日々是不思議也

過去の記事に、新たに撮影地名や当時の未公開写真等を一部追加致しました。震災で失われた貴重な風景もありますので、ご覧ください。

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怪談話の効能

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今日は朝から雨模様だったので、一昨日から始まったホタテの耳釣り作業はお休みとなった。

こんな日は読書やテレビ、インターネットといった余興に勤しみたいところだが、最近は趣味が民間信仰から実話怪談物に興味が行っており、読書はもっぱら『新耳袋・現代百物語』(木原浩勝・中山市郎共著/全十夜/角川文庫刊)が中心となっている。

もっとも実話怪談や都市伝説といった現代の民話にも、古くからの言い伝えや信仰などが形を変えて残っている場合もあるので、その箇所に気が付くとちょっとニヤリとしてしまう。

実を言うと私は子供の頃から怖がりなので、本当はそういった幽霊や妖怪といったこの世ならぬモノとは、興味はすごくあるものの、直接の関わりは持ちたくないと思っているのが本音でもある(いや、まったくないとかいうと嘘になるけども‥)。

仕事柄、夜もまだ明けない内に起床することが多いので今は勿論平気だが(たぶん)、小学校に上がる前後は家のトイレがある薄暗い廊下や人気の無い暗がりが嫌で、夏場になると襖や窓が開け放されて寝ている私の足下の向こうに見える暗がりの中から、何か得体の知れないものが出てきそうで無性に怖かった記憶がある。

でも、子供の頃の私がそれ以上に怖かったのは、茶の間の出窓の下にある戸袋の中に、父親が母親のために買って来た恐怖マンガが数冊仕舞われている所があり、その引き戸を開けようとする度に「あけちゃだめー」と泣きながら逃げ回った。あまり私が嫌がるのでその本は捨ててしまったが、数年後に友達の家で同じ本を読んだが、表紙の目玉の飛び出た女性のグロデスクなイラストに恐怖心を持ったほかは割とすんなり読んでしまったので、ちょっとだけ拍子抜けしてしまった。

もっとも当時(※昭和五十年代)は、夏場になるとやっていたお昼の『あなたの知らない世界』は絶対見ようとしなかったが(現在では録画してでも必ず見る)、お気に入りの土曜夜八時の『8時だョ!全員集合』でやっていた、ドリフターズのおばけコントで、志村けんの背後に幽霊が立ったりするお馴染みのシーンでは会場の子供たちと同様、テレビの前で「志村うしろー!!」と叫んでいたのだから子供心というものは理解出来ないものである。

怪談話は、今も昔も授業そっちのけで子供たちの好む噂話のテーマであるが、そういえばこの学校の怪談に異変が生じているという記事が以前新聞に載ったことがある。

詳細な記事の内容は忘れてしまったが、誰も居ないはずの教室の窓ガラスに人影が映っているのが見えたとか、真夜中のプールでバチャバチャという水音が聞こえたとか、校庭に火の玉が飛んでいたとかいう昔からありふれた内容の怪談が子供たちの間で語られているのだが、話の後に病気で学校に行けずに死んだ上級生の女の子の霊だとか、何年か前にプールの授業で溺れ死んだ男の子がいたとか、学校が出来る前は墓地だったとか、以前の怪談には必ず見られた真実味を増すための演出である因縁などの理由付けが最近の怪談では欠如している事が多いというのだ。

殺伐とした殺人事件や強盗事件などが連日のように報じられ、凶悪犯罪の低年齢化やモラルの欠如が社会問題となって久しい。怪談話では人間社会の負の部分である情念や怨念といったものに関心が行きやすいが、困っている人を助けたり、物を大切にするのは良いが、無暗に傷つけたり、怨みを買うような事をすると、結局は自分に返ってくることを教えてくれるのもまた怪談の効果なのである。

