日々是不思議也

過去の記事に、新たに撮影地名や当時の未公開写真等を一部追加致しました。震災で失われた貴重な風景もありますので、ご覧ください。

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治療したおかげで現在はそれほどではないが、何の因果か大型連休突入と同時に放置していた虫歯が悪化、やっと連休が明けた頃には下顎の神経が腫れ上がってしまい、今年ほど歯医者が休みになる連休を呪ったことはない…。

さて、先月二日、以前からこのブログでも度々触れていた、岩手県陸前高田市矢作町に鎮座する猫を祀った神社、「猫淵(ねこぶち)神社」に御参りに行ってきたので紹介したいと思ったのだが、この猫の神社、調べれば調べるほどけっこう奥が深い…。

遅く起きた朝。先刻、朝食の支度をした妹が、寝ている私の事を何度も呼び、おまけに私の部屋にまで入ってきて揺り起そうとしたような気がしたのだが、後で聞いたら起こしに来た覚えも、呼んだ事もなかったらしい。

時計の針は午前九時を指そうとしている。
薬缶の湯冷ましをコンロにかけつつ、時折当たる風の音を聞きながら、窓の外を見上げると、暖かな春の日差しに照らされた青い空と風で次々と足早に流されていく灰色の雲。

正午から始まるという、岩手県勢初のセンバツ高校野球決勝進出となる花巻東高校と長崎清峰高校の試合は気になったが、前々日から予報されていた四月の降雪は三陸沿岸では空振りに終わり、海岸に打ち寄せる波と強い西寄りの風が、低気圧が三陸沖へ離れて行ったことを告げていた。

「…矢作の猫淵神社と観音寺さ行って来ぺっかな」

我が家から山越しに望む大船渡・陸前高田の方面の空はまだ灰色の雲が立ち込めていて、撮影に若干の不安は残ったが、例の如くこういうのは思い立ったが吉日。朝食の縁起の良い合格祈願のカレー茶漬け(※別に意味無し)と玉子焼きを急ぎばやにかっこみ、かねてよりお参りに行きたいと思っていた陸前高田市矢作町字梅木にある、宮城県登米市津山町の横山不動尊のお使いである「カッシャ」という猫の霊を祀ったという「猫淵神社」、通称「ネコブッツァマ」詣でを実行に移すことにした。

目的の猫淵神社への道は不慣れだったが、神社のある場所は事前にインターネットや地図でも、大体の位置と目印を確認していたので、三月に開通したばかりの三陸縦貫道・陸前高田市米崎インターを使えば四十五分ほどで目的地に着くだろうと踏んでいた。だが、今になってみて思えば、凝り性なんだから効率よく事前に下調べをきちんとしておけば、もう少し有意義に探索できて良かったなとちょっと後悔している。

尚、猫淵神社と併せて、この日のもう一つの目的地であった、同市矢作町寺前の長谷山観音寺は、二月にちょっとだけ紹介した大船渡市猪川町長谷堂の竜福山長谷寺に伝わる鬼伝説と、やはり先日、私が参拝して来た陸前高田市小友町上の坊の鶏頭山常膳寺とセットになって語られている寺院なのだが、これは今回のテーマから外れるので別の機会にお話ししたい。

さて、この私の失敗は、以下に記す猫淵(渕)神社の縁起である「猫渕の伝説」をうろ覚えに記憶していて、図書館できちんと読み直して伝説の要点をチェックしておかなかったのが最大の原因でもある。ではブチ猫、じゃなくて猫渕の伝説、どういった伝説なのか、もったいぶってないで、昔あったずのな‥。

