、望みを保護することと関係があります。8節はこれを示しています。胸当とかぶとという言葉は、いずれも霊的戦いを示しています。胸当は信仰と愛とから成っており、神の義にしたがってわたしたちの心と霊を覆い、守ります(エペソ6:14)。かぶとは救いの望みであり(エペソ6:17)、わたしたちの思考、思いを覆い、守ります。信仰、愛、望みは、テサロニケ人への第一の手紙第1章3節に描かれているような、真のクリスチャン生活の三つの基本的な構成です。信仰は、わたしたちの心の一部分であるわたしたちの意志に関係があり(ローマ10:9)、わたしたちの霊の一部分であるわたしたちの良心に関係があります(1テモテ1:19)。愛は、わたしたちの心のもう一つの部分であるわたしたちの感情に関係があります(マタイ22:37)。望みは、わたしたちの思いの機能であるわたしたちの理解に関係があります。
真のクリスチャン生活が維持されるためには、これらすべてが守られる必要があります。そのような生活は、目を覚ましているものであり、冷静であるものです。この書簡の冒頭で使徒は、信者たちの信仰の働き、愛の労苦、望みの忍耐を称賛しました(1:3)。この書簡の結びのここで、使徒は彼らにこれらの霊的な美徳のために戦うことによって、それらを覆い、また守り続けるようにと勧めています。
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