日々是不思議也

過去の記事に、新たに撮影地名や当時の未公開写真等を一部追加致しました。震災で失われた貴重な風景もありますので、ご覧ください。

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ブログのデザインが少し変ったようなので、ブログバナーを一新してみましたが、いまいちパッとしないので、文字位置等修整します。

ちなみに元となった図柄は、十八世紀ごろに描かれたというチベットのタンカ(仏画)で、憤怒相の六臂マハーカーラ(大黒天)。現物は7.6cm× 6.3cmという小品にも関らず、とても緻密な線描で描れており、やや痛みが目立ちますが、秘蔵するタンカ・コレクションの中でも、絵師の技量、デザイン共に最も優れている佳品。

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正月三箇日の陽も暮れ、猫共と一緒に暖かな炬燵の中で、テレビのUターンラッシュのニュース映像を見ていると、正月休みももう終わりだな…、早かったなーと何時もながら実感しますが、あ、ご挨拶が遅くなりましたが、皆様、明けましておめでとうございます。本年もとうぞ宜しくお願い致します。

昨年の東日本大震災の影響もあって、三陸沿岸の被災地では、なかなか例年通りのお正月とはいかないようですが、私はと言えば、正月一日と二日に掛けて、かねてより撮影に行きたいと思っていた、私の地元、岩手県大船渡市三陸町越喜来に点在する、小泊の八幡神社、浪板の熊野神社、河内の糠の森こと、小出の糠森神社という、三つの民間の小社への参拝を実行に移してきました。

何れの社も深山の奥とはいかないまでも草木の生い茂る山中にあり、正月以外の登拝は蝮や蜂、熊の出没といったリスクが伴うので避けていたのですが、今年は好天に恵まれたこともあり、やっと念願の撮影が出来たので、新春の挨拶に代えて、何部かに分けて御報告と紹介をさせていただきたいと思います。とはいえ、河内の糠森神社に至ってはこの地にまつわる伝説を調べるにあたり、思いがけず新たな謎が噴出してきたりと、今回もかなりややこしいことになってますが、長らく休んでいた《猫淵神社考》再開のリハビリと思ってお付き合い願えれば幸いです。では、新年を飾る今回は、プロローグ編ということで、相変わらず下手糞な文章の上、いつまとめきれるか解りませんが、ごゆっくりお付き合い願えれば幸いです…。


心配されていた元旦の天候も、三陸沿岸は良さそうなので、被災地を照らす初日の出の写真を撮るため、遅くとも朝七時迄には起きて元朝参り(初詣)に行こうと思っていたのですが、前夜、年が替わる時間迄夜更かししたせいか、睡魔には敵わず、用心の目覚まし時計の電子音を何度もスルーして、結局布団から起き出したのは時計の針が午前七時半を少し回ったところ。気温は思ったよりも暖かく、さっさと着替えて、最近ちょっと機嫌が悪くなってきた愛用のコンパクトデジカメを片手に、朝飯の雑煮も食べずに軽トラックに乗り込んだのは、結局いつもガレキ作業に出かける時間とそんなに変わらない午前八時頃。

平成二十四年(2012)元旦の白い太陽は、すでに被災の場を明るく照らしており、狙ったような越喜来湾に昇る朝日の写真はもう無理だろうなとハンドルを握りながら思いつつも、まずは産土神である大船渡市三陸町越喜来肥ノ田の新山神社へと車を走らせた。

この新山神社は、戦前の旧社格では越喜来村社にあたり、境内社として八坂神社を併設する。お世辞にも大きいとはいえない田舎の神社ではあるが、由来沿革は古く、境内に鎌倉時代の末に建立された石塔婆二基(大船渡市指定文化財)、岩手県の有形文化財に指定される、室町時代後期、天文十一年(1542)に奉納された「順礼札」一枚が現存する古社でもある。また、この新山神社に関連する“権九郎”と言う狐の伝説もあるのだが、例の如く、紹介するには余りにも長くなりすぎるので、これらについて詳しく述べるのはまたの機会という事にしたい。

新山神社に御参りに来るのは昨年の初詣以来だが、境内にある大東亜戦争戦没者の顕彰碑や燈籠、石畳、石垣などに震災時の傷跡が生々しく残っている。幸いこの神社は高台にあるため、今回の津波の被害は受けなかったものの、以前このプログでも何度か紹介した、私にとって子供の頃から最も馴染み深い、越喜来漁港のオエベスサマ(恵比寿様)の石祠は、僅かに屋根の部分を残すのみで、傍らの赤松の大木は根元ごと海波によって失われてしまっているし、いづれ撮りに行こうと思っていた、向い側にあった泊漁港の八大龍王尊の文字塔は今も行方が解っていない。この他、大津波により被災各地の神社、仏閣、小祠、路傍の石仏、石塔など沢山の祈りの場が破壊され、失われたという現実は、新年早々、なんともやるせない気持ちで一杯になった。

