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私はある作品のところを読んでいて、昨年の12月にN会員が「三浦さんが郵便局で働いていたそうですよ」と言っていたことを思い出した。
カシオペアサポーターズの助成事業中間発表会の時に、会場の一戸駅で「一戸駅写真展・資料展」に来ていた、国鉄一戸機関区の元職員だった人が、売店にいたN会員に教えてくれたそうだ。
『おふくろの妙薬』の中の『「忍ぶ川」のことー作品の背景』(S43.1 東京新聞)に
《私たちはその町へいって、まる一年、厄介になった。私は、もし健康が取り戻せなかったら、このまま町の郵便局にでも雇って貰うほかはないと思っていたが、さいわい元気を回復した。》
と書かれている。
原因不明の熱病に悩まされて、一戸町の実家に引き揚げてきていた時のことである。
間違いなく郵便局で働いたことに関連する記述で、機関区の人が言っていたことと符合する。
この文章を確認できたので、もう一度、元職員の方に会って詳しい内容を伺いたいと思っている。
もしも、そのまま町の郵便局に雇われていたとしたら、今の三浦文学の世界は生まれていなかったのかも知れない。
一戸町には、知りたい情報がまだ多く埋もれていると思わされる出来事であった。
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