 昔、矢作(ヤハギ)村(現・陸前高田市矢作町)の小黒山(コグロヤマ)に宝鏡寺という小さなお寺があった。ある日、この寺の坊さんが中平の方に托鉢に出掛けた時、道端に一匹の仔猫が棄てられ鳴いているのが目に入った。
 坊さんは可哀そうに思って、その虎毛の仔猫を拾い上げ、衣に包み寺へ帰った。
 坊さんは虎猫を“トラ”と名付け子供のように大事にして育てていた。仔猫は段々大きくなり、炉端にデンと座って、宝鏡寺の名物となり、お寺に来るお客さんは、誰でも堂々としたこの虎猫に驚いたという。
 こうして何年かは過ぎた。名物の虎猫も段々年老いていった。ある夜の事、坊さんは不思議な夢を見た。それは、「明日、長部(オサベ)村(現・陸前高田市気仙町長部)の大金持ちの家の嬶様の葬式がある。その葬式に棺が空の上に昇って行くであろう。その時、坊さんお経を上げて下さい。そのお経の中に“トラヤー、トラヤー、ナムトラヤー”と三遍唱えて下さい。きっと空に舞い上がった棺が祭壇へ下りてくるでしょう」という事であった。
 坊さんは目を覚まして、「どうも不思議な夢を見たものだ」。朝起きると炉端で渋茶を啜りながら考え込んだ。そう言えば、トラがここ二、三日姿を見せない。この夢は何かトラの身の上に変わり事でもあっての事ではなかろうかとそんな心配もした。
 兎に角、今日は長部村へ行って見よう。坊さんはヨレヨレの衣を纏い、草履を履いて宝鏡寺を出た。ようやく長部村へ入って見ると、名にしおう大金持ちの家の葬式ということで、すぐその場所は分かったが、どうも様子が変である。何か変わり事でも出来たような騒ぎである。集まった人々のヒソヒソ話を聞いて見ると遺体の入った御棺が空中へ昇ってしまって、偉いお坊さんたちがどんなにお経を上げても、一向に下りて来ないという事であった。
 坊さんは昨夜の夢を思い出した。全くこんな場面であった。またトラがこの頃姿を見せないのも気になっていた、さてはと思った坊さんは、つかつかとその門の前に立った。するとその家の旦那さんは真っ青になって怒鳴っていた。「御布施は幾らでも出す。あの御棺を下ろす坊主はいないのか」と立ったり座ったりして喚き散らしていた。
 宝鏡寺の坊さんは静かに、「わしがお経を上げて進ぜよう」と申し出た。旦那さんは一目坊さんの身なりを見ると、「此処にいる坊さんたちは皆偉い坊さんだが下ろしかねている。お前のような乞食坊主は頼まない」と膠もなく断った。するとその家の娘さんが傍から「父さん、父さんそんなお話はないでしょう。私からお願いします」と、宝鏡寺のお坊さんに丁寧にお願いした。
 それではと坊さんは祭壇の前に座り、音吐朗々とお経を読み始めた。読経の声は辺りを圧し、その中に、「トラヤー、トラヤー、ナムトラヤー」の文句があったことは言うまでもない。
 当家の人達は勿論、会葬の人達はどうなる事かと固唾を呑んで見守っていた。しばらくは読経の声が響いていたが、天に昇った御棺が静々と下りてくるではないか。人々はあれよあれよと棺を見つめている間に、静かに祭壇に納まったのである。
 これを見た旦那の喜びは一通りではなく、先刻の無礼を詫び、一番の上座に坐って頂き、沢山の御布施を上げてもてなした。
 この事があってから宝鏡寺のお坊さんの名前は近郷近在に名僧として語り伝えられたという。
 しかし愛猫「トラ」は再び宝鏡寺に帰らなかった。間もなくトラの屍体が飯森川の渕に沈んでいるのが発見された。坊さんは勿論、村の人達はトラの死を悼み、これを偲び、トラの屍体の見つかった渕の傍に祠を建て「猫渕様(ネコブッツァマ)」として祀った。この事から此の渕を「猫渕(ネコブチ)」と呼ぶようになったという。

‥以上が細谷敬吉著『陸前高田市地名考〜地名に秘める由来をたずねて』(陸前高田市郷土史研究会/1983)に掲載された、猫淵神社の創建にまつわる「猫渕の伝説」のあらましであるが、これは所謂「猫壇家(ねこだんか)」と呼ばれる話型の昔話で、招き猫発祥伝説地の一つとして有名な東京都世田谷区豪徳寺の大渓山豪徳寺を始め、新潟県阿賀野市折居の高松山岩村寺や長野県上水内郡小川村瀬戸川の霊験山法蔵寺、埼玉県深谷市人見の人見山昌福寺、埼玉県大里郡寄居町末野の萬年山少林寺、静岡県富士宮市杉田の般若山安養寺、静岡県浜松市天竜区水窪町地頭方の稲荷山笠森峰善住寺、静岡県榛原郡中川根町上長尾の千葉山智満寺、香川県さぬき市多和兼割の医王山遍照光院大窪寺、岩手県二戸市浄法寺町寺ノ上の吉祥山福蔵寺などなど、「猫檀家」や「猫寺」の伝説として、日本各地に似たような筋立てで語られる飼い猫による報恩譚が伝わっているが、その一方で、猫はその眼光や習性の不可思議さから、魔性のものとして考えられることも多く、猫にまつわる禁忌や俗信も世界中に残されている。

