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「忍ぶ川」情報

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※この記事は、信州「市民タイムス」http://www.shimintimes.co.jp/ の『熊井啓への旅』を、許可を得て掲載するものである。

熊井啓への旅

忍ぶ川-6

喜びのクランクイン
http://www.shimintimes.co.jp/yomi/kumaikei/kuma23.html




生死の境をさまよった末、退院にこぎ着けた熊井啓は四、五、六月の三カ月間自宅療養した。そしてついに「忍ぶ川」はクランク・インする。
 昭和四十六(一九七一)年七月九、十の両日、東京浅草の浅草寺(せんそうじ)ほおずき市のシーンがそれだった。三浦哲郎が原作を発表してから十一年、熊井が三浦宅を訪ねて映画化を約束してから五年の歳月がたっていた。
 浅草寺の広い境内にずらり並んだ露店から「ホオズキはいかがー」「ご利益(りやく)あるよー」の呼び声が飛び交い、店々に吊(つ)り下げられた数百、数千の風鈴が風にいっせいになびいて鳴り出す中、加藤剛(ごう)、栗原小巻(こまき)の主役二人にカメラが向けられた。加藤は学生らしく白ワイシャツに黒ズボンの質素な身なり、栗原は襟足(えりあし)美しい和服姿に白い日傘を差していた。
 熊井は「そのとき、私ははじめて『忍ぶ川』は流れ出したという実感を持ったのだ。(中略)『幻の映画』といわれたものだけに、その感慨はひとしおであった」と回想している。(「クランク・インへ」)
 うれしかったろう。あふれんばかりの喜びが体全体を満たしたにちがいない。
 時代が前後するが、詩人の山本勝夫さん(77)=松本市浅間温泉三=が東京で開かれる日中文化交流協会のパーティーで、同協会代表理事を務める栗原小巻に幾度か会っている。「人を人と思わない女優も知っていますが、栗原さんは礼儀正しくて控えめで、いい感じの方です。体は大柄ですが」と笑う。最近になって小説『忍ぶ川』を読み返し、「不遇な家族の業(ごう)を背負った東北出身の主人公の物語ということで、ものすごく暗い印象がありました。ところがそうではなく、温かい感じを持ちました」と話す。
 そんな栗原小巻が二十六歳当時、体当たりで取り組んだのが「忍ぶ川」であった。吉永小百合とは誕生日が一日違いの同じ年。やはり初夜のシーンに悩み、率直な思いを熊井に打ち明けている。熊井は「栗原君にも拒否されたら…」と心配したが、裸になる、ならないという次元の問題ではなく、どう演じたらいいかという悩みだった。熊井は、スタッフを信頼して真摯(しんし)に演じてもらえればいい旨(むね)を説明した。(「映画『忍ぶ川』をめぐる総(すべ)てについての記録3」)
 昭和四十六年八月、熊井らは深川木場(きば)、洲崎(すさき)、谷中(やなか)、吉原、上野、早稲田大学など夏のシーン撮りをおこなった。苦労したのは遊廓(ゆうかく)だった洲崎。元遊廓の似たような街を関東一円探し歩いたものの見つからず、美術担当の木村威夫(たけお)が資料を参考に、西洋風バルコニーや家々の壁、「洲崎パラダイス」の大アーチから小さな看板に至るまで完全復元して撮影が成った。三浦哲郎の故郷、小説『忍ぶ川』の舞台の青森八戸(はちのへ)にも行き、その気候風土に触れた。
 
 こうして製作は順調に進むかに見えた。
 熊井は九月から十月にかけて日中文化交流協会代表団(中島健蔵団長)の一員として訪中し、広州、北京、西安などを見て帰国した。酒を飲む機会が増えていたのだろう、また下血があり、吉祥寺(きちじょうじ)の森本病院に入院する。
 絶対安静のまま再び太田六(む)敏(とし)の世話で輸血してもらい、無事退院できたが、森本泰院長から「酒をやめるか、映画をやめるかだ。映画を作りたかったら十年間、酒とたばこをやめなさい!」と厳命され、さすがの熊井も骨身に染みた。
 禁酒禁煙を固く決意した熊井は以後十年間、一滴一服も口にしなかった。周りは「熊井がよく実行できたものだ」と驚きを隠さなかったが、本人は「今度倒れたら本当に死ぬ予感がした。死より好きな仕事をする生を選んだだけのこと」と思っていた。(「私の転機」)
 明子さんは「森本先生の言葉で自分からお酒をやめてくれました。余命十年とも言われてたんですが、本人には言えません。映画のない熊井なんて考えられませんから、健康体になることを信じて、いろんな本を読みあさって、玄米や青汁といった食事療法に取り組みました」と、当時の必死な思いを語る。
 再度撮影スケジュールの見直しを余儀なくされたが、太田らが奔走して調整が図られ、志乃が働く「料亭忍ぶ川」のセット撮影が行われた。セットはもちろん木村威夫の苦心作である。


 文と写真\赤羽康男




熊井啓の経歴
 熊井 啓(一九三〇−二〇〇七) 映画監督。豊科町(現・安曇野市)に生まれ、松本市で育った。松本中(現・松本深志高)から松本高等学校に入学、新制の信州大学理学部を卒業した。独立プロの助監督を経て日活撮影所監督部に入社、助監督後、「帝銀事件・死刑囚」で監督デビュー、骨太な社会派監督として活躍した。「海と毒薬」でベルリン国際映画祭審査員特別賞(銀熊賞)、松本サリン事件を題材にした「日本の黒い夏−冤罪」でベルリン国際映画祭特別功労賞など受賞多数、紫綬褒章も受けた。主な監督作品に「黒部の太陽」「忍ぶ川」「サンダカン八番娼館・望郷」「深い河」ほかがある。


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