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「忍ぶ川」情報

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※この記事は、信州「市民タイムス」http://www.shimintimes.co.jp/ の『熊井啓への旅』を、許可を得て掲載するものである。

熊井啓への旅

忍ぶ川-7

初夜の撮影 悩み抜く
http://www.shimintimes.co.jp/yomi/kumaikei/kuma24.html

 小説『忍ぶ川』は、主人公の私が、小さな料亭「忍ぶ川」の女中志乃(しの)に出会い、惹(ひ)かれ合い、私の故郷の東北の生家でささやかな結婚式を挙げ、明日を信じて強く生きようとする物語である。
 私は六人きょうだいの末っ子。二人の兄は失踪(しっそう)、三人の姉のうち二人は自殺、残る一人の姉も病弱で目が悪い。私はそんな家族の暗い血におののき、将来に言い知れぬ不安を抱いている。
 志乃は志乃で家が極めて貧しく、父と弟妹たちは栃木で神社の社殿に住まざるを得ない暮らしをしている。
 いわば大きな「負」を抱えた二人が結婚を機に支え合い、打ち克(か)っていこうと誓う。一心同体となる初夜の大切さが強調されるのはそこだろう。
 夏の深川木場(きば)、洲崎(すさき)の暑さと対(つい)を成すのが冬の東北の雪であり、その対照が小説『忍ぶ川』を魅力的なものにしているが、映画「忍ぶ川」も同様である。
 「忍ぶ川」の冬のロケ地に選ばれたのは、三浦哲郎(原作者)のふるさと青森八戸(はちのへ)ではなく、山形米沢であった。プロデューサーの椎野英之(しいのひでゆき)が米沢新聞社の社長と懇意で、豪雪地帯の米沢のほうがいいと判断した。
 熊井啓はじめスタッフと俳優陣は昭和四十七(一九七二)年二月、米沢入りする。米沢は伊達(だて)、上杉家ゆかりの歴史と伝統の城下町。旧家が多く残り、撮影にはもってこいだった。
 主人公哲郎の老父母と姉が住み、哲郎と志乃が結婚式をして初夜を迎える家は、隣町にある星家が選ばれた。
 だが、肝心の雪がなかなか降らず、熊井のストレスは高じた。現場では「やじ馬うるさい!」などと怒鳴り、宿に戻ると、看護で付いてきていた妻の明子さんに「酒と牛肉の米沢に来てお粥(かゆ)か」と当たり散らした。
 十日目、ようやく雪が降った。スタッフは嬉々(きき)として撮影に取りかかるものの、熊井自身は血圧が急激に下がって、雪の中に立っているとそのまま凍りついてしまいそうだった。
 その夜またまた下血、十二時過ぎ、みんなが寝静まってから明子さんに打ち明け、ひそかに救急車を呼んで地元の病院に入院した。急を聞いて録音の太田六敏が知人を東京から呼び寄せてくれ、輸血を受けた。
 テレビは連合赤軍の「あさま山荘事件」を盛んに報道していた。熊井は何の興味もわかなかった。体力、知力が著しく衰え、事件どころではなかったのだ。ロケは打ち切らざるを得ず、初夜のシーンはそっくり残された。協議の末、星家の了解を得て二階部分を解体、東京の東宝撮影所に持ち込んで組み直し、セット撮影となった。
 初夜をどう撮るか、熊井は悩み抜き、米沢でもなお決めかねていた。明子さんの記録によると、「こりゃ、一発勝負の大ばくちだな」とつぶやきながら、絵コンテを描いたり、夜中に三浦宅に電話してプライバシーにかかわることまで聞いていたという。
 図らずもセット撮影になった利点もあり、スタッフや加藤剛、栗原小巻と綿密に打ち合わせた後、丁寧に撮り進めることができた。二人の陶酔感を表現するため、高さ三メートルの場所に硬質の大きいガラス板を張って下から強い光を当て、二人が演技するのを上方から撮影する方法を取った。「栗原小巻君は、脱ぐのにかなり抵抗があったらしいが、現場に入ると、すっかり割りきり、いわゆるポルノ女優のような慣れはもちろんないが、中途半端なためらいなどなく、さわやかで、演技者として見上げた態度だった」と熊井は記している。(「海猫と初夜」)
 「雪国ではね、寝るとき、なんにも着ないんだよ。生まれたときのまんまで寝るんだ。そのほうが寝間着なんか着るより、ずっとあたたかいんだよ」と哲郎が言い、志乃が「あたしも寝間着を着ちゃ、いけませんの?」と尋ね、「ああ、いけないさ。あんたももう雪国の人なんだから」と言われて、電灯を消した暗闇の中、志乃が衣ずれの音をさせて着物を脱ぎ、「ごめんなさい」と、ほの白い体を哲郎の布団にすべり込ませる原作どおりの場面がある。牧野静枝さん(59)=安曇野市穂高有明=は「忍ぶ川」を東京池袋の映画館で夫と一緒に見た。三十六年前のことだ。当時埼玉に暮らしていた。「とてもピュアな感じで、印象深い映画でした」と思い起こし、「雪国では本当に何も着ないで眠るの?」と北海道出身の夫に映画を見たあと聞いた記憶があるという。


 文\赤羽康男




熊井啓の経歴
 熊井 啓(一九三〇−二〇〇七) 映画監督。豊科町(現・安曇野市)に生まれ、松本市で育った。松本中(現・松本深志高)から松本高等学校に入学、新制の信州大学理学部を卒業した。独立プロの助監督を経て日活撮影所監督部に入社、助監督後、「帝銀事件・死刑囚」で監督デビュー、骨太な社会派監督として活躍した。「海と毒薬」でベルリン国際映画祭審査員特別賞(銀熊賞)、松本サリン事件を題材にした「日本の黒い夏−冤罪」でベルリン国際映画祭特別功労賞など受賞多数、紫綬褒章も受けた。主な監督作品に「黒部の太陽」「忍ぶ川」「サンダカン八番娼館・望郷」「深い河」ほかがある。


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