中でも葬送に関して、猫は死者にショウ(生)を入れると言われて特に忌まれ、家に死人が出た場合は葬儀が終わるまで蔵や納屋などに押し込められたり、笊を被せられたり、逆さ屏風や衝立を立て廻したりして遺体の側に近づかせないようにした。

「猫が棺桶をまたぐと死人が起き上がる」「死人の近くに猫を近づけると、死人が水飲みに出掛ける。そして暴れ狂う」「嵐が吹く」「お化けが出る」「死者が成仏出来ない」などといった俗信や伝承は、猫の魔性を畏怖する例として今日も広く信じられており、同じような伝承は朝鮮半島や中国、台湾、ロシアなどにも伝わっている。

また、火葬にする前の故人の遺体の胸元や枕元に、魔除けとして短刀や包丁、鎌、木割、鉈、剃刀、女性の場合は鋏(はさみ)などといった刃物(※現代の葬儀においては、葬祭社が用意した模造刀や木刀が用いられることが多い)を置く習慣があるが、これは成仏せずに留まっている故人の霊魂や、死んで魂が抜け出て抜け殻となった肉体が、猫やそれに類する悪霊に取り憑かれないようにするための呪いとされる。

この怪異を「猫またぎ」といい、「カシャ(火車)」と呼ぶ地域もある。

(猫淵神社考・その2へ続く)

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ブログバナーを新しく作ったので変更してみましたが、実際に使用してみるとやっぱり小さくて読みずらいな…。

実は前に使用していたブログバナーには、私の撮影したお地蔵さんがたくさん写ってたんだけど、小さくなりすぎて何が写っているのかさえ解らなかったので、今回のはまだましな方。
とはいえ、せっかく作ったのに大きく出来ないのはつまらないから、縮小する前のも載せてみました。

今回背景に用いたアンティークなお馬さんの絵は、国の重要有形民俗文化財に指定される青森県上北郡七戸町所蔵の「南部小絵馬」の写真を、携帯電話のカメラで撮影し、待ち受け画面用に加工したものにパソコンで文字など入れたりして手を加えたもの。オリジナルは江戸時代に描かれたものなんですが、こんな名品を手に入れて自分のコレクションに加えることが出来たらどんなにいいことか‥。ちなみに絵馬のレプリカなら、上の図柄も含めてお土産で売っているみたいです。

え、タイトルの文字のレイアウトが何かに似ている?パクリっぽい?、…あまり気にしなさんな(笑)。

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まだ家の庭から遠目にしか確認していないが、今日は天気も良く風も強いので、ほとんどの桜が散り始めたことだろう。今年は間に寒い日が入ったのでよく持った方だと言える。

さて、写真は先週十五日に撮影した、岩手県大船渡市盛町字木町。南三陸ショッピングセンター、サン・リア裏手にある佐倉里公園の桜。

公園の側の通りでは毎月恒例の市(いち)が立っていたのだが、平日のお昼であったためか公園に人影は無く閑散と静まりかえっている。それでも、ここの桜はきちんと管理されているらしく、これまで紹介した他の桜と比べて、テングス病に侵された枝葉はあまり見受けられず、今が盛りと見事に咲き誇っていた。夕方近くになれば花見に繰り出す人も出て来るだろう。

この日は残念ながら、時折風を伴って小雨がぱらつく曇りがちの天気となったので、撮影環境としては今一つだったが、買い物に行った妹を待つ僅かな時間の間、デジカメも持っていたし、せっかく目の前に満開の桜があるのに勿体無いと、陽の光が差し込む合間を狙って撮ってみた。

ちなみに、桜が植えられている佐倉里公園の佐倉里(さくらり)とは、古くは平安時代中期に編纂された『延喜式』にも記される大船渡市盛(さかり)町の古名と言われ、古記録には佐狩、十八里宿、十七里とも記され、大船渡市の中心部として、大船渡市と内陸の岩手県奥州市江刺区、同水沢区を結ぶ「気仙道(盛街道)」と、宮城県気仙沼市と岩手県宮古市、そして青森県八戸市を結ぶ「三陸浜街道」が交差する宿場町として早くから開けていた事が知られている。

長くなってしまうので、この辺の詳しい考察についてはまたの機会としたいが、「盛り」の名の如く、かっては交通の要所として賑わいを見せていた盛商店街も、年々シャッターの閉められた空き店舗が目立つようなり、宿場町だった頃の面影を残す古い建物が次々と取り壊され、新しい店舗が建つわけでもなく、更地になっていくのを目の当たりにし、買い物に来るたびに盛の街もすっかり寂れたな…、との思いが強くなってきた。

