日々是不思議也

過去の記事に、新たに撮影地名や当時の未公開写真等を一部追加致しました。震災で失われた貴重な風景もありますので、ご覧ください。

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左手首の無い大黒様

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私が生まれる前から、我が家の神棚には左手首の無い、打ち出の小槌の上に乗った小さな備前焼の大黒様の像が祀られているのだが、これは先年亡くなった祖父が、昭和八年(1933)三月三日の三陸大津波の後に、田んぼの中に埋もれていたものを見つけて拾って来たものらしい。

この時の津波で、どこかの家の神棚にあったものが押し流されたのだろうと思っていたが、生前祖父から聞いたところでは、拾った時にはすでに大黒様に牡蠣の殻がこびり付いていたらしいから、それより前に、何らかの理由で海の中に眠っていた物が、津波によって海底から陸上に押し上げられたのだと思われる。

津波といえば、平成十七年(2004)十二月二十六日にインドネシア・スマトラ島沖地震で発生したインド洋大津波や平成五年(1993)七月の奥尻島を襲った北海道南西沖地震津波が記憶に新しいが、私の住む大船渡市三陸町も陸中海岸国立公園にも指定されるリアス式の海岸線を有する事から古くから大津波の襲来地としても知られ、同じ大船渡市三陸町綾里白浜地区では昭和三陸大津波で国内最大級となる二十二メートルの津波を観測しており、現在三陸海岸周辺には津波の来襲を想定して築かれた、鉄筋コンクリート製の津波防潮堤が城壁のように海岸を取り囲んでいる。

三陸沿岸を巡ると寺の境内や道端などに津波の記念碑や溺死者の供養碑をいくつも見ることが出来る。
私の家のお墓のある近くのお寺(真言宗浦誉山円満寺)の境内には、明治二十九年(1896)六月十五日、三陸沿岸を襲った明治三陸大津波を記念した大きな「三陸大海嘯碑」があるが、もともとは海岸近くに建てられていたもので、昭和八年の津波の際には、元の位置より二メートルも高い場所に押し流されたという記録が残っている。

私の両親や祖父母は明治、昭和の三陸津波に次ぐ被害を齎した昭和三十五年(1960)五月二十二日のチリ地震津波や昭和二十七年(1952)の十勝沖地震津波やカムチャッカ沖地震津波などを経験しており、私自身も規模こそ小さいものの平成六年(1994)十月の北海道東方沖地震や同年十二月の三陸はるか沖地震を始め、幾つかの小津波を経験しているが、平成十五年(2003)九月二十六日の北海道十勝沖地震では明け方で仕事中であったため、岸壁で津波による潮位の変動を間近に見ている。

「イワシで殺され、イカで生かされた」とは、津波に関する三陸地方の言い伝えの一つらしいが、明治の津波の場合にも、昭和の津波の場合にも津波前には鰯が豊漁であり、津波後にはイカが大漁であったことに由来するという(※鰯の腹に泥が詰まっていたとの報告もある)。このブログを書くために、津波に関する調べ物をしていて偶然に見つけたものだが、奇しくも今日のお昼の地方ニュースで三陸沿岸定置漁場で季節外れの鰯が大漁に水揚げされ市場が活気付いてるとかで、近年は鰯の水揚げ量も減っているので今回の豊漁は希に見る出来事らしいが、この言い伝えを見つけた以上、海に生きる人間にとってはなんとも複雑な心境である‥。

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猫の石仏

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二月もうすぐ終わりだが、去る二月二十二日はニャン(2)ニャン(2)ニャン(2)で「猫(ねこ)の日」だった。

英文学者の柳瀬尚紀氏らによる「猫の日制定委員会」と社団法人ペットフード協会の主催により、昭和六十二年(1987)に制定されたという「猫の日」には、毎年各地で各種イベントやキャンペーンが行われるほか、猫に関する啓発活動も行われているらしい。

これは全国の愛猫家からの公募の結果、猫の鳴き声であるニャンニャンニャン(222)の語呂合わせで二月二十二日を猫の日に決定したという事だそうで、単なる言葉遊びによるこじ付けじゃないかと思う向きもあるだろうが、俳句の二月の季語には「猫の恋」もあるし、私の住んでいる三陸地方では、かつて旧暦二月一日は「猫の年取り(年越し)」と称し、三十センチぐらいの松の木を柱の根元に立て、松の新芽の上に、前日搗いて小さく切った餅を載せ、猫の好物の魚と共に猫の年齢の分だけ餅を千切って食べさせたという。