当初の予定通り、新山神社の境内からコンデジで、越喜来湾の湾口の上に高く昇った太陽を狙ったが、カメラのファインダーがうまく開かなかったり、強い逆光のため平行に撮影できなかったり、他のところをとってもピンボケになったりと、どうも思ったような写真が撮れない。

「う〜む…、去年は結構上手くいったのにな、ま、仕方ないか…。こういう時もあるさ」

気も乗らなかったのでカメラを早々としまい、気を取り直して、拝殿の縁に設置された赤い「おみくじ」と書かれたレトロな自販機に百円玉を入れる。ゴウンゴウンという機械音と共に取出し口にポトリと、少し古いのか包み紙の所々に茶色いシミが付着した御神籤が一枚落ちてきた。

「これで百円は少し高い気もするよな…」

無論これより高額で売られていることが多いのだが、最近は若い女性の需要を見越してか、観光地化した神社仏閣では、開運ストラップなどのオマケが付属した御神籤が売られている事も多いので、恐らく祈祷料とかも入っているのだろうが、紙の御神籤一枚だけというのは、ちょっと損をしたような気分になって、ここ以外では私も余り引かなくなってきている。

「…去年引いた時は“吉”だったな。津波が来た去年より悪かったらどうしよう…(苦笑)」

そんなことを考えながら、おもむろに御神籤を開いてみると、「第九十一番 吉」!?

「改変前途去(ぜんとをかいへんしてさる)前の悪きことも改まりかわりてこれよりしだいによくなるべし(中略)▼このみくじにあたる人は闇夜より月夜になるがごとく心のうれいとけさつてよろこび事にあうなりたゞしおよそ月のみつるときはかくるなりすべての理みなかくのごとし故にいま満月の時に急にせよ。やがてかける時あり、いう事をしめすなり神仏を信じて吉▼よろこび事よし▼病人本復す医者かえて吉▼あらそい事かち也▼失物きうにたづねてよし▼のぞみ事かなう▼待人来る▼売買よし▼耺は官使などよし▼さきの世につくりし罪も露と消えて花咲く春の来しぞうれしき」

「前の悪きことも改まり替わりてこれより次第に良くなるべし」ということは、段々今の状況が好転するということなのか、「よし」、即ち「吉」が沢山並んでいるということは、この御神籤は好いということなのか?「大吉」ではないが、余りにも内容が出来過ぎているので、気持ちの沈んだ被災者に対するサービスの一環ではないかとすら疑いたくなってしまうが、何となく元気が出てきたことは確かだった。

「神仏を信じて吉」か…、よし、じゃ時間も早いし、今年は天気も良いし、せっかく出て来たんだから、今から前から行きたかった“泊の八幡サマ”に御参りに行ってくるべかな!!。

肥ノ田の新山神社からほど近い所にある、「泊の八幡サマ」こと越喜来字小泊にある八幡神社は、以前からその存在と入口自体は人から聞いたり、資料を読んで知っていたが、新山神社同様、越喜来の歴史を語る上で重要な神社であるにも関わらず、なかなか機会がないのと山の奥にあるのを理由に、これまで御参りに行かずじまいになっていた。

御神籤は結ばす、御守りにするため、落とさないよう大事に財布にしまい、早速、軽トラを神社のある泊の館(たて)へと走らせる。元旦の陽光は眩しく、道路から臨む海は比較的穏やかで陽の光を写し込みキラキラと輝いていた。新山神社での撮影は今回こそ上手くいかなかったが、泊の八幡サマへの参拝と撮影は、何だか上手くいきそうな気がしていたのである…。

(次回へ続く)

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私の一生の中で、決して忘れられぬ年となった平成二十三年(2011)も、残り一週間ばかりで終ろうとしています。更新が遅くなりましたが今宵はクリスマス・イブ、皆様如何お過ごしてせうか?

