日々是不思議也

過去の記事に、新たに撮影地名や当時の未公開写真等を一部追加致しました。震災で失われた貴重な風景もありますので、ご覧ください。

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正月三箇日の陽も暮れ、猫共と一緒に暖かな炬燵の中で、テレビのUターンラッシュのニュース映像を見ていると、正月休みももう終わりだな…、早かったなーと何時もながら実感しますが、あ、ご挨拶が遅くなりましたが、皆様、明けましておめでとうございます。本年もとうぞ宜しくお願い致します。

昨年の東日本大震災の影響もあって、三陸沿岸の被災地では、なかなか例年通りのお正月とはいかないようですが、私はと言えば、正月一日と二日に掛けて、かねてより撮影に行きたいと思っていた、私の地元、岩手県大船渡市三陸町越喜来に点在する、小泊の八幡神社、浪板の熊野神社、河内の糠の森こと、小出の糠森神社という、三つの民間の小社への参拝を実行に移してきました。

何れの社も深山の奥とはいかないまでも草木の生い茂る山中にあり、正月以外の登拝は蝮や蜂、熊の出没といったリスクが伴うので避けていたのですが、今年は好天に恵まれたこともあり、やっと念願の撮影が出来たので、新春の挨拶に代えて、何部かに分けて御報告と紹介をさせていただきたいと思います。とはいえ、河内の糠森神社に至ってはこの地にまつわる伝説を調べるにあたり、思いがけず新たな謎が噴出してきたりと、今回もかなりややこしいことになってますが、長らく休んでいた《猫淵神社考》再開のリハビリと思ってお付き合い願えれば幸いです。では、新年を飾る今回は、プロローグ編ということで、相変わらず下手糞な文章の上、いつまとめきれるか解りませんが、ごゆっくりお付き合い願えれば幸いです…。


心配されていた元旦の天候も、三陸沿岸は良さそうなので、被災地を照らす初日の出の写真を撮るため、遅くとも朝七時迄には起きて元朝参り(初詣)に行こうと思っていたのですが、前夜、年が替わる時間迄夜更かししたせいか、睡魔には敵わず、用心の目覚まし時計の電子音を何度もスルーして、結局布団から起き出したのは時計の針が午前七時半を少し回ったところ。気温は思ったよりも暖かく、さっさと着替えて、最近ちょっと機嫌が悪くなってきた愛用のコンパクトデジカメを片手に、朝飯の雑煮も食べずに軽トラックに乗り込んだのは、結局いつもガレキ作業に出かける時間とそんなに変わらない午前八時頃。

平成二十四年(2012)元旦の白い太陽は、すでに被災の場を明るく照らしており、狙ったような越喜来湾に昇る朝日の写真はもう無理だろうなとハンドルを握りながら思いつつも、まずは産土神である大船渡市三陸町越喜来肥ノ田の新山神社へと車を走らせた。

この新山神社は、戦前の旧社格では越喜来村社にあたり、境内社として八坂神社を併設する。お世辞にも大きいとはいえない田舎の神社ではあるが、由来沿革は古く、境内に鎌倉時代の末に建立された石塔婆二基(大船渡市指定文化財)、岩手県の有形文化財に指定される、室町時代後期、天文十一年(1542)に奉納された「順礼札」一枚が現存する古社でもある。また、この新山神社に関連する“権九郎”と言う狐の伝説もあるのだが、例の如く、紹介するには余りにも長くなりすぎるので、これらについて詳しく述べるのはまたの機会という事にしたい。

新山神社に御参りに来るのは昨年の初詣以来だが、境内にある大東亜戦争戦没者の顕彰碑や燈籠、石畳、石垣などに震災時の傷跡が生々しく残っている。幸いこの神社は高台にあるため、今回の津波の被害は受けなかったものの、以前このプログでも何度か紹介した、私にとって子供の頃から最も馴染み深い、越喜来漁港のオエベスサマ(恵比寿様)の石祠は、僅かに屋根の部分を残すのみで、傍らの赤松の大木は根元ごと海波によって失われてしまっているし、いづれ撮りに行こうと思っていた、向い側にあった泊漁港の八大龍王尊の文字塔は今も行方が解っていない。この他、大津波により被災各地の神社、仏閣、小祠、路傍の石仏、石塔など沢山の祈りの場が破壊され、失われたという現実は、新年早々、なんともやるせない気持ちで一杯になった。