でも私も雨だと思って、だらだらと気の抜けた一日を送ってると、亡くなった祖父が出て来て「コラッ!」と怒られそうで、むしろそっちの方が怖いかも知れない・・。

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白いタンポポ

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ブログの更新を怠けている間にもうすぐ夏(勿論その前に梅雨の季節がやってくるのだが‥)、陸の方では田圃の代掻き作業も済んでいよいよ田植えが始まったみたいであるが、私の本業である浜の方でもそろそろ養殖ホタテ貝の耳釣り作業が本格的に始まろうとしている。

大型連休も終わり各地で真夏のような陽気を観測、岩手ではまだ30℃を越える真夏日は観測されていないものの連休前後の雨と相まって庭の草花もすくすくと勢いよく伸び続き、早くも草刈り機の音が耳に付くようになって来た(そろそろうちでも延びきった家の周りの草を刈らなきゃいけないなぁ…)。

そういえば、家の南面の日当たりのよい土手には、緑を埋め尽くさんばかりのセイヨウタンポポの黄色い花が咲き誇っているが、私の家の作業場である長屋の裏手には、東北では珍しい日本の在来種であるシロバナタンポポ(白花蒲公英)の花が今年も可憐な花を付けてくれている。

すぐ脇を小さな川が流れているので砂利や石ばかりの上、長屋の軒下のため日当たりがそれほどよいとはいえないような場所ではあるが、どうも水捌けのよい土地を好むようで、私の知る限りでは大船渡市の隣の住田町で群生地が確認されている他は近場では殆ど見たことが無い。

シロバナタンポポは主に九州や四国、中国地方などに分布する品種らしいが、それが東北岩手の、私の家の長屋の裏に毎年花を咲かせてくれているのは、この時期の私のささやかな楽しみの一つであるのだが、最近の異常気象や時代の変化に伴い、それまで在って当たり前だったものが、気付いた時には無くなってしまっていたと言う漠然とした懸念がいま現実のものになろうとしている昨今、来年もこのシロバナタンポポが咲いていてくれるのか、花を写真に収めていてその不安がどうしても頭の中を過ぎってしまうのだ。

こんなことを書いていて、なんとなくタンポポの花言葉が気になってしまったので調べてみると、タンポポの花言葉は「別離」、花の盛りを過ぎると白い綿毛(種子)が風に吹かれて新天地を求めて飛び去っていく姿から連想されたらしいが、もうひとつの花言葉は「私を探して、そして見つめて」だそうである。

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次回は椿についてと予告しておきながら、仕事が朝早いので、それを理由にブログの更新を怠けているうちに梅や椿の花は散り、いつしか桜(ソメイヨシノ)の花が岩手県各地で見頃を迎えている。

もっとも東北北部では愚図ついた天候が続いているので、なかなかお花見日和とは言い難く、今日は晴れていても、雨が降ったり強い風が吹いたりしているので多分ほとんど散ってしまうだろう。

ゴールデンウィークも近いので桜や春の花々と一緒に「鯉のぼり」を揚げる家も目に付くようになってきたが、去る四月二十三日は私の三十歳の誕生日でもあった。

思えば二十歳の誕生日もそうだったが、この日はあいにくの小雨のぱらつく天候で、ケーキ(※誕生日用デコレーションケーキではない)を買いにせっかく寄った大船渡市街ショッピングセンター裏の満開の桜も今ひとつであったが、翌二十四日は汗ばむ位の陽気で三陸町越喜来の地でも桜の花が満開となった‥、はずだったのだが今年の桜はどうも花が少ないと思ったら、小鳥が桜の花芽をついばんでしまったらしく、小学校や地区の公民館の桜などはすでに殆ど葉桜の状態である。

それでも旧三陸町役場(現、大船渡市役所三陸支所)の桜は鳥の被害を免れていたらしく、持っていた携帯電話のカメラで待ち受け画面用にと一枚撮ってきたのが上の写真である。