つまり二月は猫の季節なのである。

さて、「猫に石仏(いしぼとけ)」といえば‥、というか調べ物をしていて、私も初めて知った‘ことわざ’なのだが、「猫に小判」「豚に真珠」と一緒で、ありがたい石仏であっても気ままな猫にとってはまったく価値のない、どんなに貴重なものでも、その値打ちを知らぬ者にとっては何の意味もない(無駄な事)という喩えなのであるが、そういえば、私の母方の実家の菩提寺に行く途中の三股に分かれた県道の脇に、六地蔵や山の神塔などが立ち並んでいる一角があり、そこに一匹の猫が寝そべっている。

寝そべっている、といっても生身の猫ではない。近くの海岸から拾い上げたらしい一抱えほどの楕円形の石の表面に、実物大の眠った猫の姿が浮き彫りにされているのだ。

以前は文字通り、ゴロンと石ごと地面に寝転がっていたので、側に行かないと眠り猫の像が彫ってあるとは気が付きにくかったのだが、最近行われた道路改修工事に伴って古碑群が整備されたのを機会に、盗難防止のためかセメントで固定して起き上がらせており、遠目にも猫の姿がはっきり確認できるようになった。

残念ながら、猫の絵像以外は、建立の年季も造立者の名前も記されていないので、いつ頃から此処にあるのか何の目的に建てられたのか、手元の資料をひも解いてみてもほとんど解らないのだが、これは所謂「猫神(ねこがみ)」と呼ばれるもので、宮城県(旧仙台藩領)を中心に建立されているものであるらしい。

民間信仰では、猫は農作物を荒らす鼠や雀などの害獣や害鳥を追い払う益獣として珍重されたが、古くは高価な生き物であったこともあり、特に養蚕業や漁業を営む家では、絹糸の原料となる蚕(かいこ)や漁具を食い荒らす鼠の害を防ぐために、天敵である猫の人形を置いたり、蛇の絵を貼っておいて鼠除けの呪いとしたのである。

また、かつては、猫は漁師や船乗りの間では航海の守護神と考えられて大切にされており、出港の際には猫を必ず連れて行ったといい、猫が眠っていれば晴れ、猫が騒ぎ出せば時化になると言われていた。

「猫が顔を洗えば雨が降る」という言い伝えを聞いたことがあるかもしれないが、猫が天候を占うといった俗信は洋の東西にあり、特に三毛猫の雄は幸運を招くとして高価で取引されたという。これも本来は木造帆船の時代、積荷や帆布、帆柱や船底などをかじり、航海の妨げとなる鼠の害を防ぐといった実用目的のために乗せられていたのが、のちに天気を読むといった様々な俗信や付加価値が付けられていったのだろう。

養蚕業や木造帆船の衰退とともに時の彼方に忘れ去られようとしている猫の神であるが、石の猫はそんな人間様のことは気にも留めていないかのように、早春の暖かな日差しを受けて今日もスヤスヤと気持ちよさそうに眠っているのである。

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幸せなら手をあわそ

先日のこと、夕方市街地からの買い物帰りに車を走らせていると、どこかの家のお婆さんが道路に向かって手を叩いている姿が前方の視界に飛び込んできた。

そこは車道を隔てて向かい側にその地区の鎮守の神社がある場所で、瞬間「あ!あのばっぱ(※地元の方言でお婆さんの意)あそこの神サマにお参りっこしてんだな…」と気がついたのだが、そこで車のスピードを弛める訳にもいかず、丁度そのまま神社に向かって手を合わせ頭を垂れるお婆さんの目の前を通り過ぎてしまった。
一瞬とはいえ、偶然にも車を運転する私に向かってお婆さんが手を合わせる格好になってしまったため、お婆さんの姿が見えなくなってから、ちょっと悪いことしたかなと苦笑してしまった。

恥ずかしながら私も偉そうなことは言えないのだが、大した努力もせず他力本願で、困った時の神頼みをやってもなかなか聞き入れてもらえるものではないし、たとえ願いが叶ったとしてもその後の努力を怠ればせっかく手に入れた幸せも有効に活用することが出来ずに終ってしまい、また他力本願な神頼みを繰り返すことになる。
むしろ日々を平穏無事でいられることに感謝して、手を合わすことが本来のお参りの仕方であり、そういう人には自然と幸せも集まってくるものだという。

以前ニュースで見たが、ゴミの不法投棄が絶えない河川敷に神社の鳥居を沢山設置したところ、不思議と不法投棄がぱったりと止んだとかで、この奇抜な作戦の成功を見たあるベンチャー企業が鳥居を模した不法投棄防止グッズを販売し、ゴミの不法投棄に悩む各地の自治体の注目を集めているらしい。
鳥居を模したとあるように厳密にいえば神社の鳥居ではないのだが、ゴミの不法投棄という悪いことをしている分、神社の鳥居という目に見えない圧力にどうしても気が引けるのだろう(※神社の入り口に立つ鳥居は、神の領域に入る「人間のための入り口」を表し、ここから先が神域であることを表している)。