当初の予定通り、新山神社の境内からコンデジで、越喜来湾の湾口の上に高く昇った太陽を狙ったが、カメラのファインダーがうまく開かなかったり、強い逆光のため平行に撮影できなかったり、他のところをとってもピンボケになったりと、どうも思ったような写真が撮れない。

「う〜む…、去年は結構上手くいったのにな、ま、仕方ないか…。こういう時もあるさ」

気も乗らなかったのでカメラを早々としまい、気を取り直して、拝殿の縁に設置された赤い「おみくじ」と書かれたレトロな自販機に百円玉を入れる。ゴウンゴウンという機械音と共に取出し口にポトリと、少し古いのか包み紙の所々に茶色いシミが付着した御神籤が一枚落ちてきた。

「これで百円は少し高い気もするよな…」

無論これより高額で売られていることが多いのだが、最近は若い女性の需要を見越してか、観光地化した神社仏閣では、開運ストラップなどのオマケが付属した御神籤が売られている事も多いので、恐らく祈祷料とかも入っているのだろうが、紙の御神籤一枚だけというのは、ちょっと損をしたような気分になって、ここ以外では私も余り引かなくなってきている。

「…去年引いた時は“吉”だったな。津波が来た去年より悪かったらどうしよう…(苦笑)」

そんなことを考えながら、おもむろに御神籤を開いてみると、「第九十一番 吉」!?

「改変前途去(ぜんとをかいへんしてさる)前の悪きことも改まりかわりてこれよりしだいによくなるべし(中略)▼このみくじにあたる人は闇夜より月夜になるがごとく心のうれいとけさつてよろこび事にあうなりたゞしおよそ月のみつるときはかくるなりすべての理みなかくのごとし故にいま満月の時に急にせよ。やがてかける時あり、いう事をしめすなり神仏を信じて吉▼よろこび事よし▼病人本復す医者かえて吉▼あらそい事かち也▼失物きうにたづねてよし▼のぞみ事かなう▼待人来る▼売買よし▼耺は官使などよし▼さきの世につくりし罪も露と消えて花咲く春の来しぞうれしき」

「前の悪きことも改まり替わりてこれより次第に良くなるべし」ということは、段々今の状況が好転するということなのか、「よし」、即ち「吉」が沢山並んでいるということは、この御神籤は好いということなのか?「大吉」ではないが、余りにも内容が出来過ぎているので、気持ちの沈んだ被災者に対するサービスの一環ではないかとすら疑いたくなってしまうが、何となく元気が出てきたことは確かだった。

「神仏を信じて吉」か…、よし、じゃ時間も早いし、今年は天気も良いし、せっかく出て来たんだから、今から前から行きたかった“泊の八幡サマ”に御参りに行ってくるべかな!!。

肥ノ田の新山神社からほど近い所にある、「泊の八幡サマ」こと越喜来字小泊にある八幡神社は、以前からその存在と入口自体は人から聞いたり、資料を読んで知っていたが、新山神社同様、越喜来の歴史を語る上で重要な神社であるにも関わらず、なかなか機会がないのと山の奥にあるのを理由に、これまで御参りに行かずじまいになっていた。

御神籤は結ばす、御守りにするため、落とさないよう大事に財布にしまい、早速、軽トラを神社のある泊の館(たて)へと走らせる。元旦の陽光は眩しく、道路から臨む海は比較的穏やかで陽の光を写し込みキラキラと輝いていた。新山神社での撮影は今回こそ上手くいかなかったが、泊の八幡サマへの参拝と撮影は、何だか上手くいきそうな気がしていたのである…。

(次回へ続く)

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