今年は所謂“ホワイトクリスマス”どころか、“クリスマス寒波”と言う事で、日本海側を中心に列島各地で大雪や吹雪など荒れた天気が続いているようですが、私が住んでいる岩手県大船渡市三陸町は、一昨日から時折、粉雪混じりの強い風が吹くものの、全体的には穏やかな天気で一安心といったところ。勿論、三陸沿岸にとって本格的な冬の到来はこれからなので、油断は出来ませんが、今年は心配された震災被災地への台風の直撃もありませんでしたし、空もその辺は配慮してくれているのでしょうか、願わくば、せめて今冬は仮設住宅の人たちが少しでも暖かく過ごしやすく春を迎えれますように…。

さて、先日、地元の仮設食料品店に晩の買い物に行ったら、近日完成予定の仮設商店街脇の津波で被災した旅館の跡地に、震災支援で来たと思われるクリスマスツリー用の樅の木を設置する人の姿が見えたので、年の暮れのご挨拶用にと、愛用のコンパクトデジタルカメラの調子が悪かったので、昨夕の買い物ついでに妹のケータイのカメラを借りてパチリ。

ちなみに常緑の樅の木などが、クリスマスツリーとして飾られるのは、日本の正月飾りである門松や節分の柊同様、一年を通して緑色の葉を保つ常緑樹を生命力の象徴とみなし、一年で最も太陽の力が衰える冬至の日に、太陽の復活を祈って捧げた、北欧の古代ゲルマン民族の風習に由来すると考えられている。

クリスマスの雰囲気を楽しんでもらおうと、各地の被災地でサンタクロースの姿に扮したボランティアの方々が被災した子供たちなどにプレゼントを手渡した話題が、ローカルニュースを賑わしていますが、私の家の近所にある運動場へ建設された集合仮設住宅にも、昨日サンタさんが訪れ、支援物資を頂いたとか。

なのに、この被災地に、連日のように沢山送られて来る善意の支援物資を巡って、高額な贅沢品を請求したり、物資を現金に換えるため、インターネットやリサイクルショップで転売したりといったトラブルがニュースなどを通じて聞こえて来るようになったのは、同じ被災者として何とも情けない限りであるが、思い返せば、今年三月十一日の東日本大震災発生以来、親類知人を問わず、このブログにいらした方を始め多くの方から思い掛けないご支援や温かいお言葉を頂き、有りがたいと思う反面、自分はこの恩義に今後どうやって報いてゆくのか、正直、震災から九ヶ月余を経過して尚、暗中模索の状態ですが。この津波の跡地に立つ、雪交じりの強い寒風に晒され、右へ左へと揺れ動きながらも、尚光り輝く一本のクリスマスツリーは、生活の明かりの消えた深い闇の中で、まるで夜の大海原で航路を指し示す一基の燈台のようにも見えてくるのです。

…さ、今宵も更けましたね。東日本大震災の発生に限らずとも、世界的に見てもまさに激動と言っていい荒れた一年でしたが、毎年十二月十二日の「漢字の日」に、財団法人日本漢字協会が選定する日本や世界の世相を漢字一文字で表す“今年の漢字”は「絆(きずな)」。

東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)を始めとして、台風などによる大雨被害(平成二十三年七月新潟・福島豪雨、台風12号等)、ニュージーランド地震、タイ洪水などといった国内外で発生した自然災害などにより、家族や友といった身近でかけがえのない人物に対する絆を改めて感じたり、チームワークと信頼でFIFA女子ワールドカップに優勝したサッカー日本女子代表(なでしこジャパン)の姿などに感動し、勇気を得たりしたことなど、多くの日本人が絆の大切さを改めて感じた一年であったためというのが、その選考理由だそうですが、私自身も人との繋がりの大切さを改めて感じさせて貰ったのが、この震災で得た一番の教訓だと思っています。

今年の更新は今回で最後になりますが、これまで、このブログを通じて知り合った皆様との御縁に深く感謝致しますと共に、相変わらずつたないブログですが、来年もよどうぞろしくお願い申し上げます。そしてメリークリスマス。どうぞ良いお年をお迎え下さい。

平成二十三年十二月二十四日 ブログ管理人・さっと拝

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なんでも、名古屋大などの日欧の国際研究グループが今月二十三日に発表した、中性微子ニュートリノが光速よりも速いという事を示した、これまでの物理学の常識を覆す衝撃の実験結果に、これが本当ならアインシュタインの相対性理論で実現不可能とされた“タイムマシン”も可能になるかもしれないと、専門家からは驚きとともに、徹底した検証を求める声が上がっているらしい。

タイムマシンなんて言うと、私みたいに、やはり今月、神奈川県川崎市にミュージアムが開館した、藤子・F・不二雄こと、故・藤本弘氏の漫画とそれを基にしたTVアニメである、『ドラえもん』を思い出してしまう人も多いんでしょうが、やはりタイムマシンを扱った藤子・F・不二雄のSF短編の一つである、『T・Mは絶対に』を読むと、藤本氏はそんな人間のつエゴとか関係ない、子供の純真で素直な夢物語を“ドラえもん”という未来の猫型ロボットに託したんだなって、今更ながらに思います。