現在は神社を示す地図記号としても定着している鳥居であるが、昔の壁の落書きに多く見られた鳥居のマークには、「立ち小便禁止」という意味があり、関西方面では現在も民家の壁や柵、街路樹などに防止のための鳥居のミチニュアが取り付けられているという。

こんなことを書くと、単なるお呪いのようにしか見られないかも知れないが侮ってはいけない。事実、ある怪談本には、区画整理により各所にあった石仏、石塔を集めておいた場所が適度な広さがあったのでゴミ捨て場として使用したところ、そのゴミ捨て場を利用する地区の住民に死人や病人、怪我人が続出。粗末に扱った崇りではないかと慌ててゴミや汚物を整理し、御祓いをしたところそれまで続いていた不幸がぴったりと収まったという。

昔読んだ本なので事実関係に多少の誤りがあるかもしれないが、大意は変らないはずである。先の鳥居の話に通じる話だったのであえて記してみた。この種の怪談話は現在でも度々起きているようで、モラルの低下が嘆かれる昨今の日本社会であるが、他人のことは気にしなくても自分の身に降り掛かる崇りは怖いということか。

信仰云々に関わらず、インテリアや美術品としても人気である日本の仏像や神像は、インターネットなどで高額で取引もされているため、心無い人たちによって、各地で信仰の対象となっている仏像や神像が密売目的のため盗難されたり、破壊されたりという罰当たりなニュースが後を絶たない。しかし、このために犯人に罰(ばち)が当たったという噂話を最近あまり聞かないのは不思議でもあり残念でもるが、表立ってニュースにならないだけで、きっとそれなりの報いを受けているのだろう‥と思う今日この頃である。

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野辺に佇む、苔むした石仏や朽ちかけたような神様が大好きなことは前にも触れているが、地元で普段眼にしているものより、知らない土地を通りかかった時、偶然目の前に飛び込んできたりするとそれだけでウキウキする。

多くは運転中だったりするので、その時だけのご縁になる事も少なくないが、道すがらのわずかな時間で、これらを効率よく見つけるためのちょっとしたコツというものが私にはあり、例えば広い田園地帯のど真ん中や、杉山の中にちょっとだけ取り残されたといった、鬱蒼とした神秘的とも言える感じの木の生い茂る地点があれば、大体その木陰の中に鳥居や社殿、石仏や祠の姿がちらりと顔を覗かせているのが確認できるのである。

田舎なので、目的地まで車で数時間かかることも少なくない、暇な車中でのささやかな楽しみだが、盛岡に行く途中の傍らの民家の畑の中に、農作業の邪魔になる小石を集めて盛り上がって出来たと思われる小山があり、その上に屋根も取れてしまった鳥の巣箱のような、小さな洋風の小屋がちょこんと乗っかっていた。

十年以上前からそのままであったと記憶するので、もしかしたら小鳥の巣箱や犬小屋なんかを代用した氏神を祀る小祠なんじゃないかと自分では思っている(※犬小屋や水槽を祠として使用している例は実際にある)が、見ればその小さな小屋の中にお稲荷さんの狐のような何かが入っているのは確認できるものの、それがご神体なのか、ただのゴミなのか、車窓からでしか見たことないので未だ正体は判別出来ない。でも、それはそれで想像をかきたてて面白いのである。

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道の傍らに・・

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最近私用で盛岡(岩手県盛岡市)に行くことが多いのだが、車窓から風景を眺めていると道の傍などに苔むした石碑や石仏、朽ちかけた鳥居や祠などが寒風に晒され佇んでいるのが眼に飛び込んでくる。

これらの多くは昔の街道を示す名残りである場合が多く、岩手では江戸時代に建立されたお地蔵さんや馬頭観音、山の神塔、金毘羅塔、名号塔、庚申塔、巳待塔といった全国各地でも見られるものや、岩手山、早池峰山、五葉山、出羽三山、鳥海山、金華山といった東北の霊峰の名前などを刻んだ文字碑や石仏が多い。

野辺の石仏の中には信仰そのものが廃れてしまい、すでに何のために建てられたのか地元の人でも解らなくなっているものも少なくないが、それでも正月などにもなれば神の依代となる幣束を立て、注連縄を張り、餅や蜜柑、小銭などが供えられている所をみると微笑ましく感じるのである。

実は私は、これら野に佇む神さまや仏さまが子供の頃からことのほか好きで、以前私が幼稚園の時の保母さんに再会お話をしたとき、おさんぽの時には「せんせー神さまがみたいから、あのみちとおろうよー」と駄々こねられたと幼稚園の頃のエピソードを懐かしそうに語っておられたので、傍らの知人に「今と変わってないねー」といわれてしまったが、知識が増えた今でも、たとえ運転中であってもそれらしき物体が視界に入るとついつい眼で追ってしまうのだ。

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