携帯電話のカメラだからと思い、今回は最高画質にして撮ってみたのだが、なかなかどうして、逆光であるにも拘らず、パソコンに取り込んでみると結構綺麗に撮れるているものであると解り、天気も良いので調子に乗って以前このブログでも触れた船上げ場のオエベス様の祠の傍らにある“ある物”を撮りに行ってみた。

前回はフィルムカメラであったためシャッターが下りなかったが、今回はケータイのカメラだしデジカメは逆光にも強いからから大丈夫だし、あっち系のものは電気に弱いらしいからという訳の解らない自信と不安と緊張とが入り混じる中、きちんとお参りして(たぶん)から恐る恐るそのある物にあわせてシャッターを切ってみたら、パシャッというデジカメ特有の強制シャッター音がする。ちゃんと撮れているのかと確認してみると画面の中に私が目的としていた物が写っている。

「おお、やっぱり大丈夫だったか」と足場の悪い撮影場所で喜びながら、「念のため、もう一度撮らせてください」とお願いしてから角度を変えてもう一枚パシャリ、今度も撮れる。「じゃあ良い機会だから」とオエベス様の祠も一緒にパシャリ。

「いやー、今回はちゃんと撮れたな」と計三枚の写真を撮り終えて意気揚々帰宅してパソコンに取り込んでみると、「ピンボケしている‥」一応撮れてはいるのだが後の朽ちかけたお札に焦点がいっていて肝心の被写体の輪郭がぼやけている、失敗である。

撮影を拒否されているどうこうでは無く、単に私の撮影テクニックが下手なだけなのだろうが、若干構図に不満があるものの木漏れ日も写り込んで神々しい姿であっただけにちょっとへこんでしまった。

実は最近フィルムカメラに変り、パソコンに取り込むための新型のデシカメを購入していたので、やっぱりそっちを持っていけばよかったと思ったが、足場が悪いし買ったばっかりのデジカメを落として壊しでもしたら大変なので持たなかったのだ。

仕方ないので、今度はどっちも持って後日撮りに行こうと思っているが、今度はきちんとシャッターが下りるかどうかが不安である。

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北東の白梅

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四月になっても雪が降ったりと各地で不順な天候が続いているが、今年も家の裏にある梅(ウメ)の花が見ごろを迎えている。
 
この梅は家の敷地の北東に植えられてあるが、民間信仰で北東といえば鬼の寄り来る方向、即ち「鬼門(きもん)」として忌み嫌われる方角でもある。

最近は風水学や陰陽師ブームなどの影響で、北東の方角であることは知らなくとも「鬼門」という名前ぐらいは知っている方も多いと思われるが、鬼門とは「丑(北北東)」と「寅(東北東)」の間、つまり北東(東北)の「艮(うしとら)」の方位のことで、「鬼方」とも呼ばれて、鬼星のある方角、民間信仰では災厄や凶事をもたらす鬼(悪霊)が、来訪してくる方向であるといわれる。
 
この鬼門の丑(牛)の方角(角・つの)、寅(虎)の方位(包衣・ほうい)という語呂合わせと、仏教の地獄思想における羅刹(羅卒)との集合から、牛の角と虎の爪や牙を持ち虎革の褌(ふんどし)を締め金棒(かなぼう)を携えた、今日我々がイメージする鬼の図像が出来上がった。

鬼門は日本では現在でも家相に於いて得に忌避されており、床の間をはじめ戸口・水屋・便所・風呂場などを作ることを避けるほか、井戸・ごみためも忌む。鬼門除けとして、稲荷神を祀る、屋根に鬼瓦を付ける、敷地内の北東の方角に鬼を祓うとされた桃の木、もしくは梅木・梨木・槐(えんじゅ)を植えると良いとされている。

私の家族はそれほど迷信深くも無いので単なる偶然とも考えられるが、家の周りを見渡してみれば「難を転ずる」に通じるとして縁起の良いナンテン(南天)や病魔を防ぐとされるヤツデ(八手)などが植えられており、古くからの縁起担ぎの習慣が息づいていることがうかがえる。