ニュートリノの実験結果、並びに過去や未来へのタイムトラベルの実現が可能か不可能かと言う難しい議論はさておき、単純に過去に遡れるのなら、是非持って行きたいと常々思っている品物に、テレビの番組を高画質・高音質で録画保存できるブルーレイ・レコーダー(DVDレコーダーでも可)があります。

ブルーレイ・DVDビデオ全盛の世の中になり、今となってはビデオテープは過去の遺物となってしまい、長年しまいっ放しになった事により、湿気で磁気テープにカビが生えてしまい、多くがデジタルソフト化された事によって、撮り溜めていた映画やドラマなどのカセットを大量に廃棄した我が家に未練はそれほどないのだが、数のうちには映像ソフト化が難しい物もあり、そう思うと直の事、高画質のデジタル映像で何時までも気楽に楽しみたいという欲も出てくるんですよね。

例えば、私なんかは絶対デジタルソフト化して手元に置いておきたい過去の番組の筆頭に、我が地元である越喜来漁港をロケ地にしたにも拘らず、岩手朝日放送が当時開局されておらず、放映局が電波の遠い宮城県の東日本放送であったのと、越喜来地区で異常な高視聴率を記録した事により、恐らく放送電波が弱くなり非情な事に、映りの悪いのを通り越してモノクロ放送になってしまい非常に悔しい思いをした番組である、平成元年(1989)十二月に放映されたテレビ朝日系の伝説の異色系サスペンスドラマ「魔女三人みちのく温泉オシャレ旅(出演/杉田かおる・栗原小巻・高峰三枝子ほか)」や、自分が再放送や映像ソフト化をNHKに何度もリクエストしているにも拘らず、未だ実現されていない、平成九年(1997)から一年に渡り放映された、日本の行事や習慣を解り易く解説した教育テレビのミニ番組「なぞ解き歳時記(全四十六話)」。一応DVDソフト化されているにも関わらず、著作権等の関係で放送時と内容が異なる、平成十一年(1999)タイタニック号の水中撮影に成功されたスタッフが戦艦大和の水中撮影に挑んだ、やはりテレビ朝日の開局50周年記念企画特別番組「今よみがえる戦艦大和」など、挙げればきりがないほど、そんな時の彼方に埋もれた名作がまだまだ沢山あるんですよ。

タイムマシンなんか使わなくても、恐らく私がここに上げたいずれの番組もマスターテープはテレビ局のどこかで眠っているかと思いますが、著作権など色々と大人の事情もあるんでしょうが、どうかそんな埋もれた番組を、手軽にデジタルディスクソフトに焼いて呼び覚ましてくれるシステムを、手数料が少しぐらいかかってもいいので、TV局や番組製作関係者の方、誰か造ってくれないでしょうか。結構切望です(>人<;)

さて、ちょっと遠回りになってしまいましたが、今回ブログにお引越しするYahoo!Daysの日記は、ちょっと不可思議な、我が家のブルーレイ・レコーダーにまつわる「何でだ、なぜ地上波の恐怖番組に限って録画が失敗する?」のお話。公演前にお祓いをしないと祟りがあるとして有名な「東海道四谷怪談」を始めとして、所謂怪談物については不思議な話が付き物なのですが、それを観た人にも…、なんてことはないのか、怪談好きな私としては時々心配になってしまいます(苦笑)。

あ、そういえば、最近放送されて私も見た、とある恐怖映像を特集した番組をやはりデジタル・レコーダーに録画した人のネットのコメントにも、その番組が、なぜか何十にも分割されて録画されていたという事が書かれていましたので、こういう事って意外と多くある、常識では説明のつかない事例のひとつなのかもしれませんね…。

ま、迷惑な事には変わりありませんが(^^;


http://blog.days.yahoo.co.jp/blog-7iN5r3Q.da8LL5O0xR8P88Rb8sg-?p=20
2009年9月29日 13:47更新より

昨晩、茶の間に鎮座するプラズマテレビの大画面でゆっくりと堪能しようと、ブルーレイ・レコーダーに先週予約録画しておいた、TBS系でやっている長寿クイズ番組「日立世界ふしぎ発見!」における《祇園祭に秘められた日本最強のパワースポット京都誕生の謎》という、私にとって大変興味深いサブタイトルに惹かれて、観るのを楽しみにしていた番組を再生してみたら、…映っていない。