現在、盛町の買い物客の中心となっているのが、佐倉里公園に道路を隔てて隣接する協同組合・南三陸ショッピングセンターが運営するサン・リアなのだが、このサン・リアの核店舗となっている、ジョイス(本社盛岡市)の衣料品部門であるベルマートの閉鎖が決定したとの記事が、地元新聞の一面トップに載ったのは今月四日の話。

世界的な不況の影響もあるのだろうが、近年市内郊外の赤崎町や立根町に新しく大型食料品店が相次いで開店した事もあり、サン・リアのはす向かいにあった大型食料品を扱う老舗のマイヤさかり店が、販売不振に伴い昨年三月に閉店。件のジョイスも消費の大幅な落ち込みに伴い、色々経営再編に迫られているとは、以前別の報道で聞いていたので、普段からそれほどお客がいるようには見えなかった、サン・リア二階の衣料品店からの撤退は何となく予測はしていた。

「テナント料も高いって聞いてるべし(※確認したところ、ジョイスはサン・リアとは別経営のためテナント料は関係ないらしい)、サン・リアもあんま人が入ってなかったっけからな…」と皆で話しながら読んでいると、その記事の中で、昭和六十年(1985)の開店以来入店していた書店が先月の末でサン・リアから撤退、閉店していたとの記述を見つけた。

閉店した書店は、普段お世話になっている書店の支店なのだが、サン・リアが現在のように改装される以前の高校生時代。帰りのバスから降りて、乗り継ぎの盛駅で下りの汽車の発車時間を待つ、一時間から三十分までの間、他に近場に本屋がほとんど無かったこともあって、サン・リアの定休日であった火曜日以外は、春夏秋冬、ほとんど毎日のように通って暇を潰していた思い出深い店でもある。立ち読みも多かったが、コミックスや雑誌、文庫、自慢じゃないが、高校三年間のうちに貰った、こづかい銭の半分以上はこの店で使ったぐらいだ。

高校をなんとか卒業し、車の免許を取って行動範囲が広がったこともあって、他店より手狭であったサン・リア店はなんとなく疎遠になってゆき、私も系列の大型書店が側に出来たことから二、三ヶ月に一回利用する程度になっていたのだが、その間に、同じくサン・リア内に入店していたCD、ゲームソフトを扱う家電店が閉店。近所の書籍を扱っていた文房具店も書籍販売を休止し、盛駅近辺ではほとんど唯一の書店だったサン・リア店の閉店は、時代の流れとはいえ、これがもし私が高校の時だったら、片道一時間以上かかる長い通学時間を楽しむ重要な娯楽が失われるショックで、いたたまれなかっただろう。

卒業から十年以上経った現在も、田舎故に通学時間は当時と大差がない(※バスや汽車の運行本数も減っているのでもしかしたら、当時より悪いかもしれない)ので、後輩を思うと不憫でならない…と書いて話をまとめようとしたが、現役の高校生の大多数が当たり前のように持っているであろう、携帯電話もパソコンも、インターネットも、世間一般に普及し始めたばかりで、田舎暮らしの高校生にとってはブロードバンド時代の到来など、まだまだ無縁だった頃の話だ。今の高校生は高校生なりに、暇つぶしの仕方は幾らでもあるのかも知れない。

「花より団子」ならぬ「花よりケータイ」。

幻想的な満開の桜の樹の下で、携帯電話の小さな画面に集中していた、今時の高校生の姿が思い浮かんだ。

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十四日夜から十五日朝にかけての大幅な天候の崩れにも関わらず、今年も桜が綺麗に咲いてくれました。

昨日、今日、一昨日と暇を見てデジカメ片手に近所の桜の写真を撮りまくって来ましたが、去年みたいにお蔵入りにするのはやはり勿体無いので公開させていただきますね。
下手の横好き、相変わらずの素人写真ですが、春の名残りに今が盛りの地元三陸の満開の桜の写真をお楽しみいただければ幸いです。

さて、上記掲載写真はいずれも先月末「岩手三陸・なごりの雪」に紹介した、岩手県大船渡市三陸町越喜来小峠の林道井戸洞線と三陸縦貫自動車道を結ぶ、廃道になった旧国道四十五号線の跡地に咲いていた桜。