余談であるが、岩手県南部や宮城県北部の旧家の門前によくサイカチ(笈押梍)の木が植えられており、旧家の伝承に由れば先祖は中世、この地方を統治していた戦国大名葛西氏の旧家臣で、天正十八年(1590)の関白豊臣秀吉による奥州仕置により、中央軍に反抗した葛西氏とその遺臣たちは所領を没収され滅亡の憂き目を見たが、いつの日にか主家である葛西氏再興の願いを込めて「葛西勝ち」の語呂に因んだサイカチの木を植えたのだという。サイカチには発泡作用があるサポニンが多く含まれることから、かつてはサイカチの実と莢を干して保存しておき、洗剤代わりとして用いたりしていたことから、葛西氏所縁の者のみがサイカチを植えるというのは後の俗説であるが、古くからの言い伝えでもあり、そこには敗れたりとは言えども、旧武士の血を引く者としての意地と誇りが見て取れるのである。

なお、私の家の南西斜面には大船渡市の花にも指定されるヤブツバキ(藪椿)がこれも見ごろを迎えているのだが、三陸沿岸に多く自生するツバキについては少し長くなりそうなので、次回に持ち越します…(更新が遅くなるので)。

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やっと雪景色

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記録的な暖冬ということで、岩手県大船渡測候所では降雪の深さ三ヶ月間合計値、最深積雪共に一センチ未満と、統計を開始して以来最も少ない値となったという。

もっとも岩手県の中でも大船渡市を含む沿岸南部は、もともと温暖な地域でもあるので、雪はそれほど積もったことが無いのだが、雪が降らなければ降らないで、海産物や農作物の成育にも様々な影響が出始めているらしい。

だが、しかしというか、やはりというかエルニーニョ現象の終息に伴い、三月に入ると寒気の南下と共に気温は低下し始め、昨夕から降り続けた雪により、今朝は大船渡でも待望?の雪景色となった。
面食らったのは「あどは雪は積もらねえべ」と車のタイヤをスタットレスから普通タイヤに履き替えた人達で、各所で雪によるスリップ事故や玉突き事故が続発している(勿論原因はそれだけではないんだろうが‥)。

大雪・風雪・強風・着雪・波浪など各種注意報が発令されているため、こんな日は海にも出れないので雪かき作業以外あまり外に出ないのだが、こういう時に限って、車で送って行ってほしいなどの用事が続出。雪道に強い4WDで、スタットレスタイヤを履いているの妹の普通常用車を借りて、母親を地元の診療所まで送ってきた帰りに、「そうだ、いい機会だがらケータイ(カメラ付き)で、ブログに載せる舟上げ場のオエベス様の写真を撮りに行こう」と思いつき、雪の降りしきる中、誰もいない桟橋まで車を走せ撮って来たのが上の写真である。

ちゃんとしたデジカメを持っていないので、これまで写真の掲載は見送ってきたのだが、携帯電話に付いてるカメラでもいいんじゃないかと、試し撮りも兼ねて、目的地に着いて漁港の守護神である恵比寿(エビス)様を祀る祠に向けてケータイを構えた瞬間、ものすごい吹雪と共に松の木に積もった雪が風に煽られて私めがけて降り注いできた。

実は、以前にこの恵比須様の祠で、あるものを撮ろうとしてフィルムカメラのシャッターがどうしても下りなかったことがあるので、その場所から祠に向けて撮影する事をお断りしてから撮ったつもりであったが、考えてみればこの写真の右側はすぐ海であるし、吹雪も強くなってきたので、階段を上って撮影するのは危険と判断して、サイズの違う写真を二枚ほど撮影してあわててその場を離れた。

決して撮影を拒否されたんではない、危ないから近づくなってことなんだ‥たぶん。

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