いや、正確には何が映っているのかよく判らない雑音混じりの音声のみの映像が録画されているのだが、こら、なんでだー!!??、なんで映ってないんだ???
飼い猫のせいだろうか、最近はよくテレビの裏でごそごそしているから、受信アンテナの配線をいたずらしていじったのかもしれない、そういえばこの間も同じことがあった、…そうだ、あれは先月「本当にあった怖い話」を録った時だった、あれも楽しみにしていたのに映らなかったんだよな…。

それにしても、この間までちゃんと映っていたのに、どうしてこうも私の好きな恐怖特番を撮るときばっかり映らなくなるんだ????。

…呪いか、何かの呪いが働いているとでもいうのか?。でもこの間BSでやっていた「怪談夜話」撮った時は何にも問題なかったぞ、そのあとにやった「四谷怪談」だって・・・、まさか、まだ見てなくてHDDに残してあるからなのか、厭だというのか。ブルーレイ・レコーダー!!!???

なんて機械に言っても始まらないし、再放送も絶望的だろう…、もう二度と予約は信じるまい、悔し涙を流しながらそう心に決めて、仕方なく地上波が写らなくなった原因を調べてみると、地デジのアンテナ受信設定だけがなぜかきれいさっぱりと消えていた…。


…あれ?、ほんとになんかの呪いなの?

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先月末のブログ再開以来、沢山の方からお見舞い、並びに温かい励ましのお言葉を頂いてほんとに有り難いの一言です(_ _)。

さて、今日は彼岸の入り。“暑さ寒さも彼岸まで”と言いますが、一昨日までの蒸し暑さが嘘のように一転し、寒さに堪えられなくなった妹が、少し早目の炬燵布団を引っ張り出して来たので、雨音を聞きながら、寒がりな猫共と一緒に炬燵で温まりながら書いております。台風十五号の影響で今日の作業は休みだったので、この様子では恐らく明日も休止になると思いますが、台風が近づくにつれ、更に雨風が強くなって沿岸被災地は震災発生以来、最大クラスの時化模様。波高も予想では三メートルから七メートルになるようですから、護岸設備が津波により破壊されているので、こちらも被害が心配なところ…。地震で地盤も緩んでいるので、再びの土砂災害が懸念されている和歌山の惨状は本当に他人ごとではないです。

心配事は尽きませんが、それは置いておいて、今回の“モテ期占い”の話。

丁度一昨年前、平成二十一年(2009)の九月に「当たるも八卦。当たらぬも八卦。」というタイトルで、Yahoo!Daysに掲載した話題なので、以前読んで知っている方もあるかと思いますが、なんでもあちらのサービスが来月三日で終了するらしいので、ほんとに更新自体も僅かだったのですが、そこでちょっとだけ書き込んでいた日記を、消えてしまう前に今のうちに新しい書庫を作ってこちらに移しておこうかと思います。

何時もなら民俗学的、宗教的考察を交えるようにしているんですが、こちらは日常生活を送る中でちょっとだけ思い付いた馬鹿な話が基本テーマなので、お茶でも片手にお気楽にどうぞ…。ちなみに、昨年やった別のネットの無料占いでは、今年の三月・四月・五月がモテ期でした…。え?、当たったかって、そんな野暮なこと聞きまするな(/ω\*)。

http://blog.days.yahoo.co.jp/blog-7iN5r3Q.da8LL5O0xR8P88Rb8sg-?p=7
2009年9月15日 16:47更新より

私の長年の友人Mがやっているらしいブログを閲覧していたら、ネットで話題の“モテグラフ占い”http://motez.net/motegraph/index_pc.phpなるものがあるらしく、その結果がなんと当たっていたので、Mも思わず口に含んでいた昼飯を吹き出したらしい。

これまで恋愛というものにほとんど縁がなかった自分としては、とっても(笑)この占いに興味があるので、ものは試しにと心に言い聞かせて、ドキドキしながら入力みたら、私のモテ期は13・29・47歳との結果。

13歳はまあいいとして、時期的に最良ともいえるモテ期なるものが既に3年前に過ぎ去っていたことと、次で最後になるというモテ期が今から15年後との占い結果にちょっと、いや大分ショックを受ける…(苦笑)。

生年月日で占うので、所謂占星術や四柱推命術が関係しているのだろうが、こういうのを見ると「この世に偶然なんてものはない、あるのは必然だけよ」なんて、某アヤカシマンガの登場人物のセリフがじわじわ思い出される。

まあ占いなんて、当たるも八卦、当たらぬも八卦。良いところばかり信じればいいじゃないか!という都合よく解釈するポジティブスタンスで生きていこうとしているが、それにしても気になるのは3年前、私が29歳の時にやって来た(らしい)というモテ期…、そんな兆候あったっけか(-。-;

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