この桜は三陸沿岸を南北に貫く、国道四十五号線の開通を祝って植えられたものなんだそうですが、写真の旧道は三陸縦貫道三陸インターの建設に伴って前後を埋め立てられ、平成四年(1992)に廃道になったもので、現在は建築会社の資材置き場として利用されているよう。

それでも当時の国道の面影はまだ残っている。

この道路が使われていたのが今から十七年前‥、平成四年というと、私が中学校三年生の年なのであるが、四月に修学旅行で東京方面に行く新幹線に乗るため、水沢江刺駅に向かう際に観光バスで早朝ここを通った時の記憶がある。

大船渡市内と越喜来を結ぶ主要道であるこのルートは通り慣れていた道であるのに、なんで中学校の修学旅行の時の、この場所を通った時の記憶のみ鮮明に覚えているのかというと、私の記憶が確かならあの朝、この辺りを通りかかったとき、なぜかどこかから逃げ出したらしき雌雄二匹の犬が、‥いや、もしかしたら野生の狐のつがいだったのかも知れないが、朝っぱらから道路脇の草陰で、雌の背中に雄が後ろから乗っかかって❤❤❤❤とやってらっしゃるのが、思春期真っ盛りの中学生を沢山乗せたバスの車窓から見えたもんだからバスの中で男どもはやんやんや、女どもはキャーキャー、引率の先生はワーワーと大騒ぎ。確かあの時も、ここでは桜がまだ残っていたはずたが、お陰様で、しばらくここを通る度、その時目に入った野生の❤❤のちょっと恥ずかしいような可笑しな記憶が思い出された。

下ネタっぽくなってしまい申し訳ないが、この桜を撮るためかつての旧国道に立ってみると、道路の幅がとても狭い事に気付かされる。
大型の観光バスや大型トラックなんかとすれ違う際は、運転にはちょっと注意が必要なようだ。

道路の真ん中でゆっくりカメラを構えても、陽の光を浴びてポカポカと気持ちの良いアスファルトの上に寝そべってお花見したりしても、クラックションを鳴らす車も来なくなった道。勿論、所有者に無断で飲み食いしたり、ゴミを散らかして荒らしたりしたら怒られるだろうが、温暖化の影響か、桜はあの時より十日ほど早めに開花するようになったが、排気ガスにあまり晒されなくなったせいか、国道沿線のどの桜よりもずっとのびのびと綺麗に咲き誇っていた。

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連日の初夏のような暖かな陽気で、三陸でも桜が満開になった所が出てきました。

今回は前回の予告通り、毎年四月恒例の三陸の桜の写真を掲載させていただきます。昨年はケータイで撮った、三陸駅前のソメイヨシノのアップのみの掲載になってしまいましたが、実は、昨年の今頃行われた、大船渡市議会選挙に一兵卒として駆り出された折に、満開となった越喜来地区の桜の写真をコンパクトデジカメで沢山撮っていたんです。

結局なんやかんやで更新するのに時期を逸してしまい、ブログ掲載出来ず仕舞いに終わってしまったのですが、いやー、近年は花見時に雨降ったり、大風が吹いたり、鳥に蕾を食べられたりで、しばらくまともな桜はほとんど見れなかったんですが、去年の桜は久しぶりに綺麗だったな…。

あ、そうですね。去年の散った桜より今年咲いた桜の方が気になりますもんね。

ご安心ください。今掲載しているのは、今日撮ってきたばかりの大船渡市内の桜(ソメイヨシノ)で、まだ五分咲き程度の桜もありますが、一枚目のアップは大船渡市立根町関谷の立根川河川敷の桜。二枚目の観音様と一緒に写っているのは大船渡市盛町下館下のY字路の桜。三枚目は自宅の近所である三陸町越喜来杉下の東区公民館の桜。四枚目はわが母校、三陸町越喜来沖田の大船渡市立越喜来小学校体育館裏手にある旧校門付近の桜。五枚目は昨年も紹介した三陸町越喜来肥ノ田の三陸鉄道南リアス線三陸駅前の桜になります。

相変わらず構図を取るのが下手なので、もう少し綺麗に撮れれば良かったのですが、ただ、残念なことに岩手県沿岸南部の天気予報によれば、明日の夜遅くから明後日にかけて、本州の南岸を進む低気圧の影響により天候が崩れるらしいので、今年の桜の見頃がいつまで続くのかはちょっと微妙なところ…。

ライトアップされた夜桜や雨露に濡れる桜の花弁も風情がありますが、桜の花にはやはり春の青空が良く